タイムマシン
世間の政府に対する文句が常日頃からうるさい。
有害物質を含むガスで汚染された禁止区域は徐々に拡がっている。しかしどれだけ急かされても俺たちの仕事ぶりは常にダラダラとナマケモノのように鈍かった。政府組織の上層部も自分達の身にふりかかる問題ごと以外は別に興味がない様子で、俺たちに仕事を任せっきりにする。
だがそれに対して怒る人もいなければ真面目にやる人間もいなくなっているのだからちっとも進みはしない。もちろん与えられた仕事ができなくとも彼らは俺たちを叱責することはない。ただ勤務中はダラダラと何かをする素振りだけしていれば国民からの血税がもらえる、この環境に甘えっぱなし、腐り切っているのである。
そして俺たちも、ほぼ全ての行動を機械化されたことによる堕落からか、みんなと同じように「やる気」がないのだ。
「だめだ、またエラーが出てる。測定できないよ」
高木は検査機を渡してくる。何年も同じ機材を使っているせいで、ガタがきやすいのだ。
「こんなの調べなくても、どうせ上にいる人はもう手遅れだ。適当に数字書いて引き返そうぜ」
作業はその後滞りなく終了した。最後にこの地区に住む人に政府通知の件を伝えねばならなかった。その役目が終われば今日の仕事はひとまず終わりだ。
「政府軍の方でしょうか」
俺は自身の身柄を証明するバッジを胸ポケットから出す。それと同時に真っ白な紙切れも取り出してそれを女に差し出した。あとは無骨な同僚と同じように、ただ上から命じられた文章を読み上げるロボットになるだけだ。
「おめでとうございます。こちらに住まわれている方は来週日曜の夜、タイムマシンの搭乗が許可されました」
そう言えば向こうはとても喜んでくれる。感謝もされる。なんて楽な仕事なんだ。俺たちは自分たちの安泰な生活をのんびりと謳歌している。
危険区域で生活する人たちにタイムマシン搭乗の許可がおりたことを伝えると、またしばらく怠けた。
「ほい」
そう言って手渡されたのはまたいつもの「完全栄養食」のゼリー。これを飲めばとりあえず一食分を食べたことになる。食事時間はほんの数十秒。効率を求めた結果がこれだ。
俺たちがまだ「人間」だった頃、食事を選り好みするくらい余裕があった頃、あの時の記憶はもう遠い彼方へと消えていた。
機械化を推進した政策は俺たちの暮らしを蝕んでいった。環境は悪化の一途を辿り、住める土地は減り、食材も無くなった。それもこれも完全栄養食とやらが開発されてからはそれしか食べなくなった。このまま骨抜きになって、寿命を食い散らかすだけの存在になっていることに気づいた時にはもう何もかもが遅すぎたのだ。
国民からの怒りは凄まじかった。なけなしの税金で政府は何をちんたら開発しているんだと、国会前で抗議をする者も現れた。これ見よがしに始めたインチキ宗教家も活気づき、武力抗争に出る者たちも増えた。もちろん政府軍はこれら全てを殲滅し鎮圧した。
そしてとうとう政府は大きなカードを切ったのだ。大勢の憔悴し切った国民たちの前でこんな発表を出した。
「〇〇党開発部は、史上初のタイムトラベルマシンの開発に成功した事を発表いたします」
その発表は国民にとってこれまでの苦行が終わる瞬間でもあった。今までずっと血税で開発し続けていた研究チームがまさかタイムマシンを作っていたとは、それなら今まで何も発表がなかったはずだと合点がいく。唐突なタイムマシンの出現により血税に飢えた猛犬は子犬に成り果て、涎を流した。大きな手のひら返しである。
当然この発表がされてから、反政府軍を支持する者は綺麗さっぱりいなくなった。政府がたびたび手を焼いていた彼らの勢力も鎮静化していった。
こんな薄汚れた場所から脱出できるのならいち早くそのタイムマシンに搭乗して別の時代に連れて行って欲しいと誰もが思った。しかし、政府は搭乗が許可されるのは危険区域に住んでいるものを優先すると言った。つまりは貧しい人間からタイムマシンで送られるというのだ。
これに対して文句を言ったのはもちろん富裕層、つまり安全圏に住んでいる人たちだ。まずは政府の役人や富裕層を優先するべきではないのか、彼らを先に送ることでトラベル先で何か問題が起こらないのかといったものだ。それに対しても政府は額の汗を拭いながらしどろもどろになって答えた。
「政府の人間は既に何名か搭乗しております。トラベル先でお待ちです。また危険区域にお住まいの方々は命の危険がありますので、まずはこれらの解決を図るための優先措置をさせていただきます」
これまで政府に対して抗議を行なっていたのは主に危険区域に住む人間、つまり貧困民である。彼らにヘイトを向ける富裕層はダダをこねたから優先されるのだとこれを嫌った。
「政府通知が来ていた。タイムマシン搭乗者は上の層に住む人たちから順番に許可が降りるそうだ」
「なんで上の人からだ?」
「危険区域だからじゃない?」
「でも貧民だろ?生きる価値のない人間しかいねえ。雛鳥みたいに喚きやがって、うんざりしてたんだ」
「政府も弱者の味方だってアピールしとけば今まで落ち切ってた支持率を上げられるとでも思ったんじゃないか?」
「お偉いさんは点数稼ぎに必死なんだな」
そして俺たちも初めて見る「タイムマシン」の稼働初日がやってきた。
話のタネになると思っていたそれを遠目に眺めていると隣で高木が「へへ」と笑う。何がおかしいのかと目を向けると、
「だって笑っちまうじゃねえか、これがタイムマシンだと」
俺たちは政府の役人なのでその完成品の「タイムマシン」を見て瞬時に察した。あれは不要になった機械物質や色んな廃棄物を処分するための溶鉱炉だったからだ。
「つまりあれか、タイムマシンっていうのは完全にデタラメで、うるさい奴らを溶鉱炉で地下深くに捨てて溶かしちまおうってことだったのか」
「やっぱりそうだ、なんか変だと思ったんだ。へへ、見ろよあいつら、今から燃やされるってのに期待の眼差しでいてらあ」
貧困民が溶鉱炉を前にしても、普段目にしていないのだから何も気づかない。単に大掛かりな装置だとしか思っていないだろう。
俺たちは次々に溶鉱炉に身を投じる彼らを肴に久々に刺激的な夜を楽しんでいた。十年後、あの時何も知らずに燃やされていった人たちを羨ましく思うことになるとも知らずに。
夢現劇 詩佳 @utaka_note
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