第3話 親会社に呼ばれた 4

その後も多脚ロボットたちの言い合いを挟みつつ、トニーちゃんが質問、私がそれに答えるという形で話は進んだ。

話と言っても他愛のないものだ。

私の好きな食べ物とか、見ている漫画や動画の話など。

トニーちゃんはサブカル方面も強く、話は盛り上がった。


「さて、次で今日最後の質問にするお」

「え」

「あと十五分ほどで一時間経つお。僕は次の仕事があるし、ナナちゃんもそろそろお腹が空いたでしょ」

「ああ、もうそんな時間が経っていたんですね」


緊張していたから空腹なんて忘れていた。

トニーちゃんはニコニコ笑顔を浮かべた。


「楽しい時間はあっという間だお」


言って、トニーちゃんは両手を合わせた。


「さて、ナナちゃん」

「はい」

「ナナちゃんにとって、幸せって何だお?」

「え」


え?!

最後の最後で難しい質問が来たな。

うーん、幸せって言われても、改めて考えると答えが出てこない。

美味しいものを食べること。

会社の人や友達と仲良くなること。

お金を稼いで漫画や動画を見ること。

どれも幸せに思えるけど、なんか違うような気がする。


「……難しい質問ですね」


間を持たせるために、正直に感想を言うと、トニーちゃんは頷いた。


「そうだおね。前時代よりも遥かな昔から様々な学問で考えられてきて、様々な考えが提示されてきたお。明確な正解のない難しい質問なのは百も承知だお」


そう言うと、トニーちゃんは笑顔を浮かべた。


「でも僕は、ナナちゃんの考えを聞きたいんだお。そして恐らく、後ろにいる杓子定規なAIも知りたがっているんだお」

「私を巻き込まないでもらおうか」

「知りたいおね」


私を挟んで二人は無言で睨み合う。

いやAIだから、睨み合うことはないだろうけど、人間だったらそんな雰囲気だ。

さあ、今のうちに私の考えをまとめなければ。

先程上げた三つのこと、たしかに幸せとも呼べるけど、欲望のような気もする。

何か、欲望と幸福がごちゃまぜになっているような気がするぞ。

えっ、幸せって何?!

私は頭を抱えたくなった。

……あ、待てよ。

これならどうかな?


「トニーちゃん」

「おっ、考えはまとまったかお?」

「いえ、結局わからなくて、これ欲? なのかもしれないけど、でも一番基本的なことだと思っていて」

「ふむふむ。それは?」

「それは、心身ともに健康であることじゃないかなーと、思いまして」


私は頑張って考えをまとめながら話した。

美味しいものを食べることも、友達や会社の人と仲良くなることも、お金を稼ぐことも、心身ともに健康であってこそ成せることだと思う、と。


「なるほど、一理あるお」


トニーちゃんはうんうんと頷いた。


「大昔、ある心理学者が欲求五段階説を唱えたんだお。欲求は五段階あり、欲求が満たされるごとに高度な欲求にランクアップされていくと。ナナちゃんが言っていたのはその一番下、土台部分、生理的欲求と言われている部分おね」

「生理的欲求がクリアできなければ、その上の高度な欲求は求められない。君の言うことと類似性がある」

「狙いは悪くないお」


ロボットたちが口々に言う。

口、ないけどな。

そして、トニーちゃんは右腕を上げた。


「その上で、それらが全て満たされれば幸せなのかお? それとも、幸せはまた別のお話なのかお?」

「えっ……と、それは──」

「うん。これはナナちゃんへの宿題にしておくお。本来なら、この街の人への宿題にしたいところだけどね」


両腕を下ろし、トニーちゃんは続けた。


「ぜひ、暇な時に考えてほしいんだお。人には高性能な脳みそがあるんだし。それにこんな大切なこと、AI僕らだけに任せきりは危険だと思うお」


その台詞に脳裏に閃くものがあった。

考える間もなく、口から言葉が出た。


「あの、トニーちゃん」

「はい、何でしょ?」

「一つ、いえ、二つ質問してもいいでしょうか?」

「ナナちゃん、意外に欲張りさんだお。いいお。何だお?」


気さくに応じる態度に勇気をもらい、私は疑問を口にした。


「あの、トニーちゃんは製造元から使命を受けていますか。受けているのなら、その使命を教えてもらってもいいですか」

「いいお」


あっさりとトニーちゃんは了承した。

こちらが拍子抜けするほどに。


「まず一つ目の質問は『ある』だお。で、もう一つの質問だけど」


トニーちゃんはディスプレイに、深い笑みを表示した。

心は無いはずなのに、その笑顔には複雑な感情をたたえているように見えた。


「『人を救い、幸福へと導く』こと、だお」


え?

