第14話 ハロウィンを一緒に過ごした 4
店の規模は小さいが、真っ白な壁に赤い屋根と窓枠が印象的だ。
圧迫感を感じないのは、数席あるテラス席で食事を楽しむ人々がいるからだろうか。
店の赤い扉の横には、店名が刻まれたプレートがオシャレなランプの光に照らされている。
もっと観察したかったけど、グリードがすぐに扉をあけて中に入ってしまったので、私もその後に続いた。
迎えてくれた店員に丁寧に謝罪をするグリードの横で、私も頭を下げて謝った。
大幅な遅刻にも関わらずお店の人たちは笑顔で謝罪を受け入れ、私達を席へと案内した。
ああ、良かった!
この借りは、ご飯とデザートを残さずしっかり食べることで返そう!
席についた私はホッとしつつ、内心で決意を固める。
そんな私の向かいに座ったグリードの姿は、やはり絵になっていた。
店内のお客さんがこっそりとこちらを伺っているのがわかる。
そんな視線を気にすることなく、グリードは口を開いた。
「想定よりも愛想良く迎えてくれた」
「ちゃんと連絡して、キチンと謝罪したからじゃない?」
「それもあるが、ナナミも謝罪してくれたことも後押ししたと推測する。相手は人間だったから、
「そんなことないよ」
するとグリードは小さく首を横に振った。
「ロボットやAIへの不信の度合いは人それぞれだ。普段は小さくとも何かの拍子に大きくなることもある。それは過去に経験済みだ。できればそういう疑念や不信は払拭するに越したことはない」
「……そうだね」
私達が初めて出会ったのは、四脚の姿のグリードが酔漢に絡まれていたのがキッカケだった。
結局その酔漢たちは警備ロボに連行されていったけど、後からグリードに聞いた話によれば、その酔漢たちはロボットへの不信は少しはあったけど、普段は表に出すことは決してなかったという。
お酒の力で抑え込まれていた不信や不満が増大し表に出てしまったのではないか、という話だった。
人の心は、グラデーションのようでもあり、水のようでもある。
今この瞬間も色を変え形を変えているのだ。
普段は平穏に揺らぐだけでも、時には大きなうねりとなって襲ってくることもある。
それが、悪いことばかりに作用するのではないと思いたい。
何となく黙ってしまった私達だけど、お店の人がハロウィンにちなんだ夕食を持ってきてくれたことで、気持ちがすぐ切り替わった。
そうだ! 私はお腹が空いていたんだった!
次々と料理が並べられ、その度に私の笑みは深くなる。
お化けカボチャのグラタン、魔女の晩餐なる肉料理、夜空を飛ぶオバケのピザ。
デザートはあとから出てくるとのこと。
ハロウィンにちなんだテーブルいっぱいの料理は、まさに壮観だった。
「一気に出てきたね」
「今回はコース料理ではない。コースのほうが良かったか?」
「ううん、そこは気にしてない。むしろお祭りみたいで良いじゃん。写真映えするし」
私は上機嫌で端末を手にすると、いろんな角度から料理の写真を撮った。
うはー! たまにはこういうご飯も良いよね。
一番いいのは自分の稼ぎで食べることだろうけど。
写真を撮り終え、ナイフとフォークを手にして、ふと顔を上げた。
「そう言えばさ、その機体は飲食の機能はないの?」
「機能はついているが、私自身は飲食への興味はない。いつもどおり、私のことは気にせず食事を楽しんでくれ」
いつもの事務的態度のグリードに、私は眉をひそめた。
「せっかくだから何か食べようよ。私の少しあげるからさ」
「それはナナミの食事だ。私は食べない」
キッパリ断るグリードに、私は唇を尖らせた。
「頑固ロボ。じゃ、遅刻したお詫びも兼ねて何か頼んだら?」
すると、グリードは顎に手をあて思案する表情になった。
「確かに、店の売上に貢献するのは良い考えだ」
グリードはテーブルの脇に置かれていた透明なプレートを手にすると、音もなくメニュー表が表示された。
その間に私はいただきますをして、食事の攻略に取り掛かる。
……あ、前菜うんま! このカボチャのオムレツうんま♡
グリードはページをめくりながら、再び思案の表情になった。
「テーブルがこの状態だから、料理ではなく飲み物を頼もうと思う。売上に貢献するなら、やはりワインのようだが」
「私から言い出しといてあれだけど、売上にこだわらなくても」
好きなもの頼めばいいじゃん。
そう言おうとして口をつぐんだ。
何度でも繰り返すが、ロボットやAIに心はない。
この街の常識だ。
だから好きも嫌いもないわけで、私が言いかけた言葉はグリードにとっては超難問になる。
グリードは私に視線を合わせた。
「ナナミの好きな飲み物はコーヒーだったな」
「うん。でも紅茶も好きだよ」
「酒は飲まなかったな」
「積極的には飲まないね。強くないし。それなら水を頼むよ」
「なるほど、水か。それだったらナナミと一緒に飲めるな」
というわけで、グリードはこの店で一番高い水を頼んだのだった。
メニュー表を見た私はそのお値段に、一瞬舌が凍りついた。
こっ、この水のボトル一本で、いつものカフェのコーヒーが何杯飲めるんだ?!
