Night Walker 〜DUO外伝
しょうりん
第1話
その日彼は、無性に虫の居所が悪かった。
仕事でミスった。
よくある話である。
彼が、例え高校生であろうと、仕事と言うのが、人には言えない非現実的な内容だろうと、そんな事は関係ない。
社会で生きる人間なら、一度はあるだろう苦い経験だった。
この時ばかりと、勢い込んで浴びせられる上司の嫌味と小言に耐え、自分の不手際を同僚から責めたてられる。
彼以外の人間だったとしても、そんな事があった次の日なら、不機嫌になっても当然だと言えよう。
彼、青山真は、胸の奥に爆発しそうな苛立ちを抱え、ひたすら黙々と目的地に向かって歩いていた。
現在十七歳、高校二年生。一歩間違えば、道を踏み外してしまいかねない、実に危うい年頃である。
日焼けした浅黒い肌、好みによって好き嫌いが分かれるような、癖のある顔立ち。長いさらさらの前髪から覗く鋭い目には、全てを否定するが如く、冷たい光が沈んでいる。
彼に出会った人間は、その場で敵か味方かを選ばねばならない。そんな、激しいオーラを発散させていた。
彼は、先程言ったように、さる会社に所属している人間である。
Engineering Technical Service co.
通称、ETSと呼ばれる、大手の人材派遣会社だ。
イベント業務や警備業務は元より、専門の技術者を会社の経営する学校で育て、各分野のプロとして、各社に派遣する事で成長してきた会社である。
さて、当然真くらいの年頃なら、今一番遊びたい盛りの筈。
クラスメートの中にも、実際遊ぶ金欲しさに、学校には内緒にしてアルバイトしている者がいたりする。
しかし、そう上手いこと、割のいいバイトが見つかるものではない。
ファーストフードの店員、喫茶店のウェーター、ビラ配りやポスター張り、せいぜいそんなところだろう。
それに、大抵の高校はアルバイト禁止なので、学校からきちんと許可が下りている者以外、大手の会社が雇ったりしないものだ。
ところが、その会社は違った。
常識的ではない。・・・・言い換えれば、普通じゃない。
そこには、年齢など関係なく、ある種の才能さえあれ派遣登録でき、彼のような学生アルバイトでも高額な報酬を貰える仕事があった。
それが、ETS夜間特殊イベントスタッフ。
会社では、通称「Night Wolker」と呼ばれている仕事だ。
名前だけ聞くと、なんだかよく分からない代物である。
表向きには、夜間のみのイベント関係の特殊な雑務と言う、微妙な内容。
しかし、あくまでも表向きは、である。
では、その本当の仕事とは・・・・・。
「ちくしょう・・・」
真は、思わず小声で吐き捨てた。
苦い思いと共に、数日前の出来事が鮮やかにプレーバックされる。
放出される気、轟く轟音、砂の城のように崩れ落ちるビルの一角と、立ち昇る粉塵。
どんなもんだ !!
意気揚々と振り返った目に、困惑気味のチームメート達の顔が映る。
それは、羨望とはかけ離れたもの、自分を非難する表情。
自分が悪かったと、重々承知していた。だからこそ、怒りのぶつけ場所がなく余計に苛立ちが募る。
力が有りすぎる。それ故、彼は派手さを好んだ。陰に回って人知れずでは気持ちが納まらず、敵どころか仲間の度肝まで抜いてやりたくなる。
自信過剰で、突っ走ると誰にも止められない性格なのだ。
その時も、警備の糸をかい潜って、指定された建物に侵入し、こっそりと極秘ファイルをコピーするだけだった筈が、つい調子に乗ってやりすぎた。
ドジな仲間が捕まった警報装置を、力任せにぶっ潰してやったのだ。
警報装置は一瞬で止まったが、そのお陰で更に騒ぎは大きくなり、結局何も手土産を持たずに帰らねばならない羽目に陥った。
会社が素早く手を回してくれたお陰で、それは単なる事故として新聞に報じられる事になっのだが・・・・・・。
・・・分かっている。
自分がこの会社の一員であり、規則と言うものに従わねばならない事を。気に入らないチームメート達とも、協力し合わねばならない事も。
分かっていても、どうしようもない時があるのだ。
「ちくしょう・・・・」
先程から何度も繰り返している言葉を、彼はまた呟いた。
