第7話 企業イベントに参加した

第7話 企業イベントに参加した 1

ポポポンと軽快な音を立て、電子花火が空へと上がった。

ドームに映し出された空は、まだらの雲がたなびく青空だ。

地には白地に見知ったロゴマークが描かれた旗が飾られ、屋台が立ち並び、人々が思い思いに出歩いている。

そして、ドームの光を浴びて輝くロボットの数々。

一見平和な光景ではあったけど、警備ロボットがあちこちに配備されているのを見て、ちょっぴり心が曇った。

ロボットを否定したり排除したいと思う人が、変な気を起こさないようにするためのものだ。

私は背負っているバックを背負い直す。

アパテイア公営の広場の入り口で、そんな風景を見ていた時だった。


「ナナちゃーん、お待たせー」


正面から声が私を呼ぶ声がした。

お下げ髪の女の子が、私の元へ走ってやってくる。

友人のアイちゃんだ。


「待ち合わせの時間通りなんだから、走ってこなくても良かったのに」

「そうだけど、でも、待たせるわけにはいかないでしょ」

「別に気にしないけどな。一息ついたら早速会場に入ろ」

「うん!」


アイちゃんが呼吸を整えるのを待って、私達は会場入りした。

今日この日、この広場では一鍔重機による企業イベントが行われていた。

なので、一鍔さんのロゴが描かれた旗やのぼりがあちこちに飾られ、多種多様な独特なデザインのロボットが展示されているわけだ。

企業側の意図としては、もっと一鍔の製品を多くの人に見て知ってもらいたい、という目的があるらしい。

前日まで頑張って広告を打ち、昨日はビジネスデーとして報道関係者にアピールしていたこともあり、人出はそこそこに来ている、と思う。

女性や子供がいないわけじゃないけど、やはり男の人が多い印象だ。

私達は入口付近から立ち並んでいた屋台の誘惑を振り切り、ロボットの展示場へやってきた。


「あ! ナナちゃんあれ」


早速目に飛び込んできた機体にアイちゃんは声を上げる。


「ファースト・スターだね」


一鍔重機の大型強化外骨格パワードスーツの代表機にして、大企業メジャーから選出されたグレートスリーの一つ、ファースト・スター。

独特なデザインが多い一鍔さんにしては、非常に珍しくオーソドックな形をしているが、その美しさは掛け値なしだ。

私の愛機シリウスとは違う、働くロボットではなく戦うロボットの理想形。

今まではデータや遠目でしか見たことがなく、身近で見る機会はめったになかったけど、強い暴力性を秘めた美しい迫力は胸に来るものがあった。


「やっぱり、一鍔さんだったらファースト・スターかな」

「いかにも正義の主人公機って感じだもんね。私も好きー」


私の言葉にアイちゃんは頷いた。

そう思う人が多いのだろう、熱心に見ている人たちや、写真撮影に余念がない人たちでファースト・スターの周辺は人だかりになっていた。


「一鍔さんもこういうデザイン、もっと増やせばいいのに」

「ね。一般人にはわからない、こだわりあるんだろうね」


そうして移動しようとした時だった。


「おーい! アイラ!」

「ナナミ」


見れば、アイちゃんの彼氏のユーゴさんと白銀の多脚ロボットのグリードがこちらへとやってきた。


「ナナミ、アイラ、貴重な休日の時間を割いて来てくれてありがとう」

「グリちゃんがこのイベントの立役者って聞いたし、ユーゴも参加するって話だから」

「結構人来てるみたいで良かったね」

「広報が頑張ってくれたおかげだ」


そうグリードは言うが、イースターのイベントでグリード自身がSNSのトレンドになったことも大きいように思う。

うさ耳を付けたキメラな多脚ロボットが稼働する様は、不気味カワイイと評判だったのだ。

現に今だって、多くの人がグリードに視線を送り悪意のない笑顔でヒソヒソしている。

もしかしてもしかしたら? といった雰囲気だ。


「ね、グリード」

「何だ」

「前のイースターみたく、うさ耳つけたら? マスコットキャラ扱いされて、また話題になるかもよ」

「今日はイースターではないので、ウサギの耳をつける理由はない」


冗談で言ったら、思いっきり真面目に返された。

これだから、四角四面だの杓子定規だの言われちゃうのだ。


「あの、冗談だから」

「そうだったか。やはり冗談は難しい」


グリードが冗談を理解するのは、まだまだ先のことになりそうだ。


「でも、何かマスコットキャラがいたほうがいいかもね。エウダイモニアのゆるキャラみたいなの」


アイちゃんの言葉にユーゴさんは顎をなでた。


「だな。女子供の受け方が全然違う。ただでさえ一鍔のデザイン、一部を除いて基本的には独特で取っ付きにくいからな」

「そうだね。ただ、高級志向からは外れちゃうかもだけど」


私が言うと、ユーゴさんは眉をしかめて口を曲げた。


「それな。客の開拓は必要だけど、今いる顧客も大事にせにゃならんからなー」

「ブランドイメージって大切だからね」


私達が好き勝手言っているのを、グリードは黙って聞いているようだった。


「グリード」

「ああ、君たちの意見を聞いていた。普段は聞く機会がないから。このイベントは君たちのような顧客以外の人々の意見を聞く場にしたいとも思っている」

「積極的に機会を作らなきゃ、聞く機会もないからな」

「終わったあとにアンケートにもぜひ答えてほしい。特にナナミ、君の意見には期待している」

「プレッシャーかけないでよ」


私が苦笑すると、ユーゴさんがニヤリと笑った。


「ファースト・スター、試乗するんだって? しっかり乗りこなして、俺のスカウトを受けてくれよな」

「ユーゴさーん、何でも話をそちらに持って行かないでくださいよー」


私達三人は笑いあった。

そう、私が今日ここに来たのは、友達グリードのイベントの様子を見に来たこともあるけど、その友達からファースト・スターの試乗ができるから、ぜひ乗ってほしいという要望を受けたからだった。

