オチ読める?
@PrimoFiume
幽霊って信じる?
「ねぇ修、幽霊って信じる?」
運転席でハンドルを握る加奈子から突然そう声をかけられて、隣に座っていた僕は肩をビクッと震わせ我に返った。
「またそれか」僕は呆れたように漏らす。
幼い頃から霊感があるという加奈子は、幽霊の存在を信じない僕に考えを改めさせようとしてか、唐突にそのような質問を切り出すことが何度もあった。
「いるわけないだろ」ため息混じりに僕は答えた。
正直言ってうんざりしていた。加奈子は嘘を言うような人間ではないことはわかっている。ようは何でもかんでも幽霊に結びつけて信じ込んでしまっているだけなんだ。結婚してからはあまり言わなくなったと思っていたのに、またそれか。
「いいかい」僕は加奈子に顔を向ける。見慣れているはずの加奈子の顔がいつもとどこか違って見えた。
「前にも言っただろう? 幽霊が魂だとして何で服を着ているんだ? もし、幽霊が着ていた上着を脱いでどこかに置き忘れたらその服はどうなる?」
「服装はイメージなのよ」加奈子はお決まりのセリフで答えた。
「それはその人が亡くなった時の服装だったり、普段よく着ていたもの、つまり幽霊自身が無意識に自分のトレードマークをイメージ化してその身に纏っているの」
「それじゃあ、気分次第で着替え放題なのに、いつも同じ服を着ているということかい?」
「それは分からないけど、修だっていつもそのボーダーのシャツばかり着ているじゃない」
そうだったっけと考えてみるが覚えがない、他にポロシャツもよく着ていたような気もするのだが。まぁ昨日食べたものさえ覚えていないのだから無理もない。頑張れば思い出せるような気もするが、頭が痛くなりそうなので考えるのをやめた。僕は視線を外へ向ける。夜の十時を回っていたが、いつもならもっと人通りがあるはずなのに、今日は人もまばらだ。
「じゃあ明日は違うのにするよ」
「そういうことを言っているんじゃないの」
「待てまだある、幽霊は人を触れるのに、何故人は幽霊を触れない?」
「風だってそうじゃない。私たちは風に押されるけど、風を押すことはできないわ」
どうしても僕を説き伏せたいのか、これまでに聞いた事のない理由を加奈子は述べてみせた。
「前にも言っただろう、昔の兵隊や落武者の幽霊がスマホやパソコンにメールを送ってくるとか馬鹿げているだろう」
「そう言った話が全部本当とは言ってないわ」
どうしたんだろう、今日は全く引き下がらない。僕は早くこの不毛なやりとりを終わらせたいと思い、ついつい声が大きくなっていく。
「幽霊は物体をすり抜けられるなら、階段を登ったり、電車やタクシーに乗るなんておかしいと思わないかい?」
「不可能じゃないわ。きっと幽霊自身が生前そうだったように、できて当たり前とイメージしているからできるのよ」
「何でそんなこと言えるんだよ」
「何でもよ」
ダメだ話にならない。切り口を変えよう。
「それに、幽霊が見える人と見えない人がいるなんておかしくないか?」
「それは波長だと思うの。ラジオの周波数と同じよ。幽霊と波長があった人にだけ見えるんじゃないかしら?」
「根拠は?」
「ないわ」加奈子はそっけなく答えて、しばし気まずい沈黙が車内を支配した。
ふと、加奈子がシートベルトをしていないことに気がついて、僕は沈黙を破った。
「うっかりしてたわ。でも知らない? 妊婦は免除されるのよ」
「妊婦って、まだ四か月だろ?」
「六か月よ」と前を見据えたまま加奈子は返した。
そうだったか、うっかりしていた。加奈子からそれを責められることを恐れて僕はすぐに言葉を繋ぐ。
「何か月であろうとも、妊婦がシートベルトを免除されているわけじゃない。陣痛とか出血とかあくまでやむを得ない理由があるときだけだ」
加奈子はウィンカーを出して右折レーンに入る。信号で止まると、黙ってシートベルトを締めた。
信号が青に変わり、加奈子は車を交差点に侵入させた。その時、対向車線を猛スピードで直進してくる車が見えた。
「加奈子危ない! 対向車だ」僕は咄嗟に声を上げる。
「分かってる」加奈子はそう言って車を止める。
「あれ?」と思わず僕は声を漏らす。
