第10話 プールに行って告白された 3
私が全ての料理を食べつくすと、グリードがおもむろにアームを上げた。
「さて、ナナミ」
「ん?」
「午後は何か予定はあるか?」
「特に考えてないよ。また適当にプールで遊ぼうかなって」
「では、何かのイベントに参加してみるのはどうだ」
「イベント?」
すると私の目の前に画像が現れた。
見ればハウオリが開催しているイベントの一覧らしい。
私は文章を読み上げた。
「各種マリンスポーツの他、ビーチバレー、ビーチフラッグス、スイカ(※ホログラムです)割り、浮き輪投げ、素潜りでの宝探しなどをやっています、と。……素潜りで宝探し?」
「ハウオリには水深五メートルの飛び込み用のプールがある。そのプールを使って、プールの底に沈んでいる宝に見立てたカードを拾い集めるらしい。カードをより多く集めたものが優勝となるそうだ」
「へー」
素潜りか。
子供のころ、父に教わってやったことがあったな。
確かプールの底は何かハイテクの技術で、昔の海の様子を映し出していた。
すんごくキレイで、私は熱心に潜って観察していた記憶がある。
思えばあれは、サージュテックの技術を借りていたのかな。
「素潜りの宝探しの上位者は景品が貰えるとのことだ」
グリードの話は続いていた。
「そうなんだ。でも、どうせ子ども向けの景品でしょ。有名キャラのぬいぐるみとか、お菓子の詰め合わせとか」
「一位の景品がアップグルントモーターズのホバーバイクなのだが、子ども向けと言えるのだろうか」
「豪華だった!」
よくよく見れば、豪華景品が目白押しだった。
あ! この最新の端末欲しいな!
ああ! サイバーシティ・オオエドのペアチケットだ!
あああ! 超高級なかたまり肉、美味しそうだけど、これもらっても料理できないぞ。
それはともかく、いいなー! 欲しいなー!
「君の物欲を刺激できたようで何よりだ」
グリードの言葉に我に返った。
ぬぬぬ、よほどわかりやすく表情に出ていたのだろう。
ちょっと悔しいし恥ずかしい。
私は一つ咳払いをした。
「うん。中々魅力的な景品だね」
「ああ、企画側も頑張っているようだ。そしてこのイベントには外れがない。参加賞は、特定の屋台の料理が一品無料になるチケットがもらえるようだからな」
「そっかー」
返す返すも悔しいけど、景品につられて参加したいという気持ちが盛り上がってきたのも事実だ。
「何時からやってるの? その素潜り」
「一五時からだ。イベントとしては一番遅い時間になる」
「そうかー」
だとするなら、今から少し食休みして練習する時間もあるかな。
私は腕を組んだ
「素潜りは子どものころに父から教わってやったことがあるよ」
「そうなのか」
「うん。だから、食休みした後にできるかどうか試してみて、できそうなら参加してみようかなって」
「わかった。では夕食まではそのように過ごそう」
グリードは画面を消した。
ん? 夕食まで?
「夕食? 夕方には帰るんじゃないの?」
「このイベントに参加してみたい」
そう言ってグリードは再び画像を出した。
真っ暗な背景に青の幻想的な色の波が映し出されている。
「何これ、キレイ」
「夜に波のプールで行われる、ヤコウチュウウォッチングと言うイベントだそうだ」
「ヤコウチュウ?」
グリードの説明では、ヤコウチュウとは海の浮遊生物のことで、夜光虫と書くらしい。
そして、どんな原理かわかんないけど、この夜光虫が大量に発生すると夜に光り輝いて見えるのだそうだ。
もちろん本物ではなく、ナノマシンによるものらしいけど。
それが、この画像なのだという。
わー、凄く見たい!
「SNSでも好評のイベントのようだ。それを君と一緒に見たいと思っている」
続いて目の前に現れた画面は、SNSに投稿されたイベントの様子だった。
どの投稿も好意的なものかつ画像や動画の映像はどれもキレイだった。
実物で見てみたい!
私は力強くうなずいた。
「いいね! 見てみたい! 明日も休みだし、今日はとことん付き合うよ!」
「ありがとう。私がここに来たかったのは、このイベントの参加が目的だったこともある」
「え? 最初からこのイベントあること知ってたんだ?」
「ああ。事前に調査をしていた時に知った」
「なるほど」
私は過去の記憶を元に、プールで泳いだりスライダーで遊べたらとただ思っていたのに対し、グリードは隅々まで下調べをしていたのだ。
性格の違いがでるなあ。
内心で苦笑する。
これも使命のためなのだろうけど、この夜光虫のイベントは何かちょっと違うような気がした。
そう感じる理由はわからない。
勘としか言いようがない。
…………。
ま、いっか!
