第7話 企業イベントに参加した 2

お昼ご飯を食べた私達は、一度グリードとユーゴさんと別れた。

グリードとユーゴさんは、この後の模擬戦に出るためだ。

そして私達は模擬戦を待つ間、屋台の近くにあるベンチとテーブルでのんびり過ごすことにした。


「ユーゴはともかく、グリちゃんも戦えるんだね」

「今回のために、開発中の戦闘プログラムを入れたらしいよ。テストも兼ねるんだって」


アイちゃんはビールを片手に眉をひそめた。


「グリちゃんって偉いAIなんだよね? 何か色々とやってない?」

「そだね。想像だけど、言い出しっぺだから率先して動いているんじゃないかな?」

「まあ、上の人、じゃない、AIが張り切れば、部下もやる気は出るんだろうけどね」


ビールを飲み、オツマミのポテチを食べるアイちゃん。

アイちゃんはほんわかした見かけによらず、自他ともに認める酒豪なのだ。

このアパテイアでは、下手なミネラルウォーターよりもお酒のほうが安い。

だから、大人は水のかわりにお酒を飲むことが多い。

ちなみに私は、この後試乗があるのでお酒は飲めないけど。


「ビール、美味しい?」

「うん! 昼間から外でビール飲めるなんて贅沢な時間だよ。ナナちゃんも試乗がなかったら飲めるのにね」

「その試乗の時間だけどさ、午後の部ってだけで、具体的な時間を知らされていないんだよね」


私は端末を取り出し、今回の試乗の専用ページを開く。

待ち人数と、大体の予定時刻をリアルタイムで知らせてくれるが、これを見ると模擬戦の途中で離脱しなきゃならないかもしれない。


「これ見ると模擬戦、今のところ途中離脱もやむ無しなんだよなー」

「試乗はグリちゃんからもお願いされてるんでしょ。その時は仕方ないよ」

「……ユーゴさんが毎度毎度スカウトして煽るから、グリードが興味持っちゃったんだよ。私の技術なんて大したことないってのに」


私は炭酸水を飲みながらため息をつくと、アイちゃんも何故かため息をついた。


「ナナちゃん、その認識はそろそろ改めようよ。ナナちゃんは凄いパイロットだよ。養成学校時代から見てきた私が言うんだから間違いないって」

「……そう? でも世の中は広いし、私達が知らないだけで、私以上のパイロットはゴロゴロいるよ、絶対」

「それは否定しないけど、少なくとも私が見てきた中ではナナちゃんが不動のトップだよ。ユーゴもそれわかってて、ナナちゃんにはあんな調子で接してるけど、裏では嫉妬メラメラ状態なんだから」


私はテーブルに肘をつき顎をのせる。


「そうは言われましてもねー」

「……ナナちゃん、やっぱご両親のこと引きずってる?」


核心を突かれて私は顔を上げた。

アイちゃんは、私が傭兵嫌いな理由を知っているのだ。


「アイちゃん」

「ゴメンね。でもナナちゃん、せっかく才能があるのに、その、ご両親のことでふさいだ感じになっちゃうの、日頃からもったいないと思っていて。だから今日のイベントも、ご両親のことに関係なく楽しいものになればいいなって、少し期待しているんだよ」


