高校教師
「それでは本日より前任の坂入先生に変わりまして二年B組の担任を受け持つ羽村先生をご紹介します」
教頭先生の紹介を受けて、私は緊張で高鳴る鼓動をなんとか鎮め生徒たちの前で定型的な挨拶をした。
「はい!」そう言って生徒の一人が手を上げ立ち上がった。
「えっと、君は……」私は教壇にある座席表に視線を落とした。
「二宮です! 先生って恋人はいるんですか?」
予想していなかった質問に私は虚をつかれた。
「今はいません」
「えー、それって前はいたってことですか? 見栄はってないですか? じゃあ好きな人は?」
「えっ? えっと、それは、……」私は頬が真っ赤になるのを感じた。
「二宮さん! いい加減にしなさい! 授業中ですよ!」
「はーい」教頭に一喝され、二宮は席についた。
二宮という生徒の質問に心をかき乱された上に、教頭の視線を受けて教科書を持つ手が震える。当然授業はうまくいくはずもなく散々だった。それでもなんとか授業を終えて、私は職員室へと戻った。
「どうでしたか? 初授業は?」隣の席の新庄先生から声をかけられた。
「ボロボロです」
それを聞いて新庄先生はおかしそうに笑った。
「なに、みんな最初はそんなもんです。すぐに慣れますよ」
気休めにしか聞こえなかったが、その気遣いが嬉しかった。
「あ、あの、前任の坂入先生はどうだったんですか?」
その言葉に新庄先生の表情が曇った。新庄先生は身を乗り出し、声を潜めて言う。
「ここだけの話ですよ。女子生徒に手を出して諭旨退職に追い込まれたんです。羽村先生も気をつけてくださいよ」
「羽村先生!」教頭先生の声が職員室に響いた。
「はい!」
「校長室にきなさい」
校長は療養中で、実質教頭先生が兼任している。私は教頭先生と校長室へと入った。
「いいですか? 羽村先生。くれぐれも変な気を起こしてはいけませんよ」
「何のことでしょう?」
「新庄先生から聞いたのではありませんか? 坂入先生は女子生徒にセクハラをして退職することになったのです」
教頭先生は深いため息を吐き、続ける。
「馬鹿げた話です。親子ほども歳が離れていると言うのに」
「あ、あの、恋に年齢って関係あるんでしょうか? 一目惚れっていけないことですか?」
「何を言い出すんですか? まさかあなたも二宮さんに熱を上げたんじゃないでしょうね? いい訳ないでしょ、教師と生徒よ!」
「違います。私が好きなのは教頭先生です」
「私もう六十よ」
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