私は考えるのをやめ、手にしたドリンクに口をつけた。
休憩後、私たちは競泳用プールにやってきた。
このプールは手前側は百五十センチだが、奥の方に進むにつれて水の深さが増して最終的には四メートルになるという。
ここで素潜りができるか確認と練習をしようと思ったのだ。
人はやはりいて、クロールやらバタフライでバリバリ泳いでいる人もいれば、シュノーケルを口に加えたお子様が、大人の監視のもと素潜りをしていた。
むむ、よもやライバルか?
プールに入る階段の手前でグリードは言った。
「イベント開始まで一時間半ほどだ。くれぐれも無理をしないよう要請する」
「わかってる」
私は借りた水中ゴーグルとフィンを付け──今度はちゃんと自腹を切った──、シュノーケルを口に加えて水中に潜った。
まずは足がつくこの浅さで、耳抜きと潜水ができるか確認をしなくては。
子供の時の記憶を頼りに、私は耳抜きと潜水を繰り返し、徐々に奥の深い方へと進んだ。
グリードが並走してついてきてくれている。
万が一のことがあれば、グリードが助けてくれるだろうが、万が一は起こしてはいけないのだ。
私はしばらく二メートルから三メートルの付近を行き来して、潜水に慣らしていった。
「どうだ? 参加できそうか?」
水深三メートルの水中でグリードの渋い美声が聞こえてきた。
水中でも発声できるってすごい。
耳抜きや酸素の心配をしなくていいのも強いよなー。
てか、グリードが素潜りに参加すればいいのでは? と思うけど、当たり前のことだがロボは参加禁止なのだ。
私は両手をパッと広げた。
水中のハンドサインで、わからないと言う意味だ。
続いて私は浮上するサインを送った。
息をついで四メートルにチャレンジしよう。
ここをクリアしなくては、イベントには参加できない。
呼吸を整え、泳いで水深四メートル付近に来ると、ジャックナイフの方法で水深四メートルを目指す。
光るものが見えた。
先に四メートルに到達したグリードだ。
水中では、焦らずゆっくりと。
確か父がそう言っていた。
ちょっと苦しいけど、これは誰にでも起こる現象。
大丈夫、いける。
グリードがこちらにアームを差し出した。
私も腕を伸ばしてその鋼鉄の手を握った。
やった! 水深四メートル到達だ!
「おめでとう。水深四メートルに到達だ。体調はどうだ?」
私はOKのハンドサインを作った。
こういうの、昔取った杵柄、って言うんだったかな。
中々侮れないもんだね。
しばらく四メートル付近で練習をし、受付の締め切り時間ギリギリで参加希望を出した。
しかし、私はライバルたちを見てちょっと自信をなくしていた。
「意外と参加者いる上に、ガチな人多いじゃん」
「景品が景品だからな。君同様、もしくはそれ以上に物欲を刺激された人々は多かったということだろう」
「……わかりやすいなあ」
「観察が捗る。今日はここに来て本当によかった」
「まだイベント始まってもいないよ」
私はため息をついた。
水着姿の参加者は少なめで、ウェットスーツを着た参加者が多めだ。
素潜りの三種の神器、ゴーグル、シュノーケル、フィンも自前かつお高そうに見えた。
ぬーん。
私は腕を組む。
これは悔しいけど、今回は高望みはせず、無事に五メートル潜って、運が良ければカードを拾って、無事に帰ってくる。
そう、参加賞狙いでいこう!
私は胸の前で拳を握った。
「お待たせいたしました! 素潜り宝探しのイベントを始めまーす!!」
拍手とともに、イベントが始まった。
施設全体を見ればイベントは地味だけど、飛び込み用プールの周辺は盛り上がった。
出場者は私を含めて二十人近くいるようだ。
その二十人近くが一斉に水中へ潜り、宝探しをする。
「この宝探しでは、いかに長く安全に、平常心で潜っていられるかが肝要だ。素潜りは水中で酸素を供給する術がない。浮上しての息継ぎは自由だが、明らかに時間のロスになる。酸素をできる限り使わないコツは、思考をできる限り止めることだ」
グリードはアームを組んだ。
「酸素を使うのは脳だ。物欲にまみれて焦れば、それだけ脳内で使う酸素が増え潜水時間が短くなる。無心、無欲こそが勝利への道となるだろう」
「うーん、宝探しの勝利の鍵が無心で無欲とは、何か皮肉だね」
「ああ。実に観察のしがいがあるイベントだ」
グリードの物言いは、どこまでも無機質で淡白だ。
でも、グリードに感情があったなら、興味津々かつきっと喜んでいる状況だろうな、これ。
……なーんかムカつく。
私は唇を尖らせて、グリードの膨らんだ頭を指で弾いた。
即座にグリードがこちらを向く。
「ナナミ?」
「じゃ、行ってくるから」
「……わかった。くれぐれも無理はしないでくれ」
「わかってる」
そしてスタートの合図とともに、参加者は我先にとドンドンとプールの底へと潜っていった。
私もプールに入り、ジャックナイフで潜水を開始する。
焦らない焦らない。
参加賞参加賞。
……この思考すらも、酸素の無駄遣いになるんだろうけどね。
耳抜きをしながら潜水を続ける。
先程同様、段々と苦しくなってきたけど、酸素はまだあるぞ、大丈夫。
そして、私は思わず目を凝らした。
凄い! プールの底が、いつか水族館で見たサンゴ礁になっている!
