第5話「物証、状況証拠、動機?」
手がかりはたった4枚のフロッピーディスクとグレーの封筒。それをくれた天間先輩は今、北米アトランタ行きフライトの乗り継ぎでシカゴ空港にいて連絡がとれない。
正直、お手上げだ。
小一時間、頭が真っ白になったが、仕事柄トラブルからの脱出方法は心得ていた。
こういう時はあれこれ考えても無駄だ。闇雲でも良いから思いつくことをやってみるに限る。
上手くいかなくても焦る必要などない。今の僕には出来ないのだから、お手上げなのは当たり前なのだ。いま持ちあわせている知恵を絞り、手足を動かして「この場処」から離れればいい。
アイデアが尽きて出来ることが尽きたら、気前よく投げ出して日常のやるべきことをやるのだ。そうすれば狭くなった視野が拡がり、頭もリフレッシュしてそれまで目に入らなかった事実に気づくようになる。違った切り口のアイデアも浮かんでくる。思い立っては気づいた事を書き留めながら、試したくなったらやってみる。
それを何度か繰り返していると、「自分」が変わり、いる「場処」が変わり、しばらくすると突破の糸口が降ってくるのだ。
「お手上げ」の仕事をこなしていく中で、僕はその事を知っていた。
その日僕は、予定の仕事をこなしながら気になることを思いついては書き出し、考えが尽きては仕事をした。焦る気持ちを抑えてそれを何回か繰り返すと、終業のチャイムがなる頃にふと昔みた刑事ドラマが頭をよぎった。
ベテラン刑事が配属された新米刑事に説教するお決まりのシーンだ。
捜査の基本は、
『物証、状況証拠、動機』?
『捜査は足を使え』だっけ?
刑事ドラマの見よう見マネから始めるってのはどうだろう。
もともとこっちは犯人探しなんて初めてだし、刑事ドラマの捜査を真似て、とにかく動いてみるしかないんじゃないか?
迷ったら考えるより動いてみる。
自分がそういう性分だったことを思い出した。
「それしかない」が降ってきた。
「えーと、まず物証は、フロッピーディスクと封筒だな。」
フロッピーから指紋はとれないか?
(これは鑑識のおやっさんの仕事か)
封筒の筆跡鑑定はセオリーだったな。
(科捜研のやす子に頼めないかな?)
封筒の宛名票の裏側に何か書いてないか?
(これは名探偵コ◯ンの◯五郎が気づくところか?)
ディスクのデータから引き出せる情報は何がある?
メールサーバーのログをとれないか?
封筒の搬送ルートを逆のぼれないかな・・・、○◇△に聞いて、あとは・・・。
夜9時。サーバー室での仕事を終えた僕は、設計事務所の自席のPCに向かって、ピックアップした「物証」「状況」「動機」をどうやって集めるか思案していた。
なっちゃんは、あのあとすぐに体調不良と言うことで早退していた。かなりショックを受けていたので、さすがの元気女子も明日は来ないかもしれない。
そんな事を考えながらの捜査は一向に進展していなかったが焦りはなかった。不思議なもので刑事ドラマを真似るしかないと腹をくくった時から、僕の傍らには頼もしいベテラン刑事の「チョーさん」が居てくれるような気がしていた。
「何とかなる」
チョーさんに励まされてか、根拠のない自信はあるものの、独りで出来ることには限りがあった。
この半日に書き出したアイディアを並べて見ても犯人にたどり着けるとは到底思えなかった。
「やっぱりこんなもんか。
捜査なんてやったことないしな。
すんません、チョーさん」
と、妄想でおちゃらけてみたが、不思議と諦める気はなかった。それは、なっちゃんへの同情心でもなく、まして捜査ゴッコに興じていたわけでもなかった。
サーバー室で見た彼女の涙が、僕の中にあるボンヤリとした記憶を呼び覚まそうとしている気がしていた。
それは多分ずっと昔の記憶。どんな出来事だったのか、そこに誰が関わっていたのかは思い出せなかったが、たしかにそこに何かがあるのがわかった。僕をここに導いた苦くて大切な記憶。諦めなければ、それを思い出せるような気がしていた。
こうして僕は、「その時の僕」にできる事を全てやり尽くし、「その場処」を離れる準備は整った。
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