転生できたか微妙な件

遅筆丸

第1話 プロローグ 

「旧都って…奈良じゃん」

多分、転生は失敗したんだと思う。もしくは、瞬間移動に成功したのかもしれない。どちらにせよ、眼の前に広がるのは鹿がいるだけの現代文明だった。




世は大転生時代。

浮世には異世界転生を題材にしたラノベやアニメが溢れ、転生モノのライトノベルの書庫を掘り当てた数千年後の考古学者がそういう宗教の聖典の書庫と勘違いしてもおかしくないほど普及している。そして俺、カルチャーの中心地、東京に生まれの高校生である東都人あずま とのひとにとってこのビッグウェーブを逃すわけには行かなかった。

端的に言おう、都人もまた、異世界転生に憧れる一端の高校生だったのだ。

行動するとなればあらゆる物が揃っているのが東京である。思い立ったその日のうちに、都人はとある情報を仕入れて、異世界転生の儀式と言われる一連の行為を自室で行った。


はたして「儀式」は成功した。第一、これくらい都合よく物事が進んでくれなくては話が進まないのである。儀式に成功した俺はある明るい空間にいた。各々自分の好きな作品の「聖なる空間」を想像してもらって構わないが、とにかくそんな空間にいた。導かれるように進んでいくと当たり前のように女神が待っており、俺に声をかけた。

「私が召喚したのが、あなたですか。」

「召喚も何も、転生を求めて自主的に来ましたよ。」

「それはまあいいです。あなたはこれから異世界に送られます。世界や身分はこちらで無作為に選択されるので、あなたはありのままを受け入れなさい。」

勝手に召喚されたならば怒っても良いが、勝手に来た身なので好き放題されても反論できない。

「あちらの世界で1周間寝泊まりできるだけの資金が入った財布を、転生先のあなたの持ち物に追加しておきますね。」

「それはありがたいです。」

「…おや、向こうの転生先が決まったようですよ…おめでとうございます!あなたの行き先は首都ではありませんが、昔首都であった場所だそうです。それなりに都会でしょう。」

言うやいなや、もう転送が始まろうとしている。

白い光に包まれ、女神の声だけが聞こえる。

「ところで…転送先でも体はあなたのままなので、厳密には”転生”ではなく”転送”ですよ。」





白い光が解け、再びあたりが見渡せるようになった。

早朝のようだ。鳥のさえずりが聞こえる。転送先は、木漏れ日の降り注ぐ森の中だった。少し湿っぽい地面と、いかにもな巨木が異世界に来たことを感じさせる。

今都人が立っているのは森の一本道のようで、とりあえず足が向いていた方向に歩くことにする。転生の儀式で「登山に行くような格好」と服装を指定されていたが、それに従いトレッキングシューズを履いていたおかげで未舗装の異世界小道もいくぶんか歩きやすい。しばらく歩くと背後で物音がした。驚いて振り返ると茂みの向こうから子鹿がこちらを伺っている。目が合うと子鹿はぴょんぴょん跳ねながら逃げていった。

そういえば、くれると言っていた一週間分の資金はどこだろうか。ポケットを探ると、自分の持ち物ではない布袋が入っていた。

「なんだ…やけに軽いな。」

そう思い袋に手を入れてみると、紙の感触があった。

「紙幣が発行されている世界なのかな?」

少し除いてみると、紙幣に描かれた人物の肖像と目が合った。

「やっぱりどこの世界でも紙幣に偉人の顔を書くのは同じってことか…。」


そう呑気に歩いていると、道の終わりが見えてきた。歩いていって道を出て、あたりを見回した。人はいない。少し行った先に鳥居が見える。俺が日本人であることに配慮して、和風の世界を選んでくれたのだろうか。なんとなく吸い寄せられていくと、一人の神官らしい人物がさらに奥の道へ行こうとしているのが見えた。

追いかけていくと、突然目の前に壮麗な建築が現れた。かなり大きい神社のようだ。転送先は旧都だと聞いていたが、都市の近辺にこれほどの自然空間があるのだろうか。


そして俺は見つけた。

「春日大社本殿」の文字を。

もしかすると、転送と言っておきながらただのタイムリープだったのかもしれない。周りを見ればほら、サムライが…。

見回して目に入ったのは、「奈良の鹿愛護会」の軽トラだった。

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転生できたか微妙な件 遅筆丸 @ponshi8282

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