さよならすたーと

百度ここ愛

第1話


 君はまっすぐ私を見つめて名前を呼ぶ。その響きがあまりにも愛しさをはらんでいるから、身体中に幸せが満ちていく。だから、私もまっすぐと見つめて愛を込めて名前を呼ぶ。


「若翔」


 初めて呼んだわけじゃないのに、涙がこぼれそうになってすぐに目線を上へと向ける。何度も呼ばれた名前が、悲しくて、何度も呼んだ名前が、あまりにも愛しすぎる。


*  *  *


 皆月若翔は同じクラスで、サッカー部。そして、夏休み明けの席替えで隣の席になったことから仲良くなった。特に苦手な英語の時間に二人で話すようになって、そこで同じ趣味を持ってることを知った。二人とも、イラストを描くことが趣味だった。


 見せてもらった若翔のイラストは、色がパキッとしていてキレイで惚れ惚れする。私の鬱々としたイラストとは正反対だ。


 最初はサッカー部に対して偏見を持っていた私はびっくりして、若翔に嘘だって言ってしまった。そして、拗ねられた顔を見て、あぁ本気なんだと思った。


 だって、私は勉強もスポーツも、人間関係だってうまくいかない。私に唯一残された認められる手段がイラストだと思っていた。


 対して若翔は、部活から想像できる通りスポーツもできれば、勉強だってクラスで上位。友人関係だっていつも誰かに囲まれて楽しそうにしている。


 正直、イラストを見せてもらった瞬間に激しい嫉妬に駆られた。

 

 でも、本気だと言う瞳に、「ごめん」を素直に口にすればするりと若翔は受け入れてくれる。そんなところまで、私の性格の悪さにまた惨めな気持ちにはなったけど、そこからどんどん仲良くなってしまった。しかも何故だかインプットと称して、デートまがいの行為を何回も繰り返してる。


 ここまでが未来の私の書き残しと合致していた。何度もSNSを開き直して、確認しても消えない。いつのまにか現れた未来の私の記録。


 私の記録によると、このあと私は若翔から告白されて恋仲になる。そして、高校三年生の夏休み。進路に悩んだ若翔は私との別れを決める。私は嫌だと言いつづけたけど、若翔は決めたことには頑固だから。もう二度と私の会わないように決めていると告げて去っていったと。


 これから起こる、私と若翔との別れまでの記録を読み返してから、今日の若翔とのデートに挑む。


 未来の私は、どう覆せば別れないで済むのかもわからない。でも、別れたくない気持ちの一心で、記録にのこしていたらしい。なぜかそのSNSのアカウントが私のアカウントと繋がった。


  SNSのアカウントにイラストを投稿しようとして開いたところ、私の書いた記憶のない下書きを私は見つけた。未来の日時が残されたその下書きの最後は、若翔と別れたあとの悲しみを綴る私の言葉だった。


 私はまだ高校二年生だし、若翔と呼び始めたのも最近のこと。好きだと気づいたのも、最近だ。だから、別れるとされる高校三年生の夏まであと一年近くあることになる。それに、正直話半分に思っていた。そんな都合のいい話があるか、と。


 今日のデートは若翔が緊張しながら、私にイラストを差し出して告白する日だ。未来がわかっているというのに、私はなぞる事しかできない。


 進路に悩んで、私を振ったという事実しか書かれていない。それもそうだ記録を残したのは私だから、本当の若翔の別れを告げた理由はわからない。


 だから、告白を受け入れたとしても、別れのカウントダウンが始まるのをただ見てることしか私にはできそうにないのだ。


「あのさ、実来。俺、実来のことが好きなんだ」


 若翔が私のことを好きだと知ってから、若翔がどれだけ優しい目で、愛しい目で私を見ていたのかに気づいた。差し出されたイラストは私が大好きだと褒めた、若翔の特徴が色濃く映し出された私の似顔絵。


 震える手で受け取りながら、断ることが脳内を過ぎる。それでも、あまりにも好きになりすぎた。だから、断る言葉は口にできず、精一杯頷いて、私も思いを込めて名前を呼ぶことしかできない。


「若翔」

「おっけーってこと?」

「うん」


 よっしゃあっと叫んだかと思うと、飛び跳ねる。私にはない力強さに惹かれた。私も若翔みたいに明るく力強く生きたい。若翔と一緒にいれば、そうなれる気がしてしまう。そして、激しい嫉妬も胸の奥に燃え立つ。


