第14話 ハロウィンを一緒に過ごした 3
前時代の漫画に、顔がいい人が微笑むと周囲が光り輝き、相手は眩しいと目をそらす表現がある。
漫画的表現なんだろうけど、随分と大げさだと思った。
それともあれは心象表現で、表面上は動じずに受け止めているのだろうか。
私は不思議に思いながらも、特に抵抗なく受け止めて先を読み進めたものだ。
だが、それは誤りだった。
本当に眩しいのだ。
目を逸らしたくなるのだ。
手で顔を覆いたくなるのだ。
サングラスが欲しくなるのだ。
私はグリードを名乗るイケオジの笑顔をまともに受け、冷静さが崩れる音を聞いた。
な、何だよ、これは!
まともにこのイケオジを見られない!
だが、ここで怯んでもいられない。
私は恐る恐るイケオジを見上げた。
「……本当にグリード、なんですか?」
「そうだ」
グリードを名乗るイケオジはゆっくりと頷く。
くっ、些細な仕草すら様になるとは!
私はこわばる口と舌を動かして声を出した。
「わ、私のグリードは」
「私の、グリード」
「あ、や、私の知ってるグリードは、これくらいの大きさで」
私は手を胸のあたりに持ってくる。
「こーんな形をしている、アームのついた一鍔重機の四脚ロボです。アンドロイドじゃないです」
両腕を動かしてグリードの輪郭を表現しながら必死で訴える。
「それは私の姿の一つだ」
必死な私に対し、イケオジなアンドロイドの態度は淡白だった。
「厳密には私にこれという姿はない。AIだからな」
「あーうん、そうですね」
おっしゃるとおり。
私はうつむき、衝撃で混乱する頭をどうにか動かして状況の整理を始める。
まさか、まさか、グリードが人型に、アンドロイドの姿になってくるなんて!
「あの、何でその姿に?」
「仮装だ」
「…………仮装?!」
「ああ。ハロウィンでは仮装することが通例になっていると聞いた。なのでこの姿になってみた」
「仮装の域を超えてますよね?」
いつもの白銀でどこかキメラな形をした四脚と、このイケオジの姿が結びつかない。
すると、イケオジロボは眉を少し動かした。
「どうやらサプライズには成功したようだが、疑念を抱かせてしまったようだ。ならば、私がグリードであるという証明をすることにしよう」
「証明?」
「私の知る君の情報を開示する」
「へ?」
「君は食べることが好きで甘いものには目がない」
グリードを名乗るイケオジは片手を上げた。
「特にフルーツとプリンに心を寄せている。プリンは固めでカラメルソースがしっかりと苦いものが特に好みのようだ。たまに、仕事帰りにプリンを食べに行っているようだが、ちゃんと夕食はとっているのか?」
「……食べてます。プリンだけじゃ体が持たないです」
「ならいいのだが」
イケオジグリードは髭の生えた顎に手をやった。
「好きなフルーツ、否、憧れのフルーツはイチゴだ。生のイチゴを使ったイチゴパフェというデザートを食べてみたいと思っているようだ。これについてはいずれ私が奢るので待ってほしい」
「いやいや、自腹切りますよ。そのために副業頑張っていますし」
「チョコがかかったオレンジピールも好きらしい」
このイケオジロボ、都合よくシカトしやがった。
「SNSで興味を持って購入したものの、三十分と持たずに食べきってしまった、箱買いすればよかったとスタンプ付きで教えてくれて」
「あ、あの! そろそろいいです。わかりましたから」
「では食べ物以外で好きなものをあげよう。君は大型
いたたまれない気分になっていたが、後半の言葉に心が一気に引き締まるのを感じた。
両手の拳を握りしめイケオジグリードを見つめると、向こうも私を見つめてきた。
「……ノーザンライツ工業が製造する産業用パワードスーツの代名詞『シリウス』が一番だ」
そうです♡ シリウスが一番です♡
ニッコリ笑顔になる。
「ファースト・スターは相変わらず二番手か」
「そですね。最近はレグルスが猛追してますけど」
私が浮かれ気分で答えると、イケオジグリードは表情を硬くした。
……何となくそう見えた。
「レグルス。ノーザンライツ工業のパワードスーツだな。何故だ」
「え? 副業先で乗ったからですよ」
私は上機嫌で胸の前で手を組んだ。
「さすがノーザンライツの機体! あ、もちろんデザインはファースト・スターには負けますよ。全体的に四角くて、戦前の
「ナナミ」
イケオジグリードは、私の肩に優しく手をおいた。
「君のノーザンライツとシリウス、レグルスへの思いは十分に理解した。だからそろそろ移動しよう。人目を引いているようだしな」
我にかえって周囲を見渡せば、何故か私達を中心に人だかりができている。
顔が瞬時に火を吹くように熱くなるのを感じた。
……ああっ! やっちまったあ!!
