第13話 お茶会に招かれた 3

車で二十分ほど走っただろうか。

ホログラムの旗──何種類かあったけど、わかったのはサージュテックのロゴが入ったものだけだった──が風もないのにたなびく、白い石造りの立派な建物の前に車は到着した。

建物の規模にあわせて入り口は小さいが気品と洗練さを感じられる。

そして、ずらりと従業員さんたちが立ち並んで車を迎え入れた。

私は空いた口が再び塞がらなくなった。


「ここは私の経営するホテルです。ささやかな規模で恐縮ですけど」

「いやいやいやいや」


確かに、ラストさんの働くサージュテックグループのビルに比べれば、このホテルの規模は小さい。

しかし、作りがそれと同じか、それ以上に凝っている。

私の愛読する漫画に、こんな感じの建物が出てきてた。

前時代のメッチャお貴族の建物だ!

自然に誘導されて車を降りれば、その建物から風格と気品と貫禄がヒシヒシと伝わってくる。

場違いだよ、私。

今日の私の服装は、いつものストリートカジュアルだ。

だって、動物園に行くだけだと思っていたから。

こんな超高級ホテルに行くとわかっていたら、スーツを着てきたよ。

髪だってもっときちんと整えてきたよ。

てか、今からでもお家に帰って着替えたい。


「ナナミ」


私のもとにグリードがやって来た。


「グリード、大丈夫?」

「それは私の台詞だ。君こそ大丈夫か」


私は小さく笑ってうなだれた。


「……うん、まあ、色々と圧倒されているよ。車の中でも今も」

「通称『伝家の宝刀』が二回発動するのを確認した。やはりかのAIは相変わらずのようだな」

「まあ!」


車からしゃなりと出てきたラストさんが、不服そうな表情で声を上げた。


「これでも抑えましたのよ。普段ならもっとおしおきがあって私の体の芯を熱く火照らせ」

「シャラップ! ですよ、ラストさん!」


鋭く言い放ったその声の主は、表情も険しくこちらにスタスタと来た。

あ、この老紳士っぽい人、見たことある。

その老紳士はラストさんをひと睨みすると、私達の前に立った。

表情をフワッと和らげ、にこやかに私達を見つめる。


「本日は突然のお招きでありながらお越し下さり、ありがとうございます」


や、何か、なし崩しに連れて来られた感じですけどね。

もちろん、口に出すことはしない。

グリードが私の前に進み出た。


「ミスター・キスリング、お久しぶりです」

「お久しぶりです、グリードさん。先日は大変失礼を致しました」


ああ、この人がキスリングさんというのか。

三ヶ月前にメイクレッスンの時、何故かマッパになろうとしたラストさんをオルブライトさんが『伝家の宝刀』で首をはね、その首をこの人が持って退場したのだった。

……何度思い起こしても異常だよな、あの件。

フフ、本気で忘れたかったよ。


「カリヤ様?」

「あ! えっと、すみません。色々とすごくてびっくりしてました」


私は慌てて言い繕い、居住まいを正した。

自然な笑顔になるよう、顔の筋肉を動かす。


「あの、初めまして。ナナミ・カリヤです」

「はい、存じております。この度はラストさんのお招きに応じてくださり、ありがとうございます」


キスリングさんが丁寧に頭を下げたので、私も頭を下げた。

そして頭を上げたキスリングさんの表情が真面目なものになった。


「今回は弊社の汚名をそそぐ機会だと心得ております。私を始め従業員一同、ラストさんの扱いに長けた選りぬきの人材を揃えました。皆、カリヤ様の心身の安全を第一に行動いたしますので、どうかご安心を」

「お気遣い、痛み入ります」


浮足立つ私に変わってグリードがキスリングさんに応じる。

さすがグリード、大企業メジャーの重役さん。

こういう場面、慣れてるんだな。


「皆さんの私に対する信頼度の低さはどういうことなんですの」


ぷーと頬を膨らませ、あからさまに不機嫌な美少女アンドロイドの姿は本当に愛らしいのだが、それを見るキスリングさんを始めとした関係者の表情は硬い。

キスリングさんが冷たいマナコでラストさんを見る。


「あなた様に対して無条件に信頼できるのは、経営手腕だけです」

「そんな、キスリングったら酷い。……いいでしょう。今日見事このお茶会を成功させて、あなた方の私に対する評価を覆してみせますわ!」


ラストさんは周囲に対し毅然と言い放った。

その姿は本当に絵になるくらいに美しく、何も知らなければコロっと信頼してしまいそうだ。

でも私は事情を知っている。

心から信頼できないの、逆に辛い。


「さあカリヤ様、中に入りましょう」

「は、はい」


ラストさんに勧められて返事はしたものの、私はその場から動けずにいた。

本当にこんな服装で、こんな私でいいのか?

すると、グリードの左のアームが動いた。

エンドエフェクタの指先が綺麗にこちらに向けられる。


「行こう、ナナミ。ラストのお手並み拝見だ」


笑顔の紳士が手を差し出すような仕草に、私は目を見張った。

もちろん、目の前にいるのはちょっと不気味な多脚ロボットであり人ではない。

でも、私が貴族のお嬢様になったような錯覚に顔が熱くなった。

色々ありすぎてどうかしている、と思う。

……よし! 行こう!

考えていても仕方ない。

今この場は行動を起こそう!

