第10話 神の従者

 真っ白い都心の姿がそこにはあった。目の前にある東京タワーは存在感を放っていたが、その塔すらも真っ白に染め上げられている。近くには首都高速が存在しており、そこには「ROPONGI」と文字が刻まれていた。まさにこの街を象徴する交差点の風景だ。


 そんな、東京都の「六本木」の交差点付近で慈愛の従者は空を仰いでいた。その空には美しい色合いは失せ、無機質な白色だけが存在していた。そして、そんな彼女を囲むように、希望の従者と破壊の従者の姿もあった。


「今日は終の世界と惚の世界の魂の戦いの日だな。既に、彼らの魂は肉体から切り離しておいた」


 希望の従者はそう言うと、破壊の従者に視線を向ける。


「ああ、あいつらは、既に六本木パークタワーに移動させたぜ」


 破壊の従者の言葉は慈愛の従者には衝撃的であった。そのタワー型のマンションは、彼らの参加者の一人であるオリビアと深い関係があったからだ。


「どうして、そこに!?」


 驚愕の声を上げた慈愛の従者に対し、破壊の従者が肩をすくめるような動作をする。彼に何の意図があるかは彼女には理解できなかったが、あのマンションに、湊たちを関わらせるのは好ましくないように思えた。しかし、彼女の心配とは裏腹に希望の従者が歪んだ笑みを浮かべてくる。


「確かに、何でそこにしたんだ?」

「お前らの意向に沿っただけだよ。一人は魂の力の変質を求めて、一人は導きを止めたがっているからよ」


 破壊の従者の言葉に、希望の従者のフードの下から見える口元から歪んだ笑みが消え去り、慈愛の従者に視線を向けてくる。


「それは、私も疑問に思っていたことだ。なぜ、各世界の湊とオリビアへの導きの力を弱めている」


 慈愛の従者は、希望の従者の言葉に押されるように後退りをする。彼の話していることが事実であるからだ。希望の従者は彼女との距離を埋めるように、無言で歩み寄ってくる。彼の足音が近づくことに、彼女の身体は小刻みに震え始める。


 慈愛の従者は覚悟を決めたように目を閉じる。すると、真っ暗な世界が彼女を支配する。希望の従者からの罰は、神の言葉に従わなかった報いからなのだろう。


 しかし、突如、慈愛の従者の肩の上に手が置かれる。彼女がゆっくりと目を開くと、そこには、口角が上がっている希望の従者の顔があった。


「そう怯えるな。ただ、神のお言葉には従ってくれ。導きは必要なんだ」


 慈愛の従者の全身から徐々に力が抜けていった。彼女の足元が弱まっていき、地面の上に座り込んでしまう。それを見ていた破壊の従者が腕の裾から小さな箱を取り出し、その中から一本の煙草を取ると、それを口元に移動させていく。タバコの香りが微かに空気に広がっていった。


「でもよ。一部の人間の導きを止めるってのも面白くねえか?」


 その言葉を聞いた瞬間、希望の従者の口元からは笑みが消え、破壊の従者に歩み寄って行く。二人の距離が縮まると、希望の従者が口を開く。


「どう言う意味だ?」

「魂力は魂のあり方によって変化する。ただ、導かれたり、教えたままを実行するだけの奴は、こちらの想定を超える魂力を持つことはできねえんじゃねえか? だからこそ、お前もあいつらに魂力の詳細を隠しているんだろ?」


 破壊の従者の問いかけに、希望の従者が顎の下に手を当て、何かを考えるような仕草をする。


「理由はそれだけじゃないがな。ただ、大きな理由はその通りだ。確かに面白い試みかもしれないな」


 希望の従者のフードの下の口元に歪んだ笑みが張り付く。

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