長い体をやや猫背気味にして、ジージャンのポケットに両手を突っ込み、まるで世間の風から逃れようとでもしているかのように、人通りの多い側から顔を背けて歩く。
チカチカと眩しすぎるショーウィンドウの明かりに、真は僅かに目を細めた。
それから、古びた腕時計に目を落とす。
時刻は、午後九時五十五分。
約束の時間には、ぎりぎりと言ったところか。
ため息を吐いて、視線をまた前に戻した。
金曜の夜、休日前とあってか、会社帰りのサラリーマンやOLで、その通りも賑わっている。
夜は、まだまだ長い。飲みに来た者達にとっては、これからだろう。
・・・・そして、彼にとっても。
真は、賑やかな大通りの途中を左に折れ、駐車場の脇の細い路地に入った。街灯の少ないその道をしばらく歩くと、目指していた建物に辿り着く。
古い、コンクリートの建物。五階建てのその箱は、ひどく薄汚れていた。
二階の窓近くに掲げてある看板に、青い文字でETSと記されてある。
一見すれば、潰れかけたサラ金会社に見えるかもしれない。
そんな事を考えながら、濃いスモークの張られた自動ドアの横手にある、非常用の扉を開けて中に滑り込んだ。
一応電気は点いているものの、建物の中はかなりの薄暗さだった。
入ってすぐに受付があるが、誰かが座っていた所など見た試しがない。
ガラス窓も固く閉じられ、カウンターに受付終了の札が立ててあるだけだった。
それもそうだろう、彼が出社するのは、夜間担当のスタッフ管理が仕事の内勤を除く、全ての社員が帰宅した後になるのだから。
スニーカーの靴音を響かせながら、彼は受付を通り過ぎた。すると今度は、次に少しだけ広くなった空間に出た。
黒い革制の長椅子が一つ、それから壁にかかった風景画、首の折れかけた灰皿。他には何も無い、実に殺風景なロビーだ。
その正面中央には、旧式のエレベーターがあった。
何時もそうであるように、真っ直ぐエレベーターに乗り込む。それから四階のボタンを押し、分厚い鉄の壁に凭れた。
・・・・・このエレベーター、マジでやばくないか?
真は、染みの浮いた天井を見上げ、ぼんやりと思う。
乗る度に、壊れるんじゃないかと不安になる。しかし、幸運にも、彼が乗っている最中に壊れた事は無かった。
チーン。
年代物のエレベーターが、かなりゆっくりとした動きで、彼を四階に案内した。
ガタン。ずれた音と振動が響き、戸がぎこちなく開く。
彼は、ポケットに両手を突っ込んだまま、面倒臭そうに通路へと出た。それから、細いじめじめとした空間を、ずるずる足を引きずりながら歩く。
両サイドに幾つかの部屋があるが、彼はそれが何の部屋なのか知らなかった。
いや、何の部屋なのか考えた事もないと言うべきか。
・・・・どうせ、只のオフィスだろう。
別に、何であろうとどうでもいい。必要な場所はただ一つで、それ以外は別に関心など無かったのだ。
やがて、通路の突き当たりにある戸の前まで来て、彼は足を止めた。
戸にぶら下がった、やや黄色くなってきたプラスチックボードに『夜間イベントスタッフ控え室』と、黒いマジックで乱暴に記してある。
彼はドアノブを握りしめたまま、しばらく開けるのを躊躇した。
やはり、どこか負い目のようなものがあるのだ。
・・・・違うぞ、あれは俺が悪いんじゃねぇ。警報機にひっかかった、誠也の方が悪いんだ。誰が、あの女に謝ったりするもんか。
胸の中で呟いて、今度は勢い良く戸を開ける。
部屋の中に入った途端、眩しい光が目を刺した。
そこは、ごく普通の控え室。狭い部屋に机とソファー、パイプ椅子が数脚あるだけ。
奥の台の上に電気ポット、その横には小さな食器棚があって、コーヒーカップが適当に並べられていた。
他には何もない、殺風景な部屋だ。
ソファーには、少女が一人。それと、向かい合う形で、パイプ椅子にそれぞれ、少年が二人座っている。
真は、尖った顔を更に歪めながら、一番端の空いていたパイプ椅子に、ドスンと音をたてて腰を下ろした。
※この物語はフィクションであり、登場する団体や人物等は、全て存在しない架空の物語です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます