Target:1 レティ・クシャーナ(オレンジ)

 数日馬車に揺らされてやっと王都・シルヴァに着いた。


「はー、長旅って疲れるぅ~……。お風呂入りたいぃ~……」

「おいルミナ、疲れてるからって俺に寄りかかるなよ」

「だってぇ~」


 俺が疲れてないと言えば大嘘になる。

 夏に馬車に乗るなんて地獄に等しいからな。

 取り敢えず俺は俺の腕に寄りかかっているルミナを王都の中心の大樹の下にあるベンチに座らせ、俺はルミナの左隣に座る。


「やっぱ椅子があるといいよね~! シンもそう思わない?」

「そうだな。で、俺たちこれからどうすればいいんだ?」

「昼ご飯を食べる! そしてホテルを予約する!」

「何馬鹿なこと言ってるんだルミナ。そんなんじゃ金貨五百枚がとうに尽きるぞ」

「そんなの分かってるよ~だっ」


 ルミナがあっかんべーしながら舌を出していたずらっ子みたいな表情をした。

 実際問題、俺たちはクエストをさっさと遂行すればいいのか、それとも空腹を満たすのが先か悩ましい。

 でも人間、何日も空腹だと死ぬ……んだな。

 実際俺も目の前にパンを与えられたらすぐ食べてしまうほど限界だ……。


 あれ?


「ルミナ、もしかしたらこの王都のどこかに評判が高い飯屋はないか?」

「……へっ!? し、知らないよそんな事……」

「じゃあ二人で聞き込みに行こう」

「何~? 急にやる気だねぇ~……あーヤバい、餓死しちゃいそうわたし~」

「見つけたらこの大樹の下に集まろう」

「分かったよ~……」


 そう、飯屋にはきっとターゲットになる美少女がいるはず……!

 正直一縷の望みを賭けたものだが、叶うと信じる……!


 そうして俺とルミナは王都中を物凄く探した。

 具体的に言うなら、空が水色からオレンジに変わるまで。


 でも、やっと見つけた。

 ルミナが見つけてくれた。西の方向に高級料理店があったらしい。


「ルミナ……その店の名前はなんていうんだ?」

「えっと……『高級料理屋 ニックス』ってとこ。めっちゃドレスやスーツを着ている人がいた」

「じゃあそこまで行こう」


 ニックスにつくにはそんなに時間が掛かっていないようだ。

 でも、高級料理店なあって雰囲気が厳格で、な、なんだか入りづらい……。


「おや、君たちは……クルックス村出身かい?」

「……!」


 いきなり後ろから艶やかで凛とした声が聞こえて振り返ると、銀髪青目のルーズサイドテールの魔女帽子をかぶった巨乳で胸元を大胆に開いてる黒いドレスかワンピースかを着ているお姉さんに出会った。


「あの、あなたは誰ですか?」


 震えた声でルミナは女の名前を聞く。


「ワタシかい? ワタシはミア・クルックス。君たちの故郷の現村長だ。危ないクエストを受けていると聞いたんで止めに入ろうと思ってね」


 ミア・クルックス?

 確か現在の村長は厳格な男老人……だったはずだ。

 そして前村長には確かに娘はいたが、名前は『クリア・クルックス』だったはずだ。

 この女、明らかに怪しい。


「ま、まああの! わたし達五日もお風呂入って無くて、えっと、シン……も。だからその……!」

「そういうならワタシの家に泊まらせてあげてもいいぞ。だがその前に、ターゲットの女を殺す必要があるな……ワタシはターゲットの女がニックスに居るのを知っている」

「誰ですかそれ」


 俺はちょっと語気を強くした声で聞いた。

 俺たちのクエスト遂行を止めに入るとか言ったくせに二言目には殺すって……矛盾しすぎだろ。

 この女の目は穢れている。こんな奴信用しちゃ……。


「レティ・クシャーナだ」

「えっ!? 何で知っているんですか!?」

「夜だから大声は慎んでくれ」

「すみませんでした」


 ルミナ、謝るなよ。……なんてそんなこと言えない。

 それにしても、レティ・クシャーナ、か……。

 鞄からあの紙を取り出すと、確かに『レティ・クシャーナ』と書いてあった。


「レティは貴族の娘だ。歳は十五。茶髪で一部の髪を小さく二つ結ぶ所謂ツーサイドアップのデコ出し女。容姿は整ってるんだが目つきが非常に悪く、性格も高飛車で貴族の癖に魔法も使えない。……あ、もうすぐ出てくるぞ」


