探偵はコンサルタント

soboroharumaki

第1話「忘れていた事件簿」

中年男 「ぐっ、ぐぬぬぅ、おおおォォォォ!! あっ、やばぃ、、」

美女 「え? ええぇ?!」

中年男 「あ、、、や、やっぱり無理だ!

ギ、ギブ!ギブ!!ぎぶぅー!」

美女 「ええ!? もうギブアップですか?! もうちょっと頑張ってくれないと!もとがとれないですけど!!」

中年男「うーん・・・。もう、ムリ」

美女「もおーー!!! (はぁ~)」


 コロナ禍に通販で再流行した筋トレマシンの上で、中年男は大げさに白目を剥いて気絶のフリをした。

 隣で見ていたスーツ姿の美女は腕組みをして、もう一度大きく溜め息をついた。

 

 昼下がりのオフィス。いや、オフィスと言うより事務所と呼ぶのがふさわしい、駅前商店街の片隅にある小さな事務所。

 ここはTNB経営コンサルタント㈱の事務所兼応接室だ。

 経営コンサルタントと言えば、企業のドクターとして聞こえは良いが、仕事の実態は企業の中で起きる厄介ごとの調査が大半だ。

 令和X年、この国は永く続いたデフレと急激な円安で疲弊していた。先進諸国に先駆けて迎えた超高齢社会は、これから世界が取り組む課題の宝庫として注目を集めた。しかし現実は次々と起こる多様な社会問題によって、この国は出口の見えない迷路に迷い込んでいた。

 こうした複雑で変化の早い時代、経営コンサルタントは企業や行政機関など様々な組織の健康状態を調査し、企業病理の診断と処方薬として利用されている。


 近年のクランケ患者の主流はベテラン世代が起こすハラスメントやコンプライアンス問題が中心だ。中には管理職が病巣となって職場環境が悪化、人材リソースの荒廃の末に取引先との信用問題や業績不振に陥るケースも少くなかった。

 今、少子高齢化が進むこの国では、若く優秀な人材の確保は企業活動の生命線だ。人材の成長と活躍の場を担う健全な職場環境の保全は、企業の浮き沈みを分ける重要な経営要素となっている。

 TNBコンサルタント㈱はこうした企業組織の病巣を最新のデジタル技術と潜入捜査を駆使して見つけ出す手法で業界に名が通っていた。

 

 冒頭のやりとりは、社長の山田 信(やまだ しのぶ)と、秘書の冴木・E・光(さえき・エリアス・あきら)のお決まりのやりとりだ。

 山田は浅黒い肌に不精ひげ。髪は銀髪に近い白髪で切れ長の瞳、シャープな輪郭。一見ガテン系の職人を思わせる粗雑さと頓着ない身なりは、おおよそ企業経営の頭脳を担うコンサルタントには見えない。

 一方、光は日独ハーフでモデル並の風貌に、日英独中印5か国語を操り会計から訴訟対応までこなす特Aクラスのアナリストだ。

 ハーバードを飛び級で卒業したキャリアを気にもとめず山田の秘書に興じている。

 黒と銀の斑模様のロングヘアをまとめた髪型は、異才を放つ彼女のトレードマークだ。

 有能な彼女がなぜこんな場末のコンサルで秘書をしているのか、本人はガサツさと些事を嫌う山田を鍛えるためだと鼻息を荒くしているが、本当のところは誰も知らない。


 冒頭の筋トレマシンのやりとりは、コロナ禍の運動不足でポッコリ出た山田の下っ腹を心配した光が、今日まで理由をつけては逃げ回ってきた山田を捕まえて絞っている一幕だ。


「き、さ、冴木、君! おい!あきら!!

 こ、珈琲にしよう! 珈琲ブレイク!

 飲んだら頑張るからさ? な?」

「もー。そうやっていつも逃げるんだからーー。しょうがないなぁ。

 社長、実はさっき、美味しいお茶請けを買ってきちゃったんですよねー♪

 いま淹れるんで、ちょっと待っててくださいね♪♪」

「おお!さすが!天才秘書!冴木さま!光さま!!」

 

 口八丁手八丁、くたびれたロートルコンサルタントはため息をついて、筋トレマシンに大の字になって寝転ろぶと天井をぼんやりと眺めた。

 部屋の奥から光が淹れる珈琲の薫りが部屋を満たした。


「そう言えば社長、坂上のU社から案件来てるんですけど、どうします?

 社長、昔あそこに務めてたんですよね?」

光はそう言うと、山田のカップに珈琲を注いだ。

「・・・。」

 黙って珈琲を飲もうとする山田に、光は構わず続ける。

「まあ、この仕事じゃ、知り合いが多いと逆にやり難いってこともありますもんね。昔の仲間がクランケ(患者)だったりしたら、ね。」

「俺は・・・、まあ、そうだなぁ。」

 生返事をしながら珈琲を啜るすする。光の煎れた珈琲は相変わらず美味い。こいつに苦手な事ってあるんだろうか。と、明後日のことを気兼ねなく考えられるのも、彼女の秘書能力のひとつだ。

 「社長、久しぶりに行ってみたらどうです?

 あそこ、立派な体育館ありますよね?

 一度入って見たかったんですよぉ。

 実業団スポーツの上位常連ですよねっ。

 私、筋肉男子マッチョ好きなんですよねぇ。

 連れてって下さいよー。

 聞いてます?」


 矢継ぎ早に捲したてる光を放ったらかし、山田がまだ若くエンジニアだった時のことを思い出していた。 

 「・・・。そうか。

  そんな事もあったっけな。」


 筋トレマシンと珈琲の薫りが、長く忘れていた「ある事件」を山田に思い出させていた。

 それは山田がこの会社を立ち上げるキッカケとなった事件だった。

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