サイリウムは女神様の為に

椎野 守

第1話 降臨

 まぁ……運命的な出会いなんてモンは、唐突に訪れるってのが定番だよ。だから、僕とその少女の出会いが唐突であったのは、ある意味必然ということになるのだろう。


 え? どんな風に唐突かって?


 一言でいえば……これも定番? ありがち……っていうか、そりゃマンガやアニメの世界だったらそれでイイんだけどさ……。

 さすがに現実世界でそんな唐突な出会いが起こっちまったら、そりゃおったまげるよ?


 や、マジでマジで。

 夢だと思うのが普通だって!


 だからちょっと聞いて欲しいんだよね……その唐突な出会いってのがどんな感じかってのをさ……ホントにもう、頼むよ。

 普通にコンビニから帰ってきたらさ、まぁ、こんな感じだったのよ……。



     ※    ※    ※



 ズボンのポケットからかぎを取り出すと、玄関ドアの鍵穴かぎあなへ、僕は慎重しんちょうにそれを差し込む。反時計回りに90度回転させれば開錠かいじょうするはずだ。

 ん? 奥に何かが引っかかっているのか? 上手く鍵が回らない。


 ウソでしょ、またか……またなのか……。


 落ち着け。あせってはいけない。ここでムキになって、力尽ちからづくで鍵を回すようなことをしてはいけない。


 ぶっ壊したなんて言ったら、あの優しい大家の爺さんも、さすがに怒るだろう……。

 二日連続で同じ失態しったいを犯すわけにはいかない。

 昨日、全く同じ状況で、力尽ちからづくで鍵を回したところ、鍵が根元からボッキリと折れちまったんだ。


 大家の爺さんに携帯スマホで事情を説明すると、ほどなくして修理業者を連れてきてくれた。

 修理が終わるまでおよそ三時間。僕は自宅アパートの玄関前で、待ちぼうけをくらうはめになったという訳だ。


 そーいや昨日、爺さんから開錠のコツを教えてもらったなぁ。

 はあぁ……仕方ねぇ、とりあえず試してみるとするか。


 邪念じゃねんを振り払うように小さく深呼吸をする。目を閉じて、全神経を指先に集中する。


「……ひらけーごま」


 感情ゼロ。完全なる棒読みで、ぽそっと小さく呪文をとなえる。

 ……そっと辺りを見回す。……誰にも聞かれてねぇよな?


 あら不思議! まるで魔法のようにスルリと心地よく鍵が回転し、何の引っかかりもなく開ける事に成功したのだ!!


「んな訳あるかい!」


 おっと、思わず声に出ちまった……。


 とは言いつつも? 鍵、開いたな……。 教えてもらった呪文が効いたってことなのか?

 ……なーんてね、そんなワケないか……。

 このボロアパートめ、面倒ばかりかけてくれる。いい加減見捨てて、都心のタワーマンションにでも引っ越そうかな……。 


 ……まあ、ムリだよね。二十歳はたちのフリーターに、そんな夢みたいなこと、叶えられません。当分の間、お世話になると思います。


 はぁ〜っとため息をつきながら、玄関ドアを開けた。

 ん……? 部屋に入った瞬間、違和感を覚えた。

 ダイニングキッチンに、花柄はながらの玄関マットがいてある。バラの模様もようがあしらわれたそれは、どう見ても僕の趣味じゃない。そもそも、玄関マットなんて敷いた覚えがない。

 男の一人暮らし。彼女いない歴二十年。そんな僕に、そんな洒落しゃれたものは、全くもって必要なし。


 部屋の中を見渡してみる。1DK……に変わりはない。けど、ダイニングテーブルや椅子、家電製品、調理器具……家具という家具がまるごと違う。全くの別物にかわっている……。

 九月。残暑厳しい中秋ちゅうしゅうの昼下がり……真っ昼間から夢でも見ているかのようだ。


 ギンガムチェックのテーブルクロス、子猫のカレンダー、観葉植物。


 と、とってもお洒落ですねぇ……もしかして……部屋、間違えました? ……他人よそですか……お隣りさんに入ってしまったのかな?