 俺は体を硬直させた。

 隣にいるルミナは目を開けて驚いていた。


「げっ! くっさ!」

「レーちゃん、どうしたんだい?」

「父上、汚らしい男と女がいるわ! いますぐセバスを……」

「いや、セバスを呼ぶ必要はないわよ。この子たちきっと村の子たちでしょう? せっかくだし私達の屋敷に泊らない? 美味しいご飯も綺麗な衣装もあるわよ」

「うむ、俺もマリーに同意する。こんなみすぼらしい若い男女が夜に外にいるなんて可哀想だ」

「はぁ!? こんなに臭い下等なゴミ共なんて殺しちゃいなさいよ! それか奴隷商人のアイツに――」

「レティ、黙りなさい」

「……母上の、バカ」


 これで俺たちは空腹を満たせるし、一時期の居住地を確保できた。


 レティの家は、王都の近くだった。周りには見たこともない豪邸が沢山ある。

 俺はつい心躍ってしまった。

 ルミナの方を見ると、さっきとは真逆で鼻歌をポップに歌える元気さを取り戻していた。


「この道を左に曲がると、俺たちが住んでる白い建物に着く」


 そうレティの父親は言った。

 ……貴族は凄いと思った。こんなスケールのデカい豪邸は見たことがない。


「シン、本当わたし達ここで寝泊まり出来るんだよね?」

「当たり前だろ」


 レティの両親は即座に履き物を脱いで赤いスリッパを履く。そのあとにレティも両親と同じスリッパを履く。


「シン、ルミナ。ワタシの家じゃなくて貴族の家を選ぶのか」

「黙れ年増」

「おっ? やるか?」

「二人とも黙ってて!」

「ごめんルミナ」

「まあワタシはこれからも君たち二人の様子を見守るよ。じゃあね」


 そういった瞬間、ミアは居なかった。瞬間移動魔法でも使ったのか?


「シンくんとルミナちゃんはこの来客用の白いスリッパを履くといいよ」

「ありがとう、ございます……」

「ありがとうございます!」


 そうして俺たち二人はクシャーナ邸に招かれた。

 その後は豪華なステーキを食べ、お風呂を入っていよいよ寝る……んだが、いかんせんこの寝室にはベッドが一つしかないみたいだ。


「ざまぁないわね」

「なんだ、ブス」

「……~~~っっっ!!! 何よブスって! はん、せっかくアンタ達と話そうと思ったのに! サイテー!」


 そう言ってレティは自分の部屋に泣きながら入っていった。

 俺たちは仕方なくベッドが一つしかない部屋に入った。

 白くて広くて綺麗だった。

 やっぱ貴族ってすごいんだな……。


「ねぇ、シン」


 ルミナは俺の近くに寄り、左耳の方からウィスパーボイスで喋る。


「レティのこと、彼女が寝たら鞄からナイフ取り出して殺そう」

「……いい案だな。ルミナって変なところで頭が回るよな」

「もう! シンの馬鹿!」


 俺とルミナは眠気を何とか抑えてレティの部屋に行く。

 彼女は綺麗な寝息を立てて天蓋がついてるピンクのベッドで寝ていた。


 ルミナがナイフの刃先をレティの心臓近くまで持っていった。

 おまけにおばさんから貰った小瓶まで持ってる。個人的には今のルミナは殺意より恐怖が勝ってように見えるが……。


「シン、逃げる準備は出来てるよね?」

「ああ。夜中の三時だ。誰にもバレることなんてない」

「じゃあ、レティの口を押えて。鼻の穴も」

「分かった」


 俺が承諾した後でルミナはレティの心臓に一気にナイフに入れた。

 それからめった刺しにして……あ、光球ってこれのことか!

 色はオレンジ。

 俺はすぐにルミナの鞄からオレンジの小瓶を強奪してレティの光球を回収し、コルクをしっかりと入れた。


「君たち、レティを殺したか」

「はい」


 ルミナが若干震え気味に言った。

 てかバイバイとか言っといてなんでまた帰ってくるんだ……。


「では荷物を持ってワタシの箒に乗ってくれ。今ならまだ間に合う」

「おう、ありがとうなミア!」

「さっきの毒はどこに行ったんだい」


 こうして俺たちはレティから光球を奪った。

 そしてルミナと一緒にミアの箒に乗って白い豪邸から去った。


「次のターゲットは誰にするんだい?」

「それは起きてから決める。ルミナも半分寝ちゃってるしお前の住処に泊めてくれ」

「分かったよ」


 その後、ルミナは人を殺したという罪を犯してしまったことで朝まで何度も吐いていた。




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