第13話 お茶会に招かれた

第13話 お茶会に招かれた 1

表示される雲のせいだろうか。

ドームに映し出される空の風景は、夏の時期よりも高く見えた。

ドームに覆われ、巨大な大防壁に囲まれたこの街には厳密には四季はない。

だが、季節によって街の環境を微妙に変えているという。

それは人の環境への適応を少しでも残そうとする意図があってのことだと、子供の時に学習プログラムで習った。

それはともかく、ドームに今表示されている雲は、細切れにモコモコとしていて群れをなして並んでいる。

まるで羊の群れのように。

そう! 羊ちゃんたちの群れのように!

私は再び双眼鏡を目に当てた。

ここは、この街の最大の規模を誇るアパテイア動物園である。

たくさんの動物を一度に見ることができることから、人気はとても高い。

だが、動物の飼育と環境整備、施設の維持費などの理由で入場料も結構する。

点在するお店の商品も割高だ。

先月までの私なら、その値段の高さに虚無状態になり、肩を落として諦めていただろう。

だが、副業を始めてからお金に多少の余裕ができ、念願が叶って今日来園したのだった。


ここは牧場と呼ばれる区画エリアで、私の身長くらいの高さの白い木の柵で覆われている。

メッセージボードの注意書きには、木の柵に見えるのはホログラムであり、実際は電気柵らしいので触るなとのこと。

その柵の向こうにいる羊ちゃんたちの群れを、私は飽きることなく眺める。

ああ! 白くてもこもこ! ふわふわ!

顔も白い子もいれば黒い子もいた。

どちらも目がちっちゃくてつぶらで、絶妙な位置に配置していると思う。

キュッとした口元も超キュート♡

と、群れの一頭がこちらを見ると、何を思ったのか一声泣いた。

……か、可愛いのう!

ナマで聞くその独特の鳴き声に、私は顔がニヤけるのを止めることはできなかった。

触りたいなー。

でもお触りは保護の観点から厳禁なのだった。

残念。

目の前の草原には、私を魅了する羊ちゃんたちの他にも動物たちがいた。

どっしりとした牛さんたちがのんびりと草を食べていたり、スラリとした馬さんたちが軽くかけっこをしていたりと、思い思いに過ごしている。

なんて穏やかで平和な風景だろう。

下手なアイドルよりも、こちらのほうが癒やされる。


「ナナミ」


と、背後から無視できない低い美声が聞こえた。

双眼鏡を外して背後を見ると、この平和な風景とは縁遠い白銀の多脚ロボットが複眼を晒してこちらを見ていた。

私の友達、グリードだ。


「羊に夢中になるのはいいが、そろそろ予約の時間だ」

「え、もうそんな時間が経ったの? わかったよ」


名残惜しいが時間は有限であり、この動物園は広大だ。

丁寧に見て回ったら一日では到底回りきれないと言われているくらいで、事前に計画立てることを公式で推奨しているくらいである。

おまけにこの動物園は今、事前予約必須の大注目のエリアがあった。

私が今日ここに来た一番の理由であり見逃すわけにはいかない。

私はせめて端末のカメラで羊ちゃんたちを撮ろうと粘ったが、型落ちしたこの端末のカメラではショボイものしか撮れなかった。

私は端末を握りしめる。


「今度は新しい端末を、や、カメラを買うために頑張ろうかな」

「君の物欲が刺激されているようで何よりだ」


その言い方はどうよ?