背負っているバックに、ヘルメットが入っているのもそのためだ。

ホワイトデーの時に、一鍔さんの機体は高価で庶民には縁遠いね、なんて話をしたのをグリードは気にしていたのだった。

このイベントの話を聞いた時に、グリードはこう言っていた。


「産業用ロボットの王者、シリウスを否定する気は一切ない。だが君の心の片隅に、選択肢に、ファースト・スターも一緒に置いてほしい」


私はファースト・スターを見上げる。

ドームの光を浴びて、ピカピカに輝くその姿は神様の使いのようにすら見える。

シリウスとは比べものにならない良い機体なのは乗らずともわかるんだけど、でもなー、戦うロボットはお呼びじゃないんですよ。

しかし、食わず嫌いは良くないと思い、今日のイベントに参加することにしたのだ。


「ナナちゃーん、次行こ」

「はーい」


そうしてグリードの案内でロボットの展示を見て回った。

ファースト・スターの印象があまりに鮮烈なので忘れがちだが、一鍔さんはパワードスーツ以外のロボットも製造している。

特に大小様々な多脚ロボットのシリーズ、ゾイディオンシリーズは数多くの多脚ロボットが集っていることもあり目新しさがあった。

そもそもゾイディオンとは、とある国の古い言葉で『小さい動物』という意味があるらしい。

そのわりには、私の背丈をゆうに超える大型の多脚もいたりするわけだが。

と、オレンジ色のグリードが鎮座しているのを見つけた。


「あ、色違いのグリードだ」

「ホントだ。グリちゃんの兄弟?」

「兄弟というより子孫に当たる。トクソテスの新型だ」


外見は間違い探しレベルで違うようだが、中身のAIが相当賢くなっているらしい。


「トクソテスってどんな意味だ」

「十二星座を知っているだろうか。その射手座にあたる」


ユーゴさんの質問に応じるグリードだが、その言葉に私は思わず声を上げた。


「えっ?!」

「グリちゃんって射手座がモチーフだったの?!」

「最初はそうだった」


続いて声を上げるアイちゃんに、グリードは淡白に答えた。


「最初は?」

「ああ。製作していくうちに、デザイナーや技術者たちがその時流行っていたものや、好きなものを取り込み整形した結果、今の形となった」

「一鍔、自由だな、おい」

「でも、腕と四本足は残ってるよ。人馬の名残はあるよ」


呆れたように言うユーゴさんに、アイちゃんがフォローをするが、かなり苦しい。


「ていうか、この多脚ロボたち、十二星座をモチーフにしてたんだ?」

「そうだ」

「……そっかー」


名前だけ残って、面影全然ないのばっかじゃん。

牡羊座と獅子座なんて四脚なだけで、ボディはバリバリの立方体だし。

後乗せで外付けの装備がくっついて、いつものキメラなロボットになるんだろうけどさ。

私は内心呆れたが、ふと気付く。

グリードがドラヤキなら、この二星座はヨウカンかモナカになるのではなかろうか。

私はモナカの形をした四脚ロボ──牡羊座をモチーフにしたアリエースというらしい──を眺めながら、ますます和菓子デザイン疑惑を深めた。

