第4話 お返ししてお返しされた

第4話 お返ししてお返しされた 前編

ホワイトデーだ。

これは特に宗教のイベントではないのだが、バレンタインデーにプレゼントをもらった人が、その相手にお返しにプレゼントを贈る日、だったらしい。

この街がそんなイベントを見逃すはずもなく、バレンタインほどの規模でないにしても、街は白や水色の光に染められ、リボンやハートが乱舞している。

しかし、明らかにバレンタインの時とはテンションが落ち着いていた。

この落差は何だろう。

宗教が絡むと、人は張り切るものなのだろうか。

バレンタインに関係のあった宗教はもちろん、この街にはいろんな宗教があると聞く。

けど、この世に生を受けて以来、私は宗教から縁遠い人生を送ってきたし、これからもそういう人生を送るのだろう。

というわけで宗教はよくわかっていない私だが、今日はバレンタインデーにチョコをくれた友達を、メンテナンスステーションに誘った。


「ナナミ」

「ん?」

「君は今、楽しいと思っているという認識で間違っていないだろうか」

「うん、間違っていないよ」


その友達とは、私の胸の下くらいの大きさで、二本のアームと、四本のレッグユニットのついた多脚ロボットだ。

そして、メンテナンスステーションとは、前時代でいう給油所のような所である。

車やロボットの燃料を補給できるのはもちろん、簡単なメンテナンスができたり、洗浄ができたりする施設が併設されている。

今日はその施設にお邪魔して、友人の多脚ロボットにバレンタインのお返しにコーティングをしてあげることにした。

目標はショールームに飾られるレベルだ。

腕によりをかけてピッカピカに、かつ小さな傷などもろともしない体にしてくれよう。

そうでないと、この友達のくれたお高ーいチョコのお返しにならない。

ついでに言えば、ロボットへのバレンタインお返しなどこれくらいしか思いつかない。


「参考までに、どういうところが楽しいか教えてもらえるだろうか」


そんな私の思いを知る由もないグリードは、更に問いかけてきた。


「そうだなあ。グリードがどんな風に作られているのか、身近に見れるのが楽しい」


すでに下地処理は終え、コーティング剤を伸ばしながら私は答える。


「これでもロボットパイロットの端くれだからさ、ロボに興味がないわけじゃないんだよ」

「確かに君の職場では、大型強化外骨格パワードスーツが必要だな」


大型パワードスーツとは、前時代の漫画やアニメで出てくる大型で人の形をしたロボットのことだ。

人の体サイズのパワードスーツももちろんあるが、大きな物を取り扱うことが多い私の職場では大型の機体になる。

私はそのパイロットで、パイロットの実務経験は一年ほどのペーペーだ。


「しかし、端くれという言い方には、君の認識に誤りがあるようだ。君はあのユーゴ・エルヴェシウスからスカウトを受けている」


う。

その名前を出されて、私は思わず手を止めた。

ユーゴ・エルヴェシウスとは、この街の軍事企業に勤める傭兵であり、私にとっては友人の彼氏だ。

つまりただの知人なんだけど、ユーゴさんは私の操縦技術に目をつけ、傭兵にならないかと会うたびにスカウトしてくる。

私にとってはありがた迷惑な話なのだが。


「彼はこの街でも指折りの傭兵であり、君は彼の眼鏡にかなった人材だ。謙虚は美徳だが、度が過ぎるのは相手を貶める」

「や、そんなつもりはなくって」

「わかっている。君は人を貶めるような性質を持っていない。私が言いたいのは、君はもう少し自信を持つことを推奨する、ということだ」


相変わらずまわりくどい言い方だ。

私は言い訳をすることにした。


「自信がないわけじゃないんだよ」

「では何故そのような言い方をする?」

「去年と比べたら腕が上がったことは認めるよ。でも私、まだ実務経験一年のパイロットだもん。十年もやっているようなベテランと比べたら全然まだまだだし。それに」

「それに?」

「……ぶっちゃけ傭兵という仕事に興味ないんだよ。だから褒められてスカウトされても、何か違うって感じるの。毎度スカウトしてくれるユーゴさんには悪いけどさ」


ゴメン、グリード。

この話題は、私にとっては地雷に近いものなのだ。

だからこれ以上は話したくない。


「そうか。見当違いなことを言って済まなかった」

「謝る必要はないよ。私も言葉を気をつけるね」


話題が終わって心からホッとしたが、罪悪感は胸に残る。

私は意識して手を動かした。

作業しても罪悪感が消えるわけでもないけど、引きずりたくもなかった。

