採掘権利者ドゥガルの証言

最初に言っておきますけどね、あの男を殺したのは私じゃありませんよ。やったのは宿屋のラナルドだ。

あの男が誰か知ってるかって?

ラナルドの弟だろう。名前は知らないが。

クレイグ? そういえばそんなこと言ってたかな。

なんで私があの場から逃げたかって?

ラナルドが私を殺しに追いかけてきたからだ。

そりゃもう、目を血走らせてこの世のものとは思えん形相で迫って来たからな。必死で逃げたんだよ。

最初から話せって? はぁー。

私は山師をやってましてね。本業は別にありますが。

半年前にあすこの採掘場を買い取って権利者になりました。

今、南の帝都では物凄い勢いで工場の機械化が進んでいましてね。この地方で採れる泥炭は主に蒸留所に卸していたそうですが、蒸気機関の燃料需要が高まってますから、これからは帝都に卸していこうとしてましたよ。

この村に来て最初に見たのは採掘現場です。

そしたらなんです、すべて手作業。村の男たちがその日の都合で出たり出なかったりの作業所ですよ。驚きました、こんなんじゃ生産量が安定しない。

近くの蒸留所には今後の燃料需要を考えたら値上げを検討するってことも伝えました。

まあ、そんなことでとうぶんこの村に滞在して直接管理することにしました。

村には宿泊施設なんて一か所しかないですからね。

あの宿を利用してあの兄妹と知り合うのだって自然な成り行きですよ。

まあ、仲睦まじい兄妹でしたね。飲んでた私が暇にかまけてあの小娘にちょっかい出せば、血相変えて小僧たちがやってくるんだから。可愛いもんでしたよ、本当に。

あの妹は幸せもんだ。あんなに兄さんたちに想われてたんだ、だから他人の言うことを疑いもせずに聞いちゃえるんだろうな……っふっふ。

しばらくしてあの娘を見なくなりましてね。

女将に聞けば「お使いに出してます」ってよ。

見え透いた嘘だ。私に関わらないように店の奥に引き込ませたんだろう。

ロクな娯楽もなく、採掘場の差配以外は暇を持て余してた私は次第に飽きてきてね。一月経つ頃に、採掘現場で宿屋の娘がウロウロしてることに気づいた。

なにをやってるのかと思ったら、作業してる人間に「泥炭掘りに参加させてくれ」と懇願して回ってる。

村の男たちはあの娘のことを良く知ってるせいか、邪険に振り払う奴もいたが、大抵のやつは「ここはお前には無理だ、家へお帰り」と言っていたな。娘は空の樽を見せて「これがいっぱいにならないと帰れない」なんて言ってたな。

村の男たちの手を借りて丸一日かけて採る泥炭を、娘一人が採るなんて、よほど熟練した技能を持ってても無理だ。

そんな酷な言いつけをあの母親がするなんて信じられなかったが、なんか訳があるんだろうとは思ったよ。

作業所の男たちの何人かも不安に思っていたんだろう。

休憩中、娘に声をかけてどこかへ行く男をときどき見たよ。

作業所で宿屋のラナルドが私に声をかけてきた。

「妹が気になるんですか」ってな。

宿屋の息子たちは毎日採掘作業に出るわけじゃなく、三兄弟のうち二人が現場にくると一人は休みと、持ち回りでやって来てたな。

その日現場に来てたのはラナルドと下の弟だったな? そいつの名前も知らねぇが。

「そりゃあ、こんなとこに年頃の娘にちょろちょろされちゃ、気が散るだろ」と笑ったら「作業所に来させるのはやめます」って言うんだ。当然だ。今まで注意しなかった方がおかしかったぐらいなんだが。

だが、ラナルドは続けてこう言ったんだ。

「ドゥガルさんはうちの妹をお気に召したのかと思っていました」ってね。

まぁたしかに、可愛い娘だった。

普段は夢見るような瞳で柔らかく笑ってる娘だが、話しかけられると人の言うことを一つも聞き漏らさないぞという感じで、黙ってじっと顔を見つめるんだ。真剣に聞いて、最後は必ずふんわり笑うんだよ。

あんだけ献身的に耳を傾けて、とろけそうな笑顔で「はい」なんて返事されるとね、口うるさくて金遣いの荒いカミさんを貰っちまった身としては、見てるだけで癒されてたね。

だからね。あの娘が困ってる姿は、胸に迫るものがあったんだよ。

なんとかしてやりたいなってな。


ラナルドは私に耳打ちしてきたよ。

「妹を貰ってやってはくれませんか?」ってな。

どういう意図か図りかねてたら、奴はこう言ってきたんだ。

「うちの妹をドゥガルさんの愛人として囲ってはいただけませんか」とね。

びっくりしたよ。私が妻帯者なことは知ってるから、愛人なんて言うんだろう。

私の屋敷で使用人として雇ってくれって言うならわかるが、いきなり愛人ときた。

若い盛りの今のうちに、可愛がってくれるお大尽様を見つけて妹の身を固めてやりたい。そういう兄心だったのかね。泣かせるよ。

私だって男だよ。あの娘いいな、可愛いなと思ったところで、そう簡単に手籠めにするなんてしませんよ。

ただね、家族の方から申し出があったんならね、考えなくもないさ。

宿屋の経営は苦しそうだったしね。後継ぎとして、堅実な選択を考えていたんだろう。

じゃあどうだい、あんたの妹の意思も聞いてみようかいってんで、ラナルドと一緒にモイラのいるあの崖の大岩に向かったんだ。


そしたらどうだい。

妹は男と逢引きしていた。犬のようにまぐわってたんだ。

あの妹は艶っぽい喘ぎを上げて何度も言うんだ「妖精さん」ってね。相手を見たらラナルドの弟じゃないか。


主の御心に反する行いだ。

天地がひっくり返っても、あってはならない禁忌だ。

何がどうしてそうなんだかさっぱりわからないが、私は驚いてラナルドを見ると、ラナルドは青い顔をして静かに二人に歩み寄って行ったんだ。

その後? 怒り狂ったラナルドは持っていた採掘ナイフで、あの弟を滅多打ちにした。

驚いた弟が必死に自分の頭を守ろうと手を上げてたが、右腕が落ちた。落ちた右腕に妹が怯えて声を上げると、次に左腕が落ちた。

両腕を切り落とされた弟は呆然として、そのまま前のめりに倒れちまった。

弟が倒れたのを見ると、次にラナルドは私を見たんだ。

兄妹でまぐわってるなんて村中に知れたら大変だ。

私を生かしちゃおけないって思ったんだろうな。

その血濡れのナイフで私に向かってきたんで、必死に逃げたってわけです。

本当にとんだ場面に出くわしましたよ。まったく。

あの弟、やっぱり死んだんですか。

傷つけた兄貴が私を追いかけてきたんだ、残された妹には止血なんてできそうもなかったしなぁ。

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