「どうしたの? 幽霊でも見たような顔して」加奈子が不思議そうにこちらを見て問いかける。
「いや、何でもない」
「そう」加奈子はそれ以上追求しなかった。
しかし、今のは何だったんだろう。何かを見たのではない、逆だ。見えなかったんだ。対向車の運転手が。だが、そんな事を言えばそれこそ鬼の首を取ったように、幽霊の存在を認めさせようとするだろう。僕はその疑問を飲み込んだ。
「ところでだけど、……」僕は代わりに別の疑問を問いかけた。
「何?」
「どこに向かっているんだい?」
「そうね、肝試しとでも言っておこうかしら」
僕はその答えを聞いて背筋にうすら寒いものを感じたような気がした。幽霊などいないとは思っている。だがそれとこれとは話が別だ。怖いものは怖い。幽霊などいないと言っている科学者だって、いざ真夜中に心霊スポットに一人で行けなどと言われたら気味の悪さを感じないなんてことはないだろう。
「怖いの? それって色々おかしくない?」僕のそんな考えを見透かしたように加奈子は僕の目を見つめて言った。
「そうじゃない」そうなんだけどと思いつつ僕は声を
「だいたい何を考えているんだ! 妊娠しているってのに、こんな時間に肝試しに出かけるなんて」僕は必死だった。
「もう安定期よ。それに日中じゃ肝試しにならないでしょ」
ど正論に返す言葉が見つからない。
「大丈夫、そんなに時間はかからない。すぐ帰るわ」加奈子はそう言って墓地の前に車を止めた。
悪い予感しかしない。大方、どこかのタイミングで僕を驚かせるつもりだろう。場合によっては何らかのギミックや加奈子の協力者が潜んでいるのかもしれない。再び見た加奈子の表情は同じ生き物とは思えなかった。「鬼め」と心の中で呟いた。
覚悟を決めて僕は加奈子と共に墓地を進む。一瞬人影が見えた気がして、反射的にそちらを向く。まさか本当に幽霊か? いや、恐らく他にも肝試しに来ている人がいるのだろう。
「修にも、見えたでしょ?」加奈子が当然のように僕に問いかける。
「何も見ちゃいない」認めたら負けだと思った。
「そう」加奈子は足を早めて一人先に進むと、すぐさま振り返って言った。
「じゃあこれは?」
僕はそれを見て驚きのあまり腰を抜かしそうになった。息苦しさに似た感覚に襲われて反射的に襟元を緩めようとポロシャツのボタンに手をかけた。
急にこれまでの加奈子の発言と、道中の出来事が雪崩のように頭に流れ込んできた。
昨日食べたものが思い出せない。町はいつもと比べて人通りがまばらだった。対向車の運転手が見えなかった。妊娠四か月と思った加奈子は妊娠六か月だった。幽霊はできて当たり前と思っていることは出来る。いつにも増して幽霊の存在を主張する加奈子。
“頭が痛くなりそう”
“背筋にうすら寒いものを感じたような気がした”
“腰を抜かしそうになった”
“怖いの? それって色々おかしくない?”
“加奈子の表情は同じ生き物のものと思えなかった”
“息苦しさに似た感覚”
波長が合わない人には幽霊が見えない。それならもしかして、幽霊も波長が合わない人間は見えないのか? ここに来る前に僕が着ていたのはポロシャツではなくボーダーのシャツだったのでは? それに目の前にある墓石に刻まれた名前。つまり、……。
「僕は幽霊?」
「やっと気づいてくれた?」そう言う加奈子の目には涙が浮かんでいた。
「修は二か月前、歩道に突っ込んできた車から私を庇って死んだの。だから修の記憶はそこで止まっているのよ」
言葉を失う僕をよそに加奈子は続ける。
「それから修の幽霊を見るようになった。私も最初は嬉しかったわ。でもダメなの、このままいたら修は地縛霊になってしまうの」
僕は加奈子を見つめて、ただ彼女の言葉を聞くことしか出来なかった。
「四十九日が済めば成仏してくれると思ってた。でも違った。今も修はここにいる。触れる事もできないのにね」加奈子は僕の頬に手を伸ばして涙を流した。
「触れる事は出来るよ」僕は加奈子と唇を重ねた。
「愛してる」僕はそう言ったとたん、体がゆっくり消えていくのを感じた。その中で加奈子の声が聞こえてきた。
「私もよ」
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