少しばかりの恥ずかしさと悔しさに、私は口を曲げた。


「観察のし甲斐があるってこと?」

「そうだ。私の使命に通じる大切な事象である」


淡々と、しかし生真面目に応じるグリード。

そのグリードの使命とは、


『人を救い、幸福へと導く』


というものだ。

そのために人を知り、人の行動原理、快楽や欲望を知ることを目標にしていて、人の集まるイベントや場所に赴き、人を観察することに余念がない。

今日もその熱心さと勤勉さは変わることはなく、私は小さくため息をついた。


「相変わらず熱心だね」

「使命達成のため、君には協力と応援をしてもらっている。人で言うところの誠意をもってその使命を果したい」

「真面目なのはいいけど、もう少し肩の力を抜いてもいいと思うけどな」


このドラ焼きっぽい頭のちょっぴり不気味な多脚ロボットに悪気はないのだ。

……良心もないけど。

何故ならAIに心はないから。

この街の常識である。

グリードは片手を上げた。


「ナナミ、移動しよう」

「うん」


羊ちゃんたち、またね。

私は小さく手を振り、牧場エリアを後にした。

次のエリアに行く道中も、数多くの動物に目移りをし、その度にグリードから指摘を受けて歩を進める始末だった。

以前、水族館に行ってから動物たちに興味を持つようになった。

限られたエリアでも、頑張って生きている動物たちの姿に胸と目元が熱くなったのだ。

それは私にとって初めての経験だった。

もっと色んな動物を見てみたいと思った。

そして今日、改めて色んな動物たちの姿を見て、不思議と元気になるのを感じた。

動物を見るの、好きなのかな。

今までロボットばかり見てきたけど、動物もいいよね。

私は自然と笑顔になる。

さあ、今日のメインイベント、お待ちかねのエリアだ。

が! お目当てのエリアは人でいっぱいだった。

幾重にも列をなしている大盛況っぷり。

思わず立ち止まる。


「えっ? 予約の人、こんなにいるの?!」

「そのようだな。君が実物を見てみたいと言っていたラッコのエリア。一ヶ月前にラッコの子どもが生まれて一躍話題になり、現在も入園開始から人の絶えることのないエリアだ」