「すみません。そこを通してもらえませんか」
イケシブな容姿から発する聞き逃せない美声。
人々の壁が割れて、地上へ続くエスカレーターまでの道ができた。
「ありがとうございます。それでは失礼します」
イケオジグリードは私の手を取るとすぐに歩き出し、周囲を一瞥すらしなかった。
駅を出て街の通りをしばらく黙って歩いていたが、やがて信号機が赤で立ち止まり、イケオジグリードはこちらを向いた。
多脚の時の複眼と同じ色の目が私を見る。
「確認をしたいのだが、私がグリードであることは証明できただろうか」
「はい。まだちょっと慣れないですけど」
「……先程から思っていたのだが、なぜ敬語なのだ?」
「や、そういう姿形してますし」
するとグリードは形の良い眉を寄せた。
「四脚の時と同じように接してくれないか。君とは半年以上かけて友好関係を築いてきたのに、姿が変わっただけでいきなり壁を作らないでほしい」
いや、私より数十歳は年上の人の姿をした相手にタメ口をきくのはどうなのさ。
私はそう答えようとしたけど、グリードは繋いだ手に力を少し込めた。
多脚の時ですら少し思うところがあるのに、ストライクゾーンから外れているとはいえ、ナイスミドルな姿でこれは結構くるものがある。
……ズルくないか?
私は顔が火照るのを感じ、グリードから目を逸らしながら言った。
「わかった。努力しま……努力する」
「そうしてくれ」
そして手は離さないグリードであった。
「あのグリード」
「何だ」
「そろそろ手を離してもいいんじゃない? ここ、そんなに人が多いわけじゃないし、はぐれないから大丈夫だよ」
周囲の人の視線も気になるし。
多脚の時も目立っていたけど、アンドロイドになっても目立つとは。
一鍔さんは何を考えてこの容姿を採用したのか。
もっと普通でいいじゃん!
そう思ったけど、次の瞬間に思い直す。
変態技術を売りにする会社が、普通の機体を作り出すわけないよね!
案の定、グリードは首を傾げた。
「確かにそうだが、友達同士なら手を繋ぐのは普通ではないのか?」
「今のグリードの外見年齢と私の外見年齢、どう見ても友達とは言えないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
「そうか」
でも手を離さないグリード氏。
私は軽く手を引いた。
「グリード」
「ナナミは私と手を繋ぐのは嫌か?」
表情はないのに寂しそうな声音でたずねるグリードに胸が痛むのを感じた。
これは演技だ、気のせいだ。
AIやロボットに心はないのだ。
なのに、それでも寂しそうだと私の心は捉えてしまう。
しかも多脚の姿の時よりも、真に迫っているように感じられた。
うう、人の姿、厄介すぎる。
私は胸の痛みに耐えきれず、うつむき、本心を告げることにした。
「その、嫌とかじゃなくて、人目を引いているから恥ずかしいんだよ。落ち着かないんだよ」
「そういうことか。……わかった」
グリードは手を離した。
思わずホッとする自分がちょっと嫌だ。
手は離れたのに胸の痛みは鈍く続いていて、私はそれに押されるように口を開いた。
「……人気の少ないとこで、ちょっとの時間だったらいいよ」
「無理はしなくていい。その気持ちだけ受け取っておこう」
「うう、ゴメンね」
「謝る必要はない。君がシャイな性格ではないかというのは、周囲の技術者たちも指摘していた」
「え」
思わず顔を上げるのと、信号機が青になったのは同時だった。
歩き出しながら、グリードは話を続ける。
「彼らは私の行動パターンを常に確認しており、当然、接する機会の多い君のことも把握している」
「そ、そうなの?!」
「そうだ」
「えー……」
ちょっとそれ、ズルくね?
反射的に思った。
向こうだけが一方的に知っていて、私は全然知らないなんて。
「ナナミ?」
「ん。ちょっと面白くないなって」
「面白い話をしたつもりはないのだが」
「わかってるよ!」
思わず半笑いで答えた。
外見は誰もが認めるであろうナイスでミドルでイケシブなオジなのに、この真面目なトンチンカンぶりはグリードだ。
うん、間違いない!
ようやく、多脚の姿とイケシブオジの姿が結びついたような気がする。
ついでに、何かどうでも良くなった。
別に何も後ろ暗いことしてないし。
「それよりもお腹空いたからご飯食べたい」
「わかっている。後五分ほどの距離だ」
「……あ、そういえば予約したんでしょ。時間、大丈夫なの?」
「店に遅れる旨は伝えた。了承はしてくれたが謝罪は必要だろう」
「そだね」
五分くらいならともかく、三十分以上遅れているからなー。
私も頭を下げよう。
そうして私達は黙って歩いていたが、
「この区画は移動しやすいな」
ポツリとグリードが言った。
「だろうね。どうだった? 人に揉まれた感想は?」
「良い経験になった」
わーお、ポジティブー。
「群集心理をコントロールすることの困難さを見聞できたのは収穫だと思っている。それと、人混みで疲れるという人の感覚を少し理解できたかもしれない」
「ね、洒落にならなかったでしょ。私が懲りた気持ちも少しわかったでしょ」
「そうだな」
グリードはゆっくり頷く。
「この経験をもとに、来年は計画通りに事を進めるのが目標だ。ナナミも来年は一緒に」
「行かないよ?」
きっぱり断る私にグリードは視線をこちらに向ける。
「やはりダメか」
「ダメだよ」
「君と一緒ならあの人混みも多少はマシになりそうだと思ったのだが」
ロボットらしくない発言だ。
私は意識してすました表情を作った。
「手を繋いでいてもはぐれる方に、私が副業で稼いだお金を全部かけてもいい」
「そこまで言うのか」
「言うよ。私は来年も落ち着いたハロウィンを過ごすんだから」
話しているうちに店に着いた。
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