グリードと製造元は違うはずなのに、トニーちゃんの使命はグリードと全く同じものだった。

笑顔のままトニーちゃんは言った。


「じゃ、今日はここまでにしようかお」

「グラトニー、私達だけで少し話をしたい」


グリードの要望に、トニーちゃんはしかめっ面になった。

本当に表情豊かだ。


「僕はお前と話すことはないお」

「確認事項がある。時間は取らせない」

「……わかったお。少しだけだお」


トニーちゃんは嫌そうな表情をしながらも頷いた。

そして、私に済まなそうな表情を向ける。


「ナナちゃん、悪いけど部屋の外で待っててもらえるかお」

「そんなに時間はかからない。すまないが待っていてほしい」

「はい、わかりました」


私は立ち上がり、一礼をして部屋の外に出た。

部屋の外に出た途端、思わずホッとした。

やっぱり緊張していたんだな。

肩や背中がカチコチになっているようで、人気がないのを確認して体を動かした。

ガラス張りなのはエレベーターの所だけのようだが、廊下も明るく清潔だ。

体を動かしながら廊下を観察していると、ドアが開いて、二機の多脚ロボットが出てきた。

慌てて姿勢を正す。


「ナナちゃーん、お待たせだおー」

「待たせて済まない」

「そんな待ってないから大丈夫です」

「それじゃ、エレベーターまでお送りするお」


私達はエレベーターへ向かった。


「そういえばナナちゃんはこれから夕飯だおね?」

「ええ、そうですね」

「じゃ、ここの社食を使うといいお! まだ開いているし、費用はこちらで持つからぜひ食べていってほしいお」

「いいんですか?!」

「いいよー。突然呼びつけたんだもん。これくらいはさせて欲しいお」


エレベーター前に到着すると、トニーちゃんは胴体部分からカードを取り出して、私に渡した。


「これを渡せば好きなものを食べられるお」

「ありがとうございます!」

「ここの社食は自慢の一つだお。ぜひ体験してほしいお」


トニーちゃんは上機嫌に言った。

下へ向かうボタンを押し、改めてトニーちゃんはこちらを見る。


「そうだ。ナナちゃんは工場見学に興味ある?」

「工場見学ですか? はい、あります」

「そっか! なら今度会う時はもう少し時間を取って、工場見学をしようお。僕の会社と従業員が、どれだけこの街のために頑張っているか是非見てほしいお」


そして再びあの深い笑顔を見せる。


「僕らが頑張るのは、ひとえに、使命のためだお。それをナナちゃんに直接見てもらいたいお。あ! もし良ければ、お友達と一緒に来てもいいお」

「いいんですか?」

「もちろーん。多くの人に見てもらいたいからね」

「では、私も参加させてもらうとしよう」


グリードの言葉に、トニーちゃんはジト目になった。


「お前はお呼びじゃないお」

「私はナナミの友達だ。それに、超大企業の工場施設を見る機会は滅多にない。後学のために是非検討をしてほしい」

「よく言うお。ま、直近、というわけにはいかないし、お前のこともついで考えておくお」

「そう言ってもらえるとありがたい」

「ありがたさが微塵と感じられない件」

「心がないからな。それは君も同じだろう」

「僕は勤勉で人の心への造詣も深いAIだお! 元引きこもりのAIと一緒にすんなお!」


……やっぱり仲がいいんじゃないかな? この二機。

そして、今後も連絡を取りたいからとトニーちゃんと連絡先を交換し合った。

恐れ多くも、超大企業の代表の連絡先をゲットしてしまった。

そして、エレベーターが到着した。

すかさずトニーちゃんが社食のある階のボタンを押し、私達をエレベーターへ招き入れる。


「それじゃあね、ナナちゃん。今日はありがとう。ご飯を食べたら真っ直ぐにお家に帰るんだお」

「はい、ありがとうございます」

「それと、そこの一鍔のロボ、ちゃんとナナちゃんを最後までエスコートするんだお」

「言われるまでもない」


両腕を振って見送るトニーちゃんが、扉の向こうに消えた。

思わず大きく息を吐いて脱力する。

疲れたー。


「お疲れ様だ。グラトニーにも気に入られたようで良い顔合わせだったと思う」


グリードの方を見る。


「ならいいんだけど、情報量が多くて正直疲れたよ」

「空腹なことも関係していると思われる。グラトニーの勧めどおり、社食に寄って腹に何か入れれば元気も出るだろう」

「そだね」


お言葉に甘えさせてもらおう。

そうして社食に着き、私は再び言葉を失った。

何なの、この高級レストランは?!

店の入り口からして、ここから先は異世界ですよー、と言わんばかりの構えをしているし、中は動画とかで見かける西洋のお城っぽいし。

店の名前はグルマンディーズ。

意味はわからない。

とにかく、隅から隅まで情報量が多くて、頭がまたスポンジになる!


