スタートが多すぎる

森沢

スタートが多すぎる

「次の仕事の話の前に、これ」

 目の前に白いA4用紙。

 印刷されていたのは、今まで自分が仕事として作り上げた歌詞だった。


 未来へのスタートさ!

 新たな一歩をスタートしよう

 二人だけのスタート

 今ここからスタートライン

 だから、顔をあげてスタート! 

 だけど、もう一度スタートする

 Yeah, Yeah STAET! STAET! STAET! Yeah!!!


「うん?」

「だからさ、スタートって言葉使いすぎ」

「そうか」

「同じ意味の、はじまりとか出発とか入れたらもっとあるからな」

 淡々と、読み上げられる。 


 僕ら今はじまる。新しい日々の始まり。この朝が幕開けだ。ここがそう、出発点。


 まあ自分でも、そこそこ使ってるなー、と思わないこともなかったけど。

「つい入っちゃうんだけど、ダメって?」

「絶対の駄目ではないけど。こんなに頻繁に同じもの作られてもね」


「期待してるからさ。アイドル向けっていっても、同じような、精一杯青春みたいなのだけじゃなくてさ。なんか新しい一面出してよ」

 スタート禁止。

「この文字入れないで作って。じゃないと、この先うちから仕事ふらなくなるよ」


 それは困る。



 スタートを使わないで歌詞を作る。

 そんなこと難しくない。別に普通に出来る。

 簡単じゃないかと思っていたが、……意外と同じところをぐるぐるするというか。禁止されると、余計に意識してしまうというか。

 気が付くと、ここに当てはまる言葉は、流れ的にスタートとかはじまりだろうなと浮かんでしまう。

 デモ音源を聞き流しながら、うなる。


 細々と作曲家として食べてこれたけど、ただ運が良かっただけじゃないか。

 歌ってくれた、使ってくれた人たちが良かったから。いい感じに知り合いがいたから。

 仕事が繋がっていた。それもあったんだろうけど。


 自分の実力なんてなかった。

 なぜなら、同じものしか作れない。

 気づきたくなかった事実を、目の前に出されしまった感じか。これは。


 いやいやいや。この思考は良くない。良くないぞ。

 逆に考えるんだ。

 ……例えば、スタート系の歌詞に強い人材だったとか。

 前向きな青春ソング。そういうのを求める層と、とてつもなく合うんじゃないのか。

 ん? だったら、このままでもいいのでは。

 

「いや、でも今回はっきりとスタート禁止って言われし」

 どうするかなぁ。





「今までの青春的な感じじゃなくて。祈りみたいな、壮大な感じの路線が悪くない」

「いけそ?」

「先方の反応としては、いい感じ」

 その言葉に、良かったと胸をなでおろす。


「サビの歌詞が曲名の案になったけど、“星と駆ける”って。それなら衣装も星空っぽいイメージで、全体のまとまり出て作りやすそうで。良さげだって」

「それは楽しみだな」

 

 スタートと文字を使わなければいい。

 そう思いついてから、スイッチが切り替わったように、今までと違う頭の回路が動き出した。

 そうだ、一見わからないように入れればいい。


 例えば、星はスター。

 それにつながる歌詞と思えば、不思議なぐらいスムーズに出来上がった。


 星と駆けるスタートかける

 やはり僕に必要なのは、この言葉だった。

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スタートが多すぎる 森沢 @morisawa202305

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