第8話 黄泉井蛙

一番星が見え始めた逢魔が時。私は気づくと駆け出していた。「はぁはぁ」と粗い息遣いと走る音が耳を通り抜ける。太陽が山の稜線に隠れるころ私はほぼ歩いているだろう速度で走っていた。辺りは暗く私のもっていたスマホが唯一の光源だった。周りには脱線した電車や潰れた車などが散らかっている。スマホの充電を見ると残り7%と表示されていた。ライトを消し、空を見た。今までで一番美しい景色が私を見下ろしていた。今日って七夕だったっけと言いながら星々を眺めていた。視界がぼやけて頬に冷たい感触が触れた。「泣いているんだ」ポツリと呟き屈む。「なんで私、生きてるんだろ。いっそのことならみんなと居たかった。ずるいよ」ふと蛙の音が鳴き止んだ。「未来」振り向くと父と母が居た。その後ろには私を生かした人や先生など亡くなってしまった人たちがいた。

 「お父さん、お母さん。樹くん。みんな」私は嗚咽交じりの声で名前を呼んだ。会いたかったと駆け寄ろうとすると「こっちに来るな」と父は言う。お前はまだやることがある。そう言って話し始めた。「弟は10年後の4月1日、12:00分に通り魔にめった刺しにされる。私たちは一瞬で死ねたが、あいつは苦しんで死ぬ。最悪の死に方だ。だからお前はそれを阻止してほしい。頼む」そう父は頭をついた。私は「あったり前だよぉ。だって私、おねーちゃんだもん」と言うしかなかった。涙腺が崩壊し、恥ずかしながら涙をかみ殺す。ふと「ゲコッ」と蛙の声がした。目を開けるとそこには誰もいなかった。辺りは私の泣き声と蛙の鳴き声につつまれていた。

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