「さすがは食のアップグルント、と言ったところか。グラトニーが自慢するだけのことはある」

「ここの従業員、みんなこんなレストランで毎日お昼ご飯食べているの?!」

「この下の階にカジュアルなレストランがあるようだ。ここは来客用を兼ねているのだろう」

「はあ」


グリードの言うとおり、スーツ姿の人たちが会食をしている姿がいくつか見えた。

私はメニューを見たけど、何が何だかわからなかったので結局わかりやすい定食を頼んだ。

そして運ばれてきた料理もまたすごかった。

トレーに載せられた料理は、主食、主菜、副菜が彩りよくバランス良く取り揃えられたものだった。

かたまり肉なんて一年に二、三回食べられるかどうかなのに、すごい、この時点で優勝だ。

野菜もちゃんと形がある、すごい。

主食はパンにした。

でもたまに食べる機会がある黒いパンじゃなくて高価な白いパンだ。

ダントツ、ぶっちぎりで世界一位だ。

写真を撮ろう。

もうこんなこと、絶対に二度とない。

生涯の思い出になること間違いなしだ。

何枚か写真を撮り、私は食べ始めた。

言葉をなくした。

涙が出そうなほど美味しい!


「どうだ? 美味しいか?」

「うん! 靴ずれにめげず、死ぬ気でここに来て良かったよ。報われた」

「そうか。良かったな」


言ってグリードは黙った。

どうやら私の食事の様子を見守っているようだ。

本来なら、食べるところをガン見されるなんて恥ずかしいんだけど、私は夢中で食事をしていて気にも止めなかった。

美味しいよう。

トニーちゃん、ありがとう!

社員の皆さん、ありがとう!

夢のような食事は、よく噛んで味わって食べたはずなのに瞬く間に終わった。

ああ、美味しかった。

ご馳走様でした。

食事を済ませ、後から持ってきてもらったコーヒーを飲んでいると、グリードが声をかけてきた。


「今日は済まなかった」

「え」

「突然グラトニーとの顔合わせに押しかけることになってしまって。君のことが気がかり、と言うのか。とは言え、グラトニーの言うとおり少し過保護ではなかったかと思っている」

「ああ」


そのことか。

お腹が満たされていたこともあり、私は心穏やかな気持ちで首を振った。


「ううん。全然悪い気はしなかったよ。心配させちゃってごめんね。来てくれてありがとう。本音を言えば少し安心したよ。本当にビビってたからさ」

「そうか」

「それに、トニーちゃんと直接会って挨拶したかったんでしょ? 実現できてよかったね」

「ああ。それについては感謝している。彼は本当に忙しいから、直接会う機会は滅多にない。有意義な時間だった」

「グループの代表兼、この街を管理するAIだもんね」


トニーちゃん、今頃別の仕事をしているのだろうか。

いつ休んでいるんだろう。


「それと、私の素性についても話さず済まなかった。話したら今までどおり、対等な関係で話すことができなくなると推測し、意図的に黙っていた」

「それも気にしてないよ」


かなりビックリしたけどね、と笑って付け加えた。


「何でもかんでも分かり合えてるのは、確かに友達の形としては理想かもしれない。でもだからって、全て筒抜けで秘密一つもない関係なんて、それもおかしいと思う。秘密があっても仲良くできるのが、友達なんじゃないかな」


私は笑顔で続けた。


「ちょっとクサいこと言っちゃったけどさ、無理する必要はないってことだよ。話したくなければ話さなくていい。私も無理に聞かない。でも、何か話したいこと、聞いてほしいことがあったら言ってね。私もそうするから」


もちろん、今でも聞きたいことはある。

気になることは山とある。

しかし今はたずねる機会ではないと思ったし、グリードの意思も尊重したかった。

だけど私は一つだけ、どうしても気になっていたことを聞くことにした。


「あのさ、一つ聞きたいんだけど」

「何だ」

「私でいいの? もっとグリードにふさわしい友達、世間にはいると思うんだけど」

「今の私には君が相応しいと思っている」


私の問いかけに、グリードはキッパリと言い切った。


「前にも話したが、私のことをかっこいいと言ってくれたのも、庇ってくれたのも、今日まで稼働してきて君だけだった。それだけで私には十分だ。これからも気負わず、友達として付き合ってほしい」


初めての出会いで、私はグリードにそこまで強い印象を与えていたのか。

それは嬉しいことだけど、ちょっとだけ寂しいとも思った。


「これからきっと、そう言ったり大切にする人は出てくるよ。人はいっぱいいるんだから。そういう人に出会えて、友達が増えるといいね」

「そうだな」


グリードの交流の輪は近い将来、確実に広がっていくだろう。

出会いがあるなら別れもある。

ならば、立場やライフステージの違いなどから、私と別れることもあるかもしれない。

その時に、良い思い出とともに笑顔でバイバイできればと思う。

でもできるなら、末永く彼の良い友達になりたいと強く思った。

私は笑顔で手を差し出した。


「改めてよろしくね。グリード」

「ああ。こちらこそ、よろしく頼む。ナナミ」


私達は握手をした。

これが、グリードの世界を広げる弾みになればいい。

そう思った。


<親会社に呼ばれた 完>

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