しかも色とりどりの魚も泳いでいる。
もちろん、ホログラムってやつだろう。
でも、キレイだ。
私は宝探しのことを忘れ、その水底の景色に感動した。
もっとよく見ようと、深く深く潜る。
ふと気付いた。
あれ? カードはどこかな?
パッと見、見当たらない。
そして気付いた。
もしかして、この風景の中に紛れ込んでいるのか?!
冷静に周囲を見渡せば、他の参加者たちもあちこち見回していた。
え?! もしかして見つけるの難しい?!
……落ち着け、まずはこの風景に慣れよう。
で、息継ぎしたら潜り直して探してみよう。
私は息が続くまでその風景を観察し、浮上しようとして、臭いに気付いた。
水中だから鼻呼吸なんてしていないのに。
だけど思うより先に、臭いの元へ手を伸ばす。
掴んだものは固くて平たい長方形の物体。
カードだ!
でもこれ、光学迷彩が施されてる!
ええっ?!
お遊びのイベントで何、技術の無駄遣いしてんの?!
これじゃあ、わかんないよ!!
私は急いで浮上し、そして息継ぎをした。
「ナナミ、体調は大丈夫か」
プールサイドにいたグリードが声をかけてきたので、私は縁に手をかけカードを見せた。
「光学迷彩。サージュテックの技術だろう。やはりかの企業も協力をしていたか」
私は頷き、そして再び潜水をした。
これが最後かな。
というのも、昼食も休憩も取ったけど体力が戻りきっていないことと、体温が地味に奪われ少し寒くなってきたからだ。
まあ、幸運にもカードは一枚取れたし、風景を楽しむ程度にしておこう。
そして再び、きらびやかなプールの底へとやってきた。
参加者は、忙しくなく手を動かしてカードを探している人たちが半分くらい。
残り半分は落ち着いて潜水を続けている人や、のんびりと風景を楽しんでいると思しき人が半分くらいいた。
カードをゲットした人が、ガッツポーズをして浮上していく。
私はそれを見送りながら、幻影の魚と一緒に泳いでいたが、またしても臭いを感じた。
あ! これだ!
私はゆっくりと臭いの元へ、砂地にしか見えない場所に手を伸ばし、掬うようにしてカードをゲットした。
やった! これで二枚目だ!
久しぶりに潜ったにしては、十分すぎる戦果だろう。
私は浮上し、まだ制限時間はあったけどここでストップにしておいた。
カードをイベントの人に渡し、グリードの元へと向かおうとしたら、そのグリードがすぐにやってきた。
「ナナミ、お疲れ様だ。体温が少し下がっているようだな」
「うん。これ以上はアレだと思って引き上げた。二枚取れただけでも十分だよ」
「賢明な判断だ」
座った私に、グリードはタオルをかけてくれた。
あー、疲れたー。
地上とタオルが温かくて思わずホッとした。
イベントは地味に盛り上がり、制限時間ギリギリまでガチ勢が頑張っていた。
で、結果としては、そのガチ勢が上位を独占するという順当な結果に終わった。
そりゃそうですわな。
でも光学迷彩が施されたカードを探すのは難易度が少々高かったらしい。
幸運にも二枚取れた私は、十位以内に入賞をし、レストランのチケットをゲットしたのだった。
やったね! 夕飯代が浮いたぞ。
なんの憂いもなく、美味しいものが食べられるぞ!
そう思ったら、お腹から力が湧いてくるのを感じた。
我ながら単純で現金だ。
ウキウキ気分でステージから戻ると、グリードが温かい飲み物を渡した。
「良かったな、ナナミ」
「うん」
私は受け取った温かいお茶を飲みながら頷いた。
「グリードはどうだった? ちゃんと観察できた?」
「ああ。君も含めて参加者の行動をしっかり観察、記録できた。帰ったら改めて確認する」
「そう。良かったね」
使命とはいえ熱心だなあ、真面目だなあ。
私は苦笑した。
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