ラッコの子どもが生まれたことはこの街のニュースにもなっており、動画投稿サイトでも大人気となっている。

私もその映像を見て一目惚れをし、是非実物を見たいと頑張って予約を取って来たのだ。

そのラッコの列の最後尾と思しきところに電子看板を掲げているロボットがいて、私は確認をしようと足をそちらに向けた。

看板には私が予約した時間と、予約券を見せるよう指示が表示されている。


「これ、どれくらい待つことになるのかな」

「列の形成からの推測になるが、一時間といったところだろう」


思わず口からこぼれた独り言に、私に付いてきたグリードがロボットらしく無機質に応じた。

そうしている間にも、予約した人がドンドンと列に並んでいく。

私は意を決し、グリードの方を向いた。


「グリード、一時間以上待たせちゃうかもだけど」


グリードはラッコの子どもよりも、それを見る人の観察がしたいとのことで、予約を取っていない。

観察するとは言っても、この周辺で待たせることになってしまうのだが。


「問題ない」


当のグリードはあっさりしたものだった。


「私の今日のメインはこのエリアの人の観察だ。私は邪魔にならないところで君たちを観察しながら待っている。気にせず行ってくるといい」

「うん! 行ってくる!」


私はグリードの頭にポンと手を置き、すぐに手を離して係のロボットの元へ向かったのだった。

そして一時間半後、私は疲労と無念を抱えてラッコのエリアから離れた。

結果だけ言えば、子供のラッコは途中までは見れた。

周囲の女性客やお子様と共に一緒にはしゃぎ、私の持つ語彙では語れないその愛らしい姿をこの目で見て端末のカメラに撮りまくった。

しかし、休憩のため途中退場をしてしまい、私達はその愛らしい姿が施設の中へ消えるのをため息とともに見送ったのだった。

いや、親のラッコさんも愛嬌があって可愛かったよ、うん。

双眼鏡で拡大してメッチャ見たし、端末のカメラでたくさん写真も撮った。

でも、お子様のプリティな姿をもっと堪能したかったというのが本音だ。

でも仕方がない。

無理をして体調を崩したら元も子もない。

あの子には健やかに育ってほしいものだ。

さて、気を取り直してグリードと合流しよう。

私は周囲を見渡し、見覚えのある光景に目が止まった。

グリードを中心にその周辺に人だかりができている。

またこれか。

私はその輪に入れず立ち尽くす。


「あの、一緒に写真を撮って、SNSに投稿してもいいですか」

「この動物園をけなさず、常識の範囲内の使用であれば構わない」

「はい! ありがとうございます!」


といういつものお願いもあれば。


「あのすみません。この近くにお手洗いはあるでしょうか」

「この道を進んだ三十メートル先にある」

「ありがとうございます!」


道案内をしていたり。


「ねえねえ、お名前はー?」

「グリードだ。君の名前を聞いていいか?」

「カイトだよ。ねえ、グリードは好きな動物っているのー?」

「興味のある動物ならいる。カイト、君たち人だ」

「ママー、グリードの好きな動物、ぼくたちだってー」


子どもの話し相手になっていたりと、ちょっとした人気者になっていた。

……こうして見ると、グリードの姿の異様さが際立つ。

ロボットと呼ぶには有機的なデザインだが、動物と呼ぶにはやっぱり無機質であり、その塩梅が絶妙だ。

一鍔ヒトツバさん、これがデザインの狙いなのかな。

何はともあれ、ロボットに敵意がない人が集っているようで一安心だ。

と、グリードがこちらを向いた。

鮮やかな水色の複眼とバチッと目が合う。


「待ち人が来た。私はこれで失礼する」


グリードは断りをいれると、速やかに輪の中心から離れてまっすぐに私の元へとやって来た。

当然視線が私に集中する。


「ナナミ、おかえり。どうだった? ラッコの子どもは見れたか?」

「うん。あの、注目メッチャ集めてるから、ひとまずここから離れたいんだけど」

「わかった」


私達は足早にラッコのエリアを離れて、人気の少ない道端へとやってきた。

ついでにベンチもあったので腰をかける。


「はー、やっと落ち着いた」

「お疲れ様。ラッコの子どもは途中退場したようだが、見ることはできたのか」

「うん。押し合いへし合いで大変だったけどね。贅沢言うならもっと落ち着いてゆっくり見たかったよ」


私はグリードに画像を見せながらラッコとラッコの子どもの話をした。

そしてお昼が近いからとフードコートへと移動。

少し早めの昼食をとり──支払いはグリードがした。先を越された──昼食後は改めてペンギンやアザラシ、カワウソ、シロクマ、ビーバー、カピバラを見た。

みんなそれぞれ可愛くて、私の心は癒やされまくりだった。

目的の動物を見て満足した私はショップに立ち寄り、お土産のぬいぐるみを買って動物園を後にした。


「あー、楽しかったー」

「まだ閉園まで時間はあるがいいのか?」

「うん。少し歩き疲れちゃった。どれくらい歩いたんだろう」

「君の園内での総歩行数は三千八百六十二歩。距離にして二千七百八十メートル。消費カロリーは」

「あ、もういいよ。うーん、ちょっと運動不足かな」

「歩く他にも立っての待ち時間もあった。君が思うより気力も体力も消費したのだろう」


私はぬいぐるみの入った袋を抱きしめ、グリードと共に地下鉄に向かう。

買ったぬいぐるみは、ラッコの赤ちゃん!

本当は羊さんやカピバラさんも欲しかったけど、さすが予算オーバーだ。

まあ、また来た時に欲しかったら買えばいい。

そう思った時だった。

一台の黒塗りでピカピカテカテカの車が、私達の横に止まった。

わっ! 高そうな車だな?!

この街では公共交通機関、つまり地下鉄が主な移動手段だ。

個人で車やバイクを持っている人は相当の金持ちか、ガチの趣味の人くらいである。

珍しいな。

車を眺めながら通り過ぎようとした時、グリードがピタリと立ち止まった。


「グリード?」

「なぜ君がここにいる。仕事はどうした、ラスト」


グリードが車に呼びかけるのと同時に車の窓が開き、私は息を呑んだ。

すんごいキラキラで華やかな美少女が顔を出した。

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