アネロ宙域②
「インサイト!」
私はコックピットの中で叫んだ。
キャノピー越しに点のような探査機が見え、どんどん大きくなっていく。やがて、パラボラアンテナに機械がくっついたような形がはっきり見えた。
「よし、こちらのモニターでも視認した」
雑音混じりの管制官の声を、インカムが拾う。
探査機の一〇時方向、天頂側から接触する形になった。
「距離二〇〇〇〇〇」
ディスプレーの中で目標である探査機がふらふらと踊り、距離を表すカウンターの数字が吹っ飛ぶように回る。
「よし相対速度合わせ!」
管制官の言葉と同時に、身体が動いた。
「逆噴射!」
スロットルを開けたまま、レバーのボタンを握るように押し込むと、機体に衝撃がかかった。一瞬で探査機をパスしてしまい、頭の上を掠めるようにパラボラアンテナが飛んでいった。
私はマニピュレータを操作して、機体を最小半径で旋回させる。
ほとんど急ブレーキと変わらない勢いで二〇式改のスピードが落ち、機体の向きが変わる。Gのせいで、内臓だかなんだかわからないものが口から飛び出そうになるのを無理矢理押さえ込み、再び正面に探査機の姿を捉える。
「距離三六〇〇〇!」
「大丈夫か!?」
「吐きそうです。無事帰ったら洗面器用意して置いてください!」
「芳香剤と洗浄機付きで用意してやる。頑張れ!」
これ以上、なにを頑張るんだか。つまらない遣り取りだ。
機体の進路に微調整を加えながら、悪態をついてみる。
大丈夫。
Gにシェイクされながらも、頭はなんとか無事のようだ。
バーニアを何度か焚いて、どうにか探査機と同じコースに乗る。とはいえ、真後ろに付くと弾みで当ててしまいそうなので、少し頂上側に機体を付ける。惑星上でいえば少し高度を上げて、二〇式改の腹の下に探査機が来る形が理想型だ。
そのまま再び加速して距離を詰める。
「距離一二〇〇」
正面の視界の左半分をアネロが覆い、左側には宇宙空間、下方向には探査機。やがて探査機は下に沈むように姿を消し、代わりに機体の真下を映すディスプレイに姿を現す。
距離はもう三十メートルもない。相対速度もゼロに近くなっている。
ディスプレイ上に四角い枠が現れる。私は操縦桿を慎重に操りながら、四角の中に探査機を納めるように機体を動かした。
落ち着け。何度も訓練したんだ。
シミュレーションを繰り返し、何度か人工衛星や同僚の機体を使って訓練したとおりだ。
浅く呼吸を繰り返しながら、私はなんとか四角の枠に探査機を収めた。
相対速度ゼロ。
探査機へ数本のマニピュレーターを動かすが、接触はさせない。機体がブレないように制御する。さながら、ワルツを踊る男女のように、もつれ合うように飛ぶ。徐々にアネロの重力の影響が及び始める。
残り時間を考えれば、限界だ。活動可能時間を示すカウンターも残りの桁数が少なくなっている。
「位置確保!展開します」
正面パネルの一番大きな赤いボタンを押し込む。
胴体下に折りたたまれていた別のアームが開き、素早く探査機の胴体を掴んだ。
すべてコンピュータ制御だ。目的は探査機そのものではないのだから、軌道を変更してしまったり、干渉してしまっては元も子もない。
それは、目的外だ。
私は平和的に自分の任務を果たすだけだ。
衝撃をできるだけ与えないよう、制御された細いアームが数本、探査機に伸びてボディを探る。そして、すぐにお目当てのお宝を発見する。
「目標を見つけました。回収作業に入ります」
一番大きなディスプレイに映る探査機の十角形の箱の部分に、大きな金色の円盤が映し出された。本体に固定された「ゴールデンディスク」と呼ばれるそれは、いにしえの遺産で、レコードと呼ばれる音声のみを記録した金属製の円盤だ。
円形のジャケットも金色で、ウランが使われているらしい。
そして、これはこの探査機のもう一つの目的、異星人への友愛を込めたメッセージだった。
音声データに変換された画像や音楽、多言語での挨拶など、地球からのメッセージが詰まっている。
二〇式改は、アーム先端の工具を駆使して本体からディスクを外すと、そのまま掴み込んだ。
「回収確認!」
私はパネルのボタンをもう一度押し込む。今度はひねりながらだ。
アームがそっと開き、探査機を解放した。私は表示される情報を必死で読み取り、機体を少し減速させる。
時間的にはギリギリ。
「探査機解放しました。こちらのデータだと進路に影響はなし。管制での確認もお願いします!」
「了解……ん……よし。問題なし。こちらも誤差の範囲内。アネロでのスイングバイで修正範囲」
「よかった」
私はようやく大きくため息をついた。
機体のスロットルを開けて、一回大きくロールする。管制官は驚きながらも苦笑いしているだろう。少しくらいは遊ばして欲しい。
私はやり遂げたのだ。
異星人へ向けた、いにしえの地球人からのメッセージ。平和的なメッセージ。解読には少し時間がかかるだろうが、構わない。
大事なのは私たちがやったこと。
地球人からのメッセージを、最初に地球人と接触した異星人であるアランチオネ人が受け取った。
この事に意味があるのだ。
同じ人類だけれども。
「地球人からのメッセージは確かに受け取った」
私は誰へともなくインカムにそう告げてから、機体をアネロの基地の方へ向けた。
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