集中してドラヤキ型──厳密には違うけど近しいものがこれしか思いつかない──の頭部にコーティング剤を塗り込み定着させる。

その後は拭き取って、自然乾燥させれば完成だ。

努力の甲斐があって頭部はツヤツヤのテリテリになった。

思わず笑顔になる。

先程の話題で曇りがちだった自分の気持ちも晴れやかになったような気がした。


「ナナミ、少し作業をしていいか」

「作業?」

「雑務だ。頭部を少し使う」

「いいよ。ちょうど終わったし、次は脚を触るね」

「わかった」


言うやいなや、頭部が少し上を向きシャッターが上がって複眼が現れた。

その視線上に電子書類がいくつも浮かび上がる。


「仕事?」

「至急の要件らしい。今日は休みだと伝えたはずなのだが」

「……重役さんは大変ですね」

「私の仕事の半分はどこでもできるからな。いつでも気楽に振ってくる」


何か愚痴っぽいが、そこはAI、ただの事実を述べただけだろう。

この多脚ロボットのグリード氏、実は一鍔ヒトツバ重機の重役なのだ。

一鍔重機といえばこの街のロボット製造業の大企業メジャーで、極めて先鋭的で独特なデザインのロボットを作ることで有名だ。

グリードの姿を見れば、ロボットにある程度慣れ親しんでいる人なら察することができると思う。

さすがにその重役とまでは見抜けないだろうが。

そんな凄いロボットに告白され、知らなかったとはいえ気楽に友達から始めよ! とか言っちゃって、グリードも了承して今に至るわけだけど。

本当に世の中何が起こるかわからない。

作業を続けよう。

私は脚部にコーティング剤を塗りこみ始めた。

頭部に負けじとテカテカにしてやる。

覚悟しろよ、なーんて。

集中してやること一時間半ほど、脚部とコンテナ、最後にアームを仕上げた。


「よっしっ!」


私はグリードから少し離れると、凝り固まった肩や背中をほぐしながらグリードを見つめる。

見よ! この透明感のある輝き! このツヤとテリはドラヤキ以上だ!

ドームの天井から降り注ぐ光に照らされ、その姿はやっぱりちょっと不気味だけど、いつもよりカッコよく見えた。

……うん、色眼鏡がかかっていることは理解している。


「終わったか?」


頭部を動かしてこちらを見るグリードに、私は頷く。


「後は乾燥させればOKだよ」

「そうか。随分と集中していたようだ」

「うん。そっちは仕事は終わった?」

「だいぶ前に終わった」


話を続けようとして、背に視線を感じた。

振り向き、一瞬誰かと怪訝に思ったが、よくよく顔を見れば、それは眼鏡をかけたおじさんだった。

見知ったその姿に思わず立ち上がる。


「珍しい多脚がいると思ったら、見慣れた顔もいるな」

「デネットさん」


勤め先の整備士長だった。

私にとっては社長と同じか、それ以上に頭の上がらない存在だ。

私が挨拶をすると、デネットさんは立ち止まり、眼鏡を持ち上げグリードを眺めた。


「これが話にあった多脚ロボットの友達か。複眼と独特なキメラデザイン、一鍔か」

「はい。グリードって言います。グリード、この人はデネットさん。勤め先のロボットの整備士長だよ」

「グリードです。ナナミがいつもお世話になっています」


そう言ってグリードはデネットさんに複眼を向けた。

圧などどこ吹く風、デネットさんは相好を崩す。


「ソール・デネットだ」

「ミスター・デネット、今後もナナミへのご支援を頂きたくよろしくお願いします」

「できることはやらせてもらうよ」


一人と一機は握手した。


「随分と渋い友達だな。もっと若ぇAIかと思ってた」

「私は長いこと引きこもっておりまして、経験だけで言うなら貴方よりも若輩者です」

「堅ぇな。敬語は使わんでいいぞ」

「承知した」

「やっぱ堅ぇな」


苦笑するデネットさんに、私は口を挟んだ。


「AIですから」

「それ理由にならんぞ。最近のAIの表現力はもっと豊かだろうが。いや、さっき引きこもりって言ってたか。そうか、知識はともかく表現力の学習は疎かになっていたってことか」

「ご慧眼、恐れ入る」


やっぱり堅いグリードの物言いに、私達は吹き出した。


「なるほど。人の若ぇモンに付き合って表現力を学習するってぇのは悪くねえ。しっかり食らいついてモリモリ学習してくんな」

「そのつもりでいる。今度お会いする機会があれば、その時はもう少しくだけた会話を楽しめるはずだ」

「そうかい。程々に頑張れよ」


グリードの四角四面の物言いに、デネットさんは苦笑した。

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