一鍔さん、やっぱ変わってる。

それが、一通りロボットを見た感想だった。

昼ごはんを食べようと皆で屋台に向けて歩き出した時、私はロボットの展示エリアを見渡した。

あの機体は流石にないか。


「ナナミ、どうした」


立ち止まった私に気づいたグリードがやってきた。

私は何となく声を潜めてグリードに言う。


「うん、やっぱ置いてないんだなって」

「何をだ」

「ダーク・マター。あれも一鍔さんの代表機だよね」

「ああ。だが先の戦争以降、製造を親会社から止められている」

「親会社って、確か八剱ヤツルギグループだっけ」

「そうだ」


八剱グループとは、先の戦争の責任を取る形で現在は凍結されている元超大企業スーパーメジャーだ。

その命令が今も生きているらしい。


「あの機体は、先の戦争のためだけに生み出されたものだ。悪名高い上に今の時勢にはそぐわない機体でもある。だから今回の展示には出さなかった」

「そっかー」

「見たかったのか?」


私は何となく顔にかかった髪をいじった。


「……怖いもの見たさってやつ? データでしか見たことないからさ。ファースト・スターが正義の味方の機体なら、ダーク・マターは悪のラスボスが乗ってそうな機体ってのはよく聞く話で」

「悪のラスボスか」

「あ、ゴメン。その、悪気は」

「わかっている。謝る必要はない。実際にそのような評価を受けて当然の機体だ」


あの一鍔さんでも黒歴史扱いなのかな。

ダーク・マターとは、一鍔重機が先の戦争で生み出した大型パワードスーツのことだ。

ざっくり説明するなら、シリウスやファースト・スターが人とこの地上に寄り添った名機なら、ダーク・マターはそれらを徹底的に拒絶した悪魔の機体だった、らしい。

地上戦でも圧倒的な力を持っていたのに、飛行モードに可変して空中戦にも対応しているという。

訳がわからないと首を傾げていたら、それがロマンだと言った同僚がいた。

戦争にロマンを持ち込むのはどうなのか。

そしてロマンの機体は、この星の環境に甚大な被害をもたらしたのだ。


「見たいのか?」

「え?」


グリードの問いかけに、私は我に返った。


「ダーク・マター。ほとんどの機体は過去に廃棄したが、弊社の工場にまだ一機残っている。前に工場見学の話をしたな。まだ予定はついていないが、その時に見られるよう調整しよう」

「えっ?! ホントに?!」

「ああ」


おお! それは凄い!

戦うロボットに縁はないけど、さっきもいったとおり、怖いもの見たさがある。

貴重なロボットを身近で見られるのは貴重な体験だし、それに遠目のデータで見た姿は、禍々しい姿なのに、それでも美しいと思える魅力があった。

ひと目、実物で見てみたい。

そう思ったのだ。


「でも無理しないでね。のんびり待ってるからさ」

「ああ。さあ、アイラたちが待っている。行こう」


私達はアイちゃんたちの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る