転生したのでチートを使って新しい人生に送り出す手伝いをしようと思います。

天河 龍汰楼

第1話


 王都から遠く離れた、辺境の地。

 日に数人は通るような中途半端に人気のある道の途中、知っていれば分かりやすい目印の小道を森の中に分け入ったところに、俺の居場所はある。


「ありがとうございます、先生」

「当分は大丈夫だろうが、あまり無理をしないことだ」


 老人に感謝されて、不愛想に返す。

 別に人との関わりが欲しくてやっているわけではないので、金だけ置いて早く帰ってほしい。


「いやー、本当に生まれ変わったような気分ですわ。あんなにつらかった腰が本当に楽になって。重ね重ね助かりました」

「何よりだ。ならば日が暮れるまでに帰った方がいい、足は何も治していないからな」

「ははは、そこまで欲張っちゃいけませんわな。したらば、えっちらおっちら帰ります」


 老人を追い返して、やっとのことで一息つき、置いていった革袋を確認する。

 中身には銀貨が一枚と多くの野菜、いくらかの固いパン。

 ため息が出そうになるが、これでもかなりぼったくった方だ。

 あの老人の言葉じゃないが、変に欲張れば破滅が待っている。

 実際に、せっかくS級の冒険者まで上り詰めたというのに、一つの失敗でここまで落ちぶれるのだから、やってられない。


 転生と言えばチート。チートと言えばハーレム。ハーレムと言えば美少女。

 もはや使い古された三段論法に惑わされ、こうして異世界に降り立った一般人こと俺。

 今時にありがちな意地悪な神様による転生でもなく、当たり前のように街に出て、当たり前のように冒険者になり、当たり前のようにSランクになり。


 そして、当たり前のように身を持ち崩した。

 Sランクになって調子に乗り、仕事をしないまま遊びほうけて、借金だらけになった。

 遊びほうけるようなアホが借金をきちんと返せるわけもなく、チートを悪用してすべて踏み倒し、環境が悪いと山奥に逃げ込んだ。

 そう、環境が悪かったのだ。

 俺に金を渡すようなアホどもが悪いのだ。

 俺もアホだが、アホに金を渡すヤツもアホなのだ。

 俺だけが悪いわけではないと思えば、逃げ出すこともさほど苦ではなかった。

 なんと言っても、俺のチートは肉体操作。

 顔を変え、名前を変えて、念のため遺伝子も変えてしまえば、俺の後を追えるヤツはいない。

 幸いなことに、俺のチートは人にも使えるので、今は医者の真似事をして生きている。


 とりあえずの平穏をかみしめていた俺の思考を、ノックの音が邪魔をする。

 客か? それ以外にこんなところを訪れるやつはいないだろうが。


「誰だ」

「……こ、ここは。医者、医者だろう?」

「客か」

「そ、そうだ。どんな怪我でも治せるって、き、聞いたぞ」


 そんな看板を出した覚えはない。と突っ返したかったが、ちょっと待て。

 どこで聞いたのか聞き出さねば。


「入れ」

「ひ、ひひ」


 入ってきたのは醜悪な、ただ不細工なだけではない、生活習慣の悪さと手入れを怠っていることが丸分かりの、清潔感のない男だ。

 着ているものも洗濯されておらず、いまいちよくない臭いがする。

 とはいえ、この世界では珍しいことではない、窓を開けて換気だけしておく。


「それで、何を治してほしいんだ」

「こ、この顔だ」

「何?」


 何もケガをしていないじゃないか、という意味ではない。

 なぜそれを知っているのか、という意味合いで目線を鋭くすれば、男は何か勘違いをしたのか、大事そうに抱えていた革袋をこちらに突き出してくる。


「か、金ならある! 全部持って行っていいから! こ、この顔を……不細工な顔を治してくれ」


 威勢のよさそうな声はだんだんと尻すぼみになっていき、最後はすがるような声になった。

 しかし、男の考えは分かったので、革袋をわしづかみにして取り上げる。

 不細工さを病気やケガの同類と考えるのは、美容整形を考えるに元の世界でもあったのだろうし、不自然なことじゃないだろう。