私は腕を動かして、その鋼鉄の指に自分の手を乗せた。

グリードは私の手を取ると、人の紳士のようにスマートに私をホテルへとエスコートする。

周囲の視線を感じて私は目線を下げた。

は、恥ずかしいな。

でも、ちょっと嬉しかった。


ホテルの中は、白と金と青を基調とした調度で飾られ、華やかさと上品さが見事な調和を醸し出していた。

私の日常にはない光景だが、見たことはある。

漫画で見たことあるぞ、こんな感じのお城。

場違い感が外の比ではないが、もう逃げも隠れもできない。

いい加減、覚悟を決めろ、私。

荷物は端末のみを残してクロークに預け、そのまま案内されたのは広々としたティールームだった。

壁紙はバラが描かれ、ピンクと白とゴールドの色合いが、上品でとっても優美だ。

豪華な飲食会場といえばトニーちゃんご自慢のレストラン、グルマンディーズを思い出すが、ここもまた異世界のようで呆然と立ち尽くした。

ふと気付く。


「あれ、他にお客さんがいない?」


思わず口から疑問が飛び出たが、ラストさんが私に向けて整った笑顔を浮かべた。


「はい。今日だけこの時間は貸し切りにしています」

「貸し切り」

「ええ」


貸し切り!

私は衝撃を受けたが、どうにか自力で立ち直った。

ラストさんの経営するホテルだし、ラストさんの都合にいくらでも合わせられるんだろうけど、にしても凄いなあ。

驚きと情報量が途方もなさすぎて、久しぶりに頭がスポンジになりそう。


「気合いが入っているな」

「先程も申し上げましたとおり、私、燃えておりますから。そう、焦らしに焦らされて蜜が滴るアウン♡!」


グリードの言葉にラストさんが応じようとして、金色に輝く『伝家の宝刀』が、キスリングさんの手によって発動された。

振るった手は見えなかったが、その打撃音は鋭く、白手袋に包まれた手には黄金のピコハンが握られている。

さっきの女の人よりも早く鋭く重い一撃なのだとわかる。

叩き慣れているのだろう。

……いや、組織のトップの頭を叩き慣れているってどうなのさ。


「くう、難しいですわ」

「全然難しくないです。とにかく自重! いいですね?!」

「はあい」


ラストさんとキスリングさんのやり取りに、私の浮き足立った心は地に落ち着いた。

表情が真顔になるのを感じる。

……ラストさんのこれ、根本的に設定を変更すべき案件じゃないのかな。

普段よく普通に仕事できるな。

グリードの複眼の光がこちらを見、そしてラストさんに向けられた


「ナナミのテンションが落ちたようだが、大丈夫か?」

「大丈夫です! 勝負はここから! そうですね、キスリング」

「我々は既に全力でお勤めをさせてもらっております。後はラストさん次第です」

「ええ! カリヤ様、こちらにおかけになってくださいませ」


そうしてテーブルに案内されて、またしても情報量の多さに目が眩みそうになった。

繊細な白いレースのテーブルクロスのさらに上に、シワ一つもないオフホワイトのテーブルクロスがかけられている。

そのテーブルの上には赤いバラの花束が飾られ、そのバラが一輪だけ描かれたカップとお皿、ピッカピカに磨かれた小さなナイフとスプーンが置かれている。

これだけで、どれだけの手間とお金がかかっているのだろう。


「カリヤ様?」

「あ、その、バラの花、生で見るのは初めてで」

「まあ、そうでしたの? 前時代から不動の人気を誇る花です。今日のために、グラトニーに無理を言って取り寄せたんですよ」

「トニーちゃ、……グラトニーさんに?」


ラストさんは小さく笑った。


「トニーちゃんでいいですよ。そう呼べと言われたのでしょう」

「はい」

「らしくないとは思いますけどね」


え? そうなの?

私は首を傾げる。

やっぱり私の知るトニーちゃんの言動は、トニーちゃんの多彩な面の一つでしかないのだろう。


「アップグルントは、戦前から第一次産業に極めて強い企業として世界を席巻していました。園芸もそう。弊社も携わっていますが、未だに敵いません」

「かの企業は一貫してブレないからな」

「ええ」


グリードの言葉に、ラストさんは優雅に頷く。

……ちゃんと真面目に話せているラストさんに私は違和感を覚えていた。

や、これが正常なんだけどね。

そして私が椅子に腰を掛けると、グリードがその後ろについた。

ラストさんは私の向かいに腰を下ろすと、両手を合わせて満面の笑みを浮かべた。


「さあ、色々とありましたけど、お茶会を始めましょう」


その一声に、待機していたウェイターやウェイトレスたちが動き始めた。

瞬く間にお茶のセットがされていく。

繊細な意匠がほどこされている銀器に目を奪われていたが、やがて運ばれてきたものに思わず身を乗り出しそうになった。

ああ! 見たことあるよ、これ! 漫画で見た!

ケーキスタンドだ!!

漫画の通り三段で、下の段からサンドイッチ、スコーン、小さなケーキとセットされている。

漫画で憧れていた光景が、今まさに自分の前に実現している。

これぞ、アフタヌーンティー!

と、小さく笑う声に我に返った。

見れば、ラストさんが口元を押さえ、こちらを見て笑っている。

顔がみるみるうちに火照るのを感じた。

浮かれすぎだよ、恥ずかしい。


「あ、すみません、つい」

「いいんですよ。カリヤ様がこのような世界観に憧れを持っていらっしゃるのは、わかっておりますから」

「え」


え?! なんで知ってるの?

訝しむ私に、ラストさんは小首をかしげ微笑んだ。

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