彼のメスガキを泣かせたい

悪ッ鬼ー

第1話


 本年29を迎えます。末松すえまつ 敏郎としろうです。若者と呼ばれるのも残り僅かになった今日この頃、私は会社を首になりました―――――。




「おじさぁん。もしかして無職なの?プッ」


 会社を首になったにも関わらず、癖で出勤しようとしていました。それに気付いたのは会社の前でだったのです。

 そのまま帰路につくのではなく、家近くの公園に腰を下ろしてボーッと空を眺めました。

 今は夏休みと言うこともあり、子供達が段々と増え始めてきて、居場所がないなと感じていたところです。


「うわ、図星だったんだ。仕事出来なそうな顔してるもんねぇ」


 そんな私の元に一人の少女が現れました。

 いや、メスガキが現れやがった。

 見事に染まった茶髪をツインテールで結ってあり、ワンピースを着た少女。背丈からして中学生くらいだろうか。


「違う」


「えー、何?」


「俺はしっかりやったんだよ!」


 ついカッと来て、ベンチから思い切り立ち上がり叫んでしまった。

 身体中が一気に熱くなるのが分かる。吐き出したい言葉が多すぎて、口をただパクパクと動かしているだけだった。

 気付くと目の前で意気がっていたメスガキの姿はなく、そこには体を丸めたメスガキの姿があった。

 少し脅かしすぎたようだ。

 叫んだからか、周りの視線が集まっている。その視線に押し潰されそうだ。


「すまん、俺はもう帰る」


 「待って」と言うメスガキの言葉を背中に受け、足早に公園の敷地から出ようとする。するとメスガキがその行く手を阻んで来た。


「どうせおじさん暇なんだから、の遊び相手になってよ」


 そうして俺は、このメスガキとキャッチボールをすることになった。


「おじさん、行くよー!」


 こうして遊んでいれば、ただの可愛いメスガキ。だが生憎、数分前にからかわれた俺からすると、この姿が愛らしいとは微塵も感じ得ない。

 だだのおっさんに玉を投げつけようとするメスガキだ。

 メスガキが腕と片足を上げ、投げるポージングを取る。

 すると―――――見えた!


 白―――――ッ!