そして背の高いワイングラス二つとともに、恭しくボトルを持った店員さんが現れ、私達の目の前で水を注いだ。
細かい泡がシュワシュワと立ち昇り、プチプチ弾ける姿は炭酸水ならではのものだ。
ただ、何かただの炭酸水ではない雰囲気を感じるのは、お値段を見てしまったせいか。
グリードはワイングラスを手に取った。
さすがはイケオジの姿。
グラスの中身は水でも様になる。
「乾杯しよう」
「う、うん」
微笑まれて、私はさり気なく目をそらしつつグラスを手に取った。
「乾杯」
「乾杯でーす」
グリードは速やかに水を飲んだ。
わー、グリードが水を飲んでる。
私は何となくドキドキしてそれを見つめた。
グラスを口から離したグリードは私を見た。
「ナナミ?」
「あ! お水はどう?」
「この街では極めて貴重な鉱泉水。弱炭酸だ」
慌ててたずねる私に、グリードは無機質に言う。
「一リットルあたりの硬度は千百十五。水素イオン指数は六。弱酸性。栄養成分はカルシウム三百八十。マグネシウム五十。カリウム三十五。ナトリウム二百三十。重炭酸塩」
「ありがとう。成分解析はもういいよ」
解析してもらっても、ありがたさはわからないし。
そして私は、答えがわかっている問いかけを口にした。
「美味しい?」
「それは不明だ」
「やっぱそうか」
私は眉を下げて笑った。
人間が当たり前に感じる美味しいとか不味いという感覚も主観である。
心がないから主観もないグリードには無意味とも言える問いかけだった。
「ナナミはどうだ?」
「え? 私? ちょっと待って」
私は恐る恐る高い水を飲んだ。
……お、飲みやすい。
炭酸水なのにトゲトゲした感じもなくて、なんつーか、お上品?
「飲みやすくて美味しい、かな? 料理の邪魔になる感じじゃない」
「そうか。ではこれは美味しい水なのだろう」
「いや、その雑な判断はどうなの?」
「雑ではない。ナナミの味覚を信頼しての判断だ」
それが雑なんだけどなー。
私は内心でため息をついた。
……ご飯食べよ。
私は食事の攻略を再開した。
形を崩すのはもったいないものもあったけど、容赦なくナイフで切り刻みフォークを刺して口へと運ぶ。
うん! 美味しい!
このグラタンも美味しいけど、やっぱ肉でしょ、肉!
