異世界ポエム詠唱 ~詠唱師と世界を救う~

マキノ紅葉

1章

第1話 ポエムノートと異世界へ

 暗い部屋の中、黒江舞人クロエマイトは机に向かい、スタンドライトの明かりの中でポエムを書く。 


 中学生2年生の時に不登校になり、それから2度と学校へ行けなくなった。


 そのまま引きこもり、月日は流れニートになる。

 その間、毎日ずっと部屋に籠っていた。

 現在19歳。

 首まで伸びた髪、痩せた身体、女子みたいな顔。

 昔から女みたいだと、散々からかわれて来た。


 外見だけでなく、内面も男らしさの欠片もない。

 何を言われても、何も出来ない弱虫のまま。


 この先、歳を取っても何も変わらない。

 変われないと分かっていた。


 10代から20代、30代、40代になっても成長など無い。

 と言っても、そこまで生きているとは思えない。

 

 その早い段階で、自分の人生は終わるだろうと、他人事のように思っていた。 


 自分に未来なんてない。

 何もない今が続くだけ。

 現実からの逃亡生活を送るだけ。


 そんな虚無にささやかに抗う様に、紙にシャープペンシルで文字を書く。

 

 なんの意味もない文字の塊。

 

 詩なんて高尚で、格好良いものではない。

 文章という程きちんとしてないし、長くもない。

 

 自分本位の文字の羅列。


 このポエムを書いている時だけが唯一、自分が生きていると想える時間だった。

 

 現実では何もできない、臆病で弱い自分が、そのままの自分を出せる手段。  

 どこにも行き場がない感情を、形に出来る場所がノートの紙の上だった。


  ポエムの終わりに自分の名前を書き添えるのも、自分を表現したい証。

 安いノートの中でしか、生きられない証。


 それでも、ポエムを書いている時は、生きたいと、自分でありたいと願っている証でもあった。 


 それが無意味な事と分かっていても、右手で文字を綴る。


 中学生の頃から現在まで続いている、舞人の生きがいとなっていた。




 深夜0時を回った頃だった。


 いつも昼間に寝て、夜中に起きている生活をしている舞人にとっては、昼間の12時の感覚だった。


 夜の闇にひっそりと灯る、蛍の様な机の上でポエムを書いている最中、違和感を覚える。


 明るい……?

 明らかにスタンドライトとは別の光源に気づく。


「手が光ってる?」

 最初は目の錯覚かと思ったが、手どころか身体中が光っていた。


 暗い部屋に、突如強い光が立ち込める。

 その出処は間違いなく部屋の主、舞人自身だった。

 

 突然の出来事に驚き、状況を把握しようと試みるが、眩しくて頭が回らない。


 目を開けていられない程の光の中で、無意識に左手でポエムを右手でャープペンシルを掴んでいた。


 混乱する思考回路で、いつの間にか寝てしまっていてこれは夢なのかもしれないと考える。


 真っ白な視界と浮遊感が襲い、非現実的な感覚に包まれていった。



 

 気が付くと真っ白の部屋に居た。


 床も壁も天井も、全て白く艶やかな石で出来ている様な場所だ。

 広さは10帖ほどだろうか。

 その白い床に尻もちをついて舞人は座っていた。


 その舞人の目の前に、椅子に座った老婆がいる。

 100歳以上だと言われても違和感がないくらいの風貌。


 部屋と同じく真っ白で長い髪、長寿を物語る皺が色濃い顔、黒い衣服は金の刺繍や装飾が施されていて気品高い印象を受けた。


 そのおばあさんは舞人をじっと見つめていた。

 舞人はまだ事態が把握できずにいた。


 何が起きたのか。

 ここはどこなのか。

 呆然としていた。


 すると、左手に持っていたポエムノートがひとりでに動き、宙に浮いておばあさんの方へと飛んで行った。


 おばあさんは手元に来たノートを開いて読み始めた。


 そこで我に返った。

 これはなんだ? 

 あの人は誰だ? 

 ノートが宙に浮いたのはどんな現象だ? 

 なぜポエムを読んでいる?


 わからない事だらけの中、放心気味に声をかける。


「あの……あなたは誰ですか? ここはどこですか?」

 沈黙が返ってくる。


 ノートのページをめくり、ポエムを読むのに集中しているようだ。

 ポエムを他人に読まれるのは、非常に落ち着かない。


 そもそも、自分以外が読むことを想定していない。

 それを堂々と目の前で読まれると、言いようのない羞恥心が襲ってくる。


「あのっ!」

 強めの声を出す。

 今度は聞こえたようだ。

 

 ノートから目を離し、舞人に視線を移す。

「黒江舞人……お主はマイトという名か……」

 しわがれた声でそういうと、皺が濃い手でポエムノートを閉じた。



 その瞬間、白い部屋が突然、一面の青空と自然の風景に変わる。

「うわっ!」

 マイトは思わず声を上げる。

 いきなり空中に、投げたされたのかと思った。


 しかし、ちゃんと床はある。

 お婆さんも椅子に座ったままだ。


 どうやら白い空間に映し出されてる、映像の中にいる様だった。


 360度景色が見える。

 視覚的には、空に浮いているみたいだ。

 鮮やかな大自然が、視界いっぱいに広がる。


 青い空に白い雲、地上には一面の森と川、山と草原、田園風景が広がる田んぼや麦畑、その近くに小さな村があり、人がいる。


 しかし家の作りや建物の様式から、ここが日本ではないのが分かった。

 いや、それどころか地球ですらないのではと疑う。


 空に、あり得ないほど大きな鳥が飛んでいる。

 地上にも、見たことがない獣の群れが走っていた。


 なんだここは? 

 夢の中の世界か? 

 そもそも、この空間はなんだろう? 

 この映像は作り物か?


 次から次へと疑問が浮かぶ。


 マイトは依然混乱が収まらない中、唯一の手掛かりになるであろう存在である、おばあさんに目を向ける。


 それに応える様に、おばあさんは語り出す。


「今見ているこの場所は、ラプソディアという世界。私はこのラプソディアの神、イーリアスという者だ。この部屋から世界を見守っている」


 聞いたことがない名前の世界。

 その神……? 

 このおばあさんは神様? 


「現在、この世界は危機に瀕している。私にもどうにもできない状態だ。故に別の世界に助けを求めた。その結果マイト、お前を召喚出来た」

 神様は大真面目な表情と声で言った。 


「この世界を救って欲しい」 

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