アイちゃんの真剣な表情に、私はうつむいた。


「ゴメン。私も頭でわかってはいるんだけど、どうしても切り離しができなくて」

「うん。そこは無理しなくていいと思う。無理に切り離して、後で変に拗らせてもあれだし。……少しずつでいいから親離れができるといいね」

「親離れかー」


私の傭兵への忌避感は、両親のいざこざ、特に母親との関係で拗らせていることが大きい。

最期までわかりあえなかった、凄腕の傭兵だった母。

現状、私は経済的には自立してはいるけど、心理的にはまだ親のせいにして、つまり親に甘えている部分がある。

アイちゃんはそれをズバリ指摘したのだ。

アイちゃんには色々話していることもあるけど、アイちゃんの人を見る目は同い年と思えないほど広く鋭い時がある。

私がアイちゃんを尊敬しているところだ。

と、アイちゃんがポンと両手を合わせた。


「ゴメン。私が飲んでいるせいか、何かいつもの居酒屋の雰囲気になっちゃったね」

「ううん。こっちこそゴメンね、辛気臭くなる原因作っちゃって。また、話聞いてくれる?」

「うん! 私で良ければいつでもいいよ」


その言葉に私はからかい混じりに返した。


「いつでもはないでしょ。ユーゴさんがいるんだからさ」

「そうだけど、ちゃんとナナちゃんと飲む時間も作るよ。ユーゴの話、聞いてほしいし」

「はいはーい、先に言っときます。ご馳走様でーす」


ウフフ、末永く幸せに爆ぜて♡

いつものように念じた時、テーブルの上に置いてあるアイちゃんの端末が震えた。

アイちゃんは端末を手にする。


「あ、模擬戦の会場がオープンする時間だ。いい席取りたいから、そろそろ行かない?」

「いいよ」

「そうだ! ビールのおかわりしてくる! ちょっと待ってて」

「飲ん兵衛」

「まだ二杯目だよ。こんなの飲んだうちに入らないから」

「はいはい、足元気を付けてね」


アイちゃんは残りのビールを飲み切ると、しっかりとした足取りでビールの屋台へと向かった。

その後、ビールを買ってきたアイちゃんとともに模擬戦の行われる会場へと入った。

最初は人がまばらだった客席も、開始時間が近くなると徐々に席が埋まり始めた。

そして、開始した頃には満席となった。

私は客席をさり気なく見渡す。

やっぱ男の人が多いかな。

でもカメラ片手に気合いのはいったお姉さん方もいる。

ロボ好きの女性は一定数いるのだ。

で、最初はファースト・スターを始めとした大型パワードスーツの演舞だった。

アイちゃんがビールを飲みながら言う。


「さすがに遠距離の武装は使わないか」

「街中ではさすがに無理でしょ。危ないし、ロボット嫌いな人、刺激しかねないし」

「だよね」


でも一糸乱れぬ演舞も見応えがあった。

ファースト・スターはもちろん、他の大型パワードスーツのスターリット・スカイやグレート・ドッグも中々の動きだ。

デザインは独特だけど、可動域も足腰の強さもパッと見た感じ、問題はなさそうだった。

ふーん、でもシリウスに敵うかなー。

シリウス贔屓の私は、謎の上から目線でその演舞を見守る。

まあ、試乗でその真価は確かめよう。

そして、盛大な拍手とともに二機のファースト・スターが入場した。

いよいよグリードとユーゴさんの模擬戦の開始の時だ。

ユーゴさんの機体には、肩の部分に所属会社のエンブレムが赤でハッキリと表示されている。

一方のグリードの機体の肩には黒で一鍔のエンブレムが描かれていた。

MCの合図と共に模擬戦がついに始まった。


二機は最初は円を描くようにして相手を様子見していたようだが、先にユーゴさんが間合いを詰めて攻撃を開始した。

そこから、二機のファースト・スターによる激戦が始まった。

素早い連撃をかわし、背に背負った推進器から青白い炎が吹き出すと同時にロボットが地を蹴る。

手に持つ得物を振り下ろしながら、相手へと襲いかかるが、もちろんそれをすんなりとかわした相手は、がら空きの下半身へと獲物で横薙ぎをした。

が、それは空を切った。

推進器を調整して落下の位置と速度を調整したのだ。

再び地上に降り立った機体は、相手に猛追し再び連撃を繰り返す。

その相手も得物でそれに応戦、激しい打ち合いとなった。


「ユーゴさん凄いじゃん! AI相手にほぼ互角の戦いができてるし」


さすがはこの街の名だたる傭兵だ。

経験が浅いAIとはいえ、一歩も引けを取っていない。

アイちゃんは真剣な表情でこちらを見た。


「かなり気合い入れて練習したみたいだよ。シュミレーターもそうだけど、同僚の人とも時間を見つけて相手してもらったって言ってた。自分のプライド以外にも、企業の看板も背負っているから」

「有名人は大変ですなー」


人とAIとの戦いになると、何事もAIの方が有利に立つことが多いらしい。

それはやはり学習の速さによるものが大きいからだろうと言われている。

恐らくだけどグリード、というかAIは、この戦闘も猛スピードで学習し、いずれユーゴさんを凌ぐことになるだろう。

何しろAIは、エネルギーがある限り疲れを知らずに戦い続けることができるのだ。

それでも、ユーゴさんは猛攻撃を仕掛け続ける。

ユーゴさんに勝ち筋があるとするなら、AIの学習スピードより早く、自分が疲弊するより前に討伐をすることにあったから。

名機の稀に見る接戦に、会場の空気も熱気に満ちていた。

望遠レンズをつけたカメラを構え、カメラマンたちが真剣な表情で写真を撮っている。

動画の撮影もされているようで、ライブ中継されているなら、ここ以外でも盛り上がっているだろう。

アイちゃんはビールのカップを抱えて前のめりで激戦を見つめている。

このイベント、成功したんじゃない?

我がことのように嬉しく思ったその時、ズボンのポケットに入れていた端末が震えた。

えっ?! 何?!

取り出して見てみれば、試乗の時間が近づいていることを告げるものだった。

ああ! せっかく良いところなのに!


「ナナちゃん?」


怪訝な表情を浮かべるアイちゃんに、私は両手を合わせて頭を下げた。


「ゴメン! 試乗の時間が来たから抜けるね」

「このタイミングで?! ……もったいないけど、仕方ないね」

「うん。終わったら連絡する」

「OK! いってらっしゃい!」


私は他のお客さんへ断りを入れながら座席から離れ、試乗会場へと向かった。

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