肉、美味いな♡
グリードはグラスを片手に黙って私の食事風景を見ている。
……あ! そうだ。
肉をよく噛んでから飲み込み、私はナイフとフォークを置いた。
「ねえ、グリード」
「何だ」
「写真撮らせて欲しいんだけど」
私はポケットから端末を取り出した。
「君ならいつでも構わないが、この姿でいいのか?」
「うん。その姿だからこそ撮るんだよ。あ、グラスは持ってて。雰囲気でるから」
「雰囲気。私には未だに理解のできない事象だ」
グラスを持つイケオジの写真を少し角度を変えながら写真に撮った。
よしよし、いいんじゃない。
撮った写真を見て自然と笑顔になった。
「上手く撮れたよ。ありがとう。これなら、アイちゃんとハンナちゃんも喜ぶよ、絶対」
「その二人が喜ぶ理由とは」
私はグリードに、アイちゃんとハンナちゃんがイケオジ好きであることを教えた。
ふふ、この写真見せたら、どんな反応をするんだろう。
「君は?」
「え?」
「君はこの姿に喜んではくれないのか?」
グラスを置いて真面目に聞いてくるグリードに、私は苦笑した。
「嬉しいよ。嬉しいけど私の好みには年、離れすぎてて範疇外だよ。後十年若かったらやばかった」
「やはりそうだったか」
眉を少し動かして言うグリードに、私は首を傾げる。
「やはり?」
「君の好みの男性のことだ。君の好きな漫画のヒーローは、この外見年齢よりも十歳以上は若い。故に君の好きなタイプもそうだろうと予想した。だから技術者たちに頼んで若くして貰おうと依頼したのだが」
「いやいや、仮装でしょ? そこまでやる必要はないよ?」
「やるからには君の好感度を確実に上げたい」
徹底しているなー。
我が事ながら、他人事のように思う。
「今回この服を選んだのも、君がスーツが好きだという推測をもとにしたものだ」
「それは当たってるよ」
「推測が当たって何よりだ」
グリードの表情が明るくなった、ような気がした。
もちろん錯覚だろう。
「君の一番好きな漫画『恋愛下手の伯爵令嬢は憧れの恋愛結婚をしたい〜壁の花の婚活奮闘記〜』の」
「壁花っていう略称があるから、それ使って。恥ずかしいから」
「わかった。壁花で君の好きなヒーローもスーツ姿だった。本当はそのヒーローになろうとしたのだが、予算も時間もなく、今回は手持ちにあるもので対応した」
「それでいいんだよ。もっと言うなら、人の姿になる必要もなかったよ。商業区画の大型の雑貨店に売ってるハロウィンコスで、四脚を飾っても私は喜んだよ」
てか、てっきりそうなんじゃないかと思っていた。
するとグリードは首を横に振った。
「それでは君が驚かない」
「……そうかもしれないけどさ、何故そこまで驚かせたいわけ?」
「私達の付き合いも、半年を過ぎあと数ヶ月で一年となる。付き合いが長くなるとマンネリズムが起きると聞いた。それを防止するためだ」
「それを心配するのは恋人だよ。私達には関係ないよ」
呆れて言うが、グリードの真面目さは変わらない。
「将来的にはそうなりたい。だから今落ち着いてしまっては後々やり難くなると予想する」
「……落ち着いていいじゃん」
「私はその先を見てみたい」
思いっきし見つめながら言われて、私は思わず俯いた。
顔が熱くなって、心臓がドキドキしている。
しっかりしろ!
勝手に一人で盛り上がるのやめろ!
と、ハロウィンの饗宴なるデザートがやってきて、気分が食へと切り替わった。
あ! シュークリームだ!
白いオバケのアイスも、カボチャをかたどったチョコもかわいい!
写真をしっかりと撮り、私は早速シュークリームに手をつけた。
わはー、幸せの味がするー♡
「今年中に、また人型にチャレンジをしようと思う」
デザートを半分くらい食べた頃、グリードが生真面目に言った。
「今度こそ君を驚かせ、喜んでもらえるようにするつもりだ。期待しててくれ」
「あの、私はいつもの四脚の姿でも満足しているよ。だから、ね?」
「ナナミ、デザートのアイスが溶けかかっているようだ」
「ああ、はいはい、食べます食べます」
この場の主導権は完全にグリードが握っている状態だった。
そりゃ私は奢られている立場だから当たり前である。
でもちょっと悔しいな。
やっぱ、自腹を切れるように頑張って稼ごう!
私は形も可愛くしかも美味しいデザートを食べながら、静かに心に誓うのだった。
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