エルの放浪冒険記
優良脂肪
第1話 新たな大地
とある病院の一室、息を引き取った少年がいた。
ここ一週間ほど安定していた容態が突然悪化して、看護の甲斐なく呆気なく息を引き取った。享年十歳と三日。
少年は苦しみの表情もなく、まるで今にも起きそうな安心した寝顔だった。
日本でもなく、地球でもない世界。地球に喩えるところ、中世中期欧羅巴の地中海沿岸の初夏と言ったところだろうか。気候は穏やかで過ごしやすい。機械文明もまだなく、自給自足地産地消なこの世界に、生成りのシャツとカーゴパンツ姿で見た目7歳くらいの痩せ細った男の子が小高い丘の少しひらけた場所に転がる様に眠っている、タブレット端末を抱きしめて。
「ベッドじゃない、白くない、病室じゃないんだ…どこだろ?」少年は手に何かを持っていた、これは…タブレットか。
何処かに連れ出されたのかとも考えたが、しっくりこない。絵本の昔話に出てくる姥捨山を思い出したが今時だなと思い一人で笑った。
そこで少年は異変に気づいた、苦しくない!
少年は不治の病で入退院を繰り返していて病名も特定されていない。症状としては息を多く吸い込むと意識の混濁が見られ、それが続くと意識が途切れ倒れる。運動制限をすれば生活できそうなのだが、ゆっくりと歩く以上の動きや感情の起伏による呼吸の増減で意識の混濁が発症する為、普通の生活がままなら無くなり特別に難病指定されて入退院を繰り返していた。
少年は自身を「モルモット」と揶揄していた。
少年は起き上がり自分の身体を確認した。病室でのジャージパジャマではなくポロシャツにカーゴパンツ姿、足元にはスニーカーだ。そして辺りを見渡した、小高い丘から海が見える、太陽もそちら側…南かな?右側は少し下っているので海におりれそうだ。左側は木が茂っていて森につながているようだ。
手にはタブレットを持っていた誰の物かわからないが起動してみると周りが明るすぎてよく見えず丘の端にある大きな木の下でタブレットを確認する事にした。
タブレット端末は初期設定が必要な様でチュートリアルを進めていく、やがて本人情報入力になり、はたと気付く名前が思い出せない事に……。
暫しの沈黙のあと、「エル」と名前を打ち込む。深い意味など無い。夢の中で自由に動けるのだ、起きる前にいっぱい動き回りたい。と、さっさと設定を終わらせて海辺を目指して丘を降っていく。丘から林の中を降って行くのに違和感を感じて思案しながら海辺に着いた。岩場の間に猫の額ほどの砂浜がある、満潮時は海に沈みそうだ。
「拠点には無理かな」少年エルは、隠れ家、基地、そんな憧れを叶えるべく辺りを見渡した。
【猫の額】と勝手に名付けた砂浜を後にして、隠れ家に値する場所を求めて彷徨うこと数時間…流石に違和感を覚える…。喉も渇くし腹も減る。 これは夢なのかと。
少量の山水が流れる沢を見つけて一休みする事にした。
生水は飲んだらダメと聞いたことがある、水が欲しい。お店か自動販売機あるかな?
あぁ財布…お金も無いか…。
気持ちが滅入るなか大きな木の幹にもたれ掛かると木の表皮が捲れ洞が見えた。幾度かの夢で見たことのある洞だ。もしも同じならあの中には……。
夢の夢、夢と現実、現実と夢。
何がどうなっているのかわからないが、今この時をどう生き残るか。
木の洞の中には予想通りシースナイフとベルト、ローブがあつた。ローブは鳥の巣の材料にされたみたいでボロボロになってローブとして使えそうにない。ベルトは埃まみれだがまぁ使えるし、ナイフは錆びもほぼ無く曇っているくらいで問題ない。どうもこの流れはサバイバルになってきた。
倒木に腰掛けタブレット端末でアプリのmapを起動する、丘から砂浜までの自分が歩いた経路を自分を中心に10メートル程しか表示されない。アプリを一旦閉じてよく見ると『マップを作ろう!』とあった。 伊能忠敬 かっ!
測量無しのオートマッピングは手間は掛からないが、全体地図がない。縮尺をタップしても動かない。分かるのは自分の歩いた足跡と方角だけ。足跡が交差し繋がりあった内側はmapが表示されたが、場所の特定や地名は表示されず現在地はわからずじまいだ。
『ハァー疲れた。これが現実なのだろうか?初めは楽しかったのになぁ、上手くいかないと楽しくないな。』
そんな時、チッチッチチと鳥の声が近くで聞こえてきた、よく見ると木の実をついばんでいる。近寄って鳥のついばんだ木の実を手に取り嗅いでみると、仄かに甘い香りがする手は青紫に染まってる、ブルーベリー?我慢できずに一口食べると、酸っぱ甘い!あぁー疲れた体にサイコーだー!
それから食べに食べた、もう、両手が真っ青になるくらい。
そうか、水筒も無いし木の実で水分補給をしよう。青く色が付いてよごれるのでポケットには入れたくないな…袋はないかな? そうだと思い、木の洞に戻ってボロボロのローブを取りに戻り沢のほとりで洗う。まぁ汚れは取れてもボロはボロだ、これを風呂敷代わりにしよう。無いよりマシだろう。
そんなこんなで五日が過ぎた。
さすがに夢なら目醒めるだろうが、目醒めないのは現実か!?
ボロのローブは寝る時のブランケット代わりに風呂敷にと活躍した。木の実もブルーベリーの他にも林檎やみかんもアケビも見つけた。植生がおかしく思うが食糧は貴重だ!