 同じことを、未来の私も下書きに残していた。


 きっと、これからも未来の私をなぞる。それでも、なぞらない選択肢を選べないほどにはもう、若翔のことが好きだった。


 *  *  *


 イラストが描けなくなった。ううん、描かなくなった。私が描いていたのは、世間への不平不満と、満たされない承認欲求からだったと気づいてしまった。だから、若翔と付き合ううちに、若翔が描いてるのを見てるだけで幸せだし、描きたいとも思わなくなっていた。


 付き合ってるうちは、あまりの多幸感に未来からの記録を、記憶の奥底に消し去っていた。若翔との、インプットと称したデートは、何一つ私のインプットにはなっていない。


「最近、実来描かなくなったよな」


 その言葉を、同じ趣味が無くなったことへの寂しさからの発言だと思った。久しぶりに開いた未来の私の記録にも全く同じ日時と言葉が残されている。


 私は、同じ運命をなぞってるんだ。そう実感するとなんだか寂しさと、進んでるカウントダウンへの苛立ちが募った。こんなに幸せな時間を、手放すだなんて信じられなかった。


 未来の私の記録を話半分に思っていたのに、今更心に重くのしかかって来る。別れまでのカウントダウンがもう、あと数ヶ月へと迫りきていた。


「若翔が描いてるのを見るだけで楽しいから」


 間違えた答えを出してしまったことにすぐ気づく。あまりにも悲しい目で、あまりにも切ない掠れた声で私の名前を呼ぶから。


「実来」


 未来の私はこんなに、若翔の一挙一動を見ていなかったから進路のことで……と記録を残したのかもしれない。


 でも、私は別れた理由に気づいてしまった。若翔はイラストを描いてる私が好きだったんだ。イラストを描かない私には、価値がないんだろうか。わからない。でも、若翔の想いはきっと、イラストを描いてる私にだけ向かっていたのだろう。


*  *  *


 運命のお別れの日。私は、別れることを決めていた。何一つ変える気はない自分勝手な私と、若翔が付き合っていくことが無理だった。


 イラストを描くのをやめたのだって、カッコいい言い訳を取り繕ってるだけだと気づいてしまった。若翔の描くイラストを見るたびに、胸の奥の嫉妬の炎は激しさを増し、私を焼き尽くす。だから、私は見てるだけでいいと嘯いた。


 それでも、若翔を好きな気持ちも本物だった。


 だから……私はずるいことをする。


「進路に悩んでるんだ」

「そっか」

「だから、もう別れたい。恋とか、好きとか、そんなこと考えてる暇はない」

「そっか」

「あ、やっぱり、実来ももう冷めてた?」


 ずるいことをする、と決めたのに。やっぱりいざ、喉元に別れを突きつけられると、吐き出しそうなくらい身体が痛む。冷めてるわけなんてない。私は、まだ若翔が愛しくて、好きで、でも、羨ましくてたまらないんだ。


「ううん」

「まぁでも、良いってことだよな、もう学校でもなるべく会わないようにするから、じゃ!」


 淡々と想いを唇に乗せて、いつもの愛しい目をする。あぁこの人は私のことがまだ好きなんだ。自意識過剰でも、本気でそう思った。


 だって、私はまだ若翔がたまらなく、愛しくて、好きだもん。


 言いたいことだけ、言って逃げ去ろうとする若翔を呼び止める。


「若翔」

「ん?」

「若翔は私のこと忘れないよ。私はずっと若翔の名前を忘れないし、若翔は未来を考えるたびに、口にするたびに、私の名前を思い出すの。未来って言うたびに、脳内では実来って私の名前が溢れるの」


 長く忘れられない呪いをかける。好きだから、忘れられたくないから。ただ、ただ、私のエゴで、若翔に呪いをかける。


 何度も呼んでくれた私の名前を、未来と結びつけて。


 若翔の顔は見れないまま逃げ去ったけど、SNSの下書きに、もう別れたくないという思いを書き残すことはない。その代わりに、さよならが永遠になることだってあると書き込んだ。


 隣にいれば嫉妬に狂うし、隣にいなければ寂しさに狂う。隣にいないけど、思われてると信じれたら幸せな気がした。


<了>


 

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