 メスガキの下半部がフワリと覗き見えた。

 刹那の天国、そして後の頬への強打。

 投球されたボールはものすごく硬かった。


「硬球じゃねぇか!」


「おじさんざっこー、これくらい取りなよー」


「す、すまん」


「それよりぃ、ボーってしてたけどどうしたの? まさか変なところ見てたとかじゃないよね?」


 メスガキはグッと俺に近付き不適に笑った。対して俺はそっぽを向く。


「興味無いね」


「でも、ここは正直」


「……ズボンのシワだ。そんなことより、素手じゃ硬球を取れない。ミットはないのか」


「あるよー」


「あんのかよ」


 そう言うとメスガキは、近くで野球をしている男共の場所に行き何やら話をしているようだ。

 相手の様子は辿々しく、あのメスガキに唆されているのは想像に難くない。


「おじさーん、持ってきたよ」


「返してきなさい! 俺はもう帰る」


 背後では「えー!」っと声がする。しかし振り返らないぞ。

 もうここに来るのはやめよう。そう俺は決心した。




 で、翌日の昼。またメスガキと出会ってしまった。

 別に公園の近くを通りたくて通ったのではない。

 そこまで栄えていない町のリーマン故、家から買い物までの道のりに公園やら会社やらがある。今は会社辞めさせられた無職だが。


「おじさーん、何してんの? もしかしてメイに会いに来たとか?」


「泣かすぞ」


 やはりこのメスガキの名はと言うようだ。名前を知ったところでこれから付き合ってやろうとは思わないのだが、このメスガキがしつこいのだ。


「はい、これ」


 無理矢理に手渡されたのはミットだった。

 あぁ、また野球か。


「これ、人のじゃないだろうな」


「行くよー」


 人の物らしい。

 メスガキは腕と片足を上げ、ボールを投げるポージングを取る。

 また今日も際どい服装だ。今回は紳士として目を瞑ってやろう。

 刹那、顔面に既視感のある強打。


「いや、流石に今日はキャッチしてよ」


「お前がそんな服装なのが悪いんだ」


「変態」


「目は瞑っただろ」


「キャッチボールで目を瞑ったらダメでしょ」


「……確かに」


 そうして夕方まで、キャッチボールを延々とやらされた。


「もういい加減、やめねぇか」


「大人がだらしなーい、昨日メイのパンツ見たくせに」


「……泣かすぞガキ。それよりそろそろ帰らないと親も心配するだろ」


「親は心配していないから、もう少し暇だしサービスで遊んであげる」


「買い物にも行かなきゃだから、俺はもう帰る」


「えぇー!」


 メスガキにミットを返し背を向けて帰ろうとすると、メスガキが俺の前方に腕を広げて立ち塞がってきた。


「何だ」


「お金」


「ん?」


「今日遊んであげたから、その分のお金頂戴」


「待て待て」


「あ、昨日はあまり遊んでないからサービスしてあげる」


「そうじゃなくて! 金を払えって何なんだよ」


「女の子と遊んだんだからお金払って当然なんでしょ?」


 道理が理解出来ない。これが俗に言うパパ活と言うものなのだろうか。

 これは大人としてしっかりと注意しなければならないことだろう。


「パパ活、良くない」


「パパ活とかそんな犯罪じみたことしないし! お母さんが言ってたもん。男が女と遊ぶのには金が必要だって!」


 どんな教育をしているんだ。

 かなり面倒な家庭を持っていると言うことだけは分かった。

 しかし、面倒事はもうごめんだ。そうだ、何か事情があるのだろう。ならば他人の俺が介入するのもおかしな話だ。そうだ。


「一応聞く、お金を集めて何するんだ」


 メスガキは黙り込んだ。大したことを考えてた訳ではないのだろう。きっとお小遣い程度の金額が稼げればそれで良しな程度……。


「親から離れたい、から」


 まともな答えだった。しかし中学生が考えて良いような内容ではない。

 表情を見るに独立してみたいと言うポジティブな感情からではない。やはり家で……。

 妙な憶測はやめだ。


「はぁ、いくらだ」


 面倒なことには関わりたくない。しかしもし家族関係が悪いのならと考えると、同情の余地が生まれてしまった。

 しばらくは米にふりかけの生活になるか。


「……三万」


「は」


 いや、しばらくはもやし生活確定だな。




 そして俺は、その公園近くに脚を運ぶことはなかった。

 買い物も少し遠くはなるが反対方向に脚を運び、もやし生活の中仕事探しをしようかとのらりくらりと暮らしていた。

 幸いにも働いている頃もあまり贅沢はしていなかった故、一年は贅沢しなかったら生活できる程度の貯金はある。


 就活に身が入らず半年がいつの間にか過ぎていた。

 今日もまた買い物に行く。半年間通っていた店が潰れていた。その近くにそこそこ大きいスーパーが出来たからだろう。

 もとから客足は少なかった方だ。そこにスーパーが出来てしまったことが、潰れる決め手になったのだろう。


「冷凍の野菜しかないし、高ッ!」


 仕方がない、来週から向こうの店に行くか。




 買い物に行かなければ。

 その日の朝は久しぶりの雪だった。一面が銀世界と化し、部屋の中でも身震いするほどだ。

 今日からは昔に行っていた店に買い物だ。

 今の貯金だと後半年程しか持たない。そろそろ仕事探さなくちゃな。

 久しぶりに見た公園、昔の会社、店。

 帰り道の公園前で、ふと半年前に出会った少女のことを思い出した。何気なく公園の方に目をやる。


「いた」


 ドーム状の遊具の中に丸まって震えている少女の姿が。

 見事なまでに染まった茶髪に覆われている少女。だ。


「何し……帰ろ」


 俺には関係ないことだ。関係ない。

 気付くと俺は、少女の目の前まで脚を運んでいた。

 見下ろすと、今は結っていない髪は長く体がほとんど隠れている。


「親が心配するぞ」


「……」


 少女が顔を上げた瞬間、俺は目を疑った。

 雪がしんしんと降り積もる中、少女は肌着だった。それに体のあちこちに黒く染まった痣が見える。


「やっぱり」


 半年前少女は言った。

 親は心配していない。親から離れたい。

 そして、少女の表情。

 あの時の定かでは無かった憶測は、今確定した。


「あー、だいぶ前に遊んだおじさんか。久しぶり」


「……久しぶり……虐待か」


「違う」


「違くない、その痣に格好。親がそれを見逃している時点で虐待なんだよ。その親が原因なんだろうがな。取り敢えず上着を着ろ」


「……」


 わざとらしく明るく振る舞うのは癖なのか、それとも心配させまいとしているのか。

 そんなのは今大事なことではない。


「お前はどうしたいんだ」


 こいつ自身が今の状況から抜け出したいのか、それが大事だろ。一言で良い、親もとから離れたいと言ってくれれば。


「私は大丈夫。慣れてるから」


 他者の子を家に招き入れるのはかなりまずい。しかも相手は中学生かそこらだろう。

 互いに合意があったところで、訴えられれば俺は終わる。

 警察に連絡しても良いが。


「警察に言うか?」


「警察は! ……だめ」


 理由は分からないが、少女は強く握り拳を作っている。


「よし」


 この少女は大丈夫だと言う。子供を家に招き入れるのはまずい。警察はだめ。俺がこのいざこざに首を突っ込む資格は無い。


 だが、資格とかぶっちゃけどうでも良い。目の前にある問題は今解決しないといけない。

 警察を嫌うのは何か事情があるのだろう。

 子供を招き入れるのはまずいだと?バレなきゃ良いんだよ。

 今じゃなくても良い、少女がいつか助けてと言う日を待とう。


「俺の家に来い」


「……え?」


「洗濯と……飯を作る、は良いや。まぁ、家事の手伝いが条件だ」


「はぁ」


「あ、でも学校には行けよ。怖いだろうが、家から必要な物も持ってこないとな」


「まっ、待って! どう言うこと?」


 少女はかなり驚いた表情だ。

 それもそうか、いきなり俺の家に来いだもんな。


「癒えにしばらく居候させてやるって言ってんだよ」


「でも、めいわ……」


「迷惑とか考えんなよ。言ったろ、条件をさ」


 正直これはまずいことをしている。今回は会社のミスの比ではない。社会的に終わることだろう。だが、今目の前で泣いてる子供がいるなら、それに手を差しのべるのも大人の役割だと思う。


「お願い……します」


 少女は金切り声で、座ったまま頭を下げた。

 肩がフルフル震えている。


「じゃあ行くか。寒いだろ」


「おじさん」


「何だ?」


「足が動かないからおんぶして」


「……はいよ」


 こうして無職が少女に手を差しのべたのだった。


「おじさん、女の子を家に入れてなにする気?」


 そうだった、こいつはメスガキだった。

 だが、この無邪気な笑顔は安心させてくれる。

 少女が居候するってなるなら、残り貯金では持って三ヶ月とかだろうか。


 こうして就活をやる理由が出来た俺と、虐待を受けてるメスガキの奇妙な組み合わせの生活が始まろうとしている。

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