 お隣りは……たしか中年のオッサンが一人暮らしのはず……こ、これは……趣味? というかへき? いやいや、個性は尊重すべきだ……って。


 2階建て、各階それぞれ3部屋ずつしかないアパートの201号室。外階段そとかいだんのぼってすぐの部屋だ。まぁ、間違えるワケないか……。

 たった今、コンビニで昼飯の弁当と、ついでにビールも買ってきたけど、こいつは今晩、風呂上がりに飲む予定だ。酔っ払ってるってわけでもない……。


 いい香り……フローラル? いや、ラベンダーか? 良く分かんねぇけど、ほんのりそんな香りもする。

 うん? 耳を澄ますと、ザーッという雨音が聞こえてくる……。

 あれ? おかしいな? 今日は晴れのはず? もう九月だってのに、日差しが痛いくらい、いい天気だよ?

 ダイニングキッチンの右手の扉……雨音は、どうやらその中から聞こえてくるようだ。


 あの扉……あの扉の向こうは……。


 何これ? もしかしてコレって……異世界転生いせかいてんせいなのでは! …………はは。

 僕ってば、転生しちゃったのかな? 異世界に迷い込んじゃったのかな? ようやく僕が主人公の、超大作異世界ファンタジーが、今ココに幕を開けてしまったのかな!? …………とか?


 美少女を助けようとしてぇ? トラックにかれて死んじゃってぇ? そんでぇ? 目覚めたら剣と魔法の世界ぃ? ……まあ、そんな感じぃ?


 うーん、残念ながら美少女を助けた覚えがないんだよね……剣も魔法も見あたらないし。

 こーゆーのって、何て言ったっけなぁ……そう……たしかその……パラレル……ワールド?

 現実世界とそっくりな、時間じくことなる並行へいこう世界。ふとしたきっかけでまよんでしまうという話を聞いたことがある。

 迷い込んでしまったのか? 迷ってしまったのかな? ……人生に?


 目をゴシゴシとこすって、もう一度室内を見渡す。どうやら錯覚さっかくではなさそうだ。

 それにしてもこの部屋、ファンシーっていうか、メルヘンチックっていうか、その……つまり……じょ、女子っぽいよな……。


 一言で言うと、女子部屋。


 そうそう、僕とは無縁の女子の香りがプンプンと……って、うっせぇよ。

 掃除そうじも行き届いてんなあ。


 ん? 扉の前に、何か置いてあるぞ? もふもふしてる……スリッパ? ピンク色!? ご丁寧に猫耳ねこみみとヒゲが付いていやがる。まるで二匹の子猫が、御主人様を待ち構えているように見えるぜ……。


 あ……ヤバいね。これは……マジでヤバい……。とんでもねえ代物しろものだ。知ってる。知ってるぞ。あんなかわいい猫耳スリッパ、美少女しか使わん! 理由などない……そう決まっているのだ。間違いない。


「キュッ」という音と同時に、雨音が消えた。……だよね、晴れてるし……。

 扉の向こうから、バサバサという音が聞こえてくる。

 うーん、この音……間違いねぇな……中に誰かいるよね? これ。

 ますますヤバいね……てゆーか、非常にマズいねこれは……だって、あの中は……。


 今ならまだ間に合う。ササッと玄関ドアを開けて、外に出ればいい。外から鍵をかけちまえば、それで万事OK。そうすりゃ、何にもなかったことになる。何も問題ない。


 ……ん? 何も問題ない……?


 ここって、僕の部屋……だよね? 鍵開けて入ったし、問題ないよね? 僕がここにいても……問題ないはずだよね!?

 いや……問題あるだろなぁ……なーんとなく、そんな気がする。


 ガチャリと、ユニットバスの扉がゆっくりと開かれる。

 いやー、マジで出てきちゃいますよ……美少女さん。出会っちゃいますよ!?

 これってもしかして……もしかしなくても……不法侵入?

 いやいやいや、違うんですよ! だって鍵開けて入ったもん。ウソじゃないんです!

 さっきから見てましたよね、そこのアナタ……アナタですよ!? 後ろ振り向いたってダメです! 知らん顔なんてさせませんよ?


 信じてくれますよねっ!?


 白くき通るような細い腕が……すぅーっと扉を押し広げていく。


 うわー、さすがにヤバいよ! ホントにマズい! もう間に合わないっ!!


 れた黒髪、ととのった鼻筋はなすじ口元くちもと、上半身の順に僕の前に姿を現す。

 タオルで無造作にいただけの濡れた黒髪が、胸元をかくすようにこしのあたりまでれ下がっている。

 ゴクリ。


 一糸いっしまとわぬ少女を目の前に、僕は思わず息をのんだ……。

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