 なにより、この男は弱い。力ではなく、気が。


 革袋の中身にはかつての俺でも数か月は遊んで暮らせそうなほどの金貨。

 全部持って行っていい、と言うが、さすがにこの量を持っていけば不満を持つだろう。


 中身の一割ほどを、一つかみで取り出して革袋を返す。

 気持ち悪い笑みを浮かべる男をベッドに横たわらせると、そのまま強制的に眠らせて適当に顔をいじってやる。


「これで、過去のお前とは決別したわけだ。後は好きにしろ」

「ひひ、やった、やったぞ。これでもう一度、あの子の近くに……」


 数十分後、目が覚めた男に鏡を渡せば、満足そうに笑顔を浮かべた。

 その性根が浮き彫りになった笑い方を治す方がいいと思うが、どうせ無駄だろうし、そんなことは俺には関係ない。

 今の上機嫌な男ならば、こちらの聞きたいことを聞けるだろうことのほうが重要だ。


「……しかし、こんな山奥までよく来たな。噂でも流れているのか」

「その通りです。ここに来れば、新しい人生を歩むことができると、裏社会ではまことしやかにささやかれています」


 ずいぶんと感謝されたようで、丁寧ながらも打ち解けた口調の男に、出そうになるため息をこらえてその言葉について考える。

 それは、それは。なかなかの商売チャンスではないか。

 これまでは普通に医者をしてきたが、考えてみれば顔を変えたい奴はかなりの数いるのは間違いないし、そんな技術があるのはこの世界、この時代には俺一人だろう。

 なにより、そういうヤツらはえてして大金をいとわない。いや、大金を払えるヤツだけを客に取ればいい。


「クク……。お前のおかげで良いことを思いついた」

「ははは、先生のお役に立てたならよかったです。もしも、お役に立てたのでしたら……」

「ああ、分かっている。ホラ」


 大方の予想通り、目の前の問題が解決されて欲が出たようで、机の上に置かれたままの金貨を名残惜しそうに見つめている。

 それなりに整った顔にしてやったというのに、相も変わらず性根のねじ曲がった笑みを浮かべるストーカー野郎に対して、手のひらを向けてやれば、いぶかし気な表情を浮かべたかと思えば、すぐに虚ろな目に変わる。

 肉体操作なのだから、当然頭の中もいじれるというわけで。こんなクズなら、適当にいじっても罪悪感は湧かない。


「何より……。お前に覚えられていると不都合がありそうなんでな。忘れてもらおう」


 チョイチョイと記憶をいじって、不都合の無いように俺の存在を思い出せないようにする。

 後は持っている金を全部いただいて、適当に山のふもとに放り出しておこう。


「ク、ククク。俺にも運が向いてきたな……」


 多額の借金を抱えたときは焦ってしまったが、芸は身を助けるとはこのことか。

 つつましやかなセカンドライフも転生の醍醐味だとは思っていたが、やはりチーレムこそが転生者のたしなみ。

 表向きは腕のいい医者として、裏向きには新しい人生を歩ませる闇医者として。

 二面性のある人間はモテるとも聞くし、これは大勝利待ったなしだろう。

 転生した時と同じ、新しい世界に足を踏み入れるワクワク感。


「ここから、俺の新しい人生がスタートするのか」


 唇のはしに抑えきれぬ笑みを浮かべて。

 かつてのように栄光の未来を思い浮かべるのだった。


 これがどのような結果を引き寄せるのかは神のみぞ知るといいたいところだが。

 一つだけ確かなことがあるとすれば、チートを持っていながら借金から逃げるような男が、何かを成し遂げることは――とても難しい。

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転生したのでチートを使って新しい人生に送り出す手伝いをしようと思います。 天河 龍汰楼 @anriha

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