しかし、肉が恋しい…。
ここまで、雨にも降られず野宿していたが、屋根が欲しい!家とまでは言わない!先ずは屋根だ!
それと、少しでいいから話し相手が欲しい!この五日で歩き回ってみたけど寄って来るのは虫くらい、生き物は鳥しか見かけなかった。なので明日から探索範囲を拡げる事にした。
マップも順調に塗り潰して、新たな道を探索して行く。因みに海岸沿いは断崖絶壁で通れずあとは森に抜けるルートしか残っていない。
森に入るにあたり、木の実の補充は勿論のこと、硬い木の棒も用意した。
初めての冒険には必需品ですよね!
♢♢♢ 六日目の朝
森方面の探索をはじめる。
丘からすぐのところはまだ木洩れ日が清々しい、問題はそこから先…
だんだんと陽が翳り下草も縦横無尽に茂っている、獣道もみえないほどに。
「今まで獣らしい獣は見てないけど、熊とか居ないよな、ほんと勘弁してよ、やられる未来しか見えん」 少年エルは十歳にしては小柄で七歳くらいに見える、しかも入退院を繰り返して運動もしておらず華奢だ。ベットの上で学校の勉強や読書くらいしかすることがなかったので知識だけは歳のわりに豊富だ。所謂 頭でっかち だ。
この五日間もサバイバルの知識を駆使して海に潜り魚を突く為にナイフで木を削り銛を作り海に入ったら泳げず危うく溺れかけた。知識だけではいけない事を学びもした。
しかし、その知識のおかげもあり火おこしは出来て岩場に張り付いていたマツバガイなどの貝で少ないタンパク質を補ったりもした。
まぁそんな状態なので薄暗い森に入ると移動のペースは落ちた。そうビビっている、腰もこれでもかと言うくらい引けている。木の棒でブッシュを押さえ跳ね返ってくる枝や草にビビリながら…
「なんでこんな所に居るんだろう…これならベットの上に居る方が快適だ。自由がこんなに大変だなんて…」 少年エルは後悔した、「病院の看護師さん今まで我が儘言ってごめんなさい。」そう心の中で呟いた。
丘から真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいるが、もう戻ることも困難なほど進んでいる。「行くしかない!」そうおもうほどに。 やがて、
シャリーン、シャリーン、シャリーンと鈴の音が近づいてくる。
少年エルはビビって止まり、咄嗟に頭に浮かぶのは「逃げる」or「隠れる」。そう彼は闘う事は頭にない。なので考える。うん、うん、考えると、この音は何?と思い始め獣はこんな鈴の音は鳴らさないし人なら歩くのに草木を踏む音がする。少し隠れて様子を見る事にした。
シャリーン、シャリーン、シャリーン、 シャン。鈴の音が少年エルの近くで止まった。少年の心拍数は過去最高数値を記録した。
「 人の子よ、姿をみせよ。」
「は はい、」 バレている、少年エルはおそるおそる草木の裏から出てくる。
「 ほんに、 まだ子よのう、 ここは我の庭じゃ、 何をしておった?」
「はい、こ この奥の丘で目が醒めてから迷子になってしまい帰り方がわからないのです、ここは日本のどの辺りでしょうか?教えていただけませんか?」 少年エルは声の方に向くと声の主は眩しく輝き、まともに見ることができないそんな状態で答えた。
「 ほう、 いつ頃じゃ?」
「はい、今日で六日目です。」
「 何をしに、 どこに向かうのじゃ? この星は地球ではないがの。」
「えっ、地球じゃない!?どおりで おかしかったんだよなぁ、自分の名前が思い出せないんだから… 身体の調子も良いし…地球には戻れますかね?」
「 まぁ無理じゃろな。 それに、見たところ身体はこちらの星仕様じゃな。 地球ではその身体は辛かろう?」
ーーーー
ーーー
少年エルは眩しく輝くこの地の主人と話をして、自分の身体が地球仕様では無い事、この星と地球の違いなどを簡単に教えてもらった。そして、ここに住まわせて欲しいと頼むが断られ、代わりに案内人を遣わしてくださる事になった。
「 この森を抜けると人里があろう、この星を存分に愉しめよ! シャムよ、前に。 お主の修行に丁度良いのう、任せるぞ。」
「ハッ!御意!」 シャムと呼ばれた者は突然に姿が現れ片膝を着いている。
「 そう そう、 人の子よ オーパーツを持っておるな 使うのは 程々にの」
すると、話しは終わりとばかりに、シャリーン、シャリーン、シャリーンと遠ざかって行く。木々や草花はシャリーンと響くと道が出来て通り過ぎられると塞がる。まるで、海を割るモーゼのように。
少ししてシャムが「卒検かぁ…」と呟いた。
♢♢♢ 十一日目 相棒
「なぁシャム降りて!ちょっと休憩。」 修行者シャムは少年エルの頭に乗り、長い尻尾を器用に使い道無き道を案内していた。
「エル!頑張ったな!後半日ほどじゃないか?俺の脚ならな!」
修行者シャムは後ろ脚で立ちエルの風呂敷を漁ると、これこれと、ブルーベリーを三粒取り出し近くの切り株に座りムニュムニュ祝詞の様な言葉の後に食べていた。
「昨日も後半日ほどって言ってたじゃん!」
少年エルはちょっと膨れながらシャムに抗議するが、シャムはどこ吹く風。っ感じで相手にしない。
「俺は褒めて伸ばすタイプなんだ! それに悪い事ばかりじゃあ無いぜ。 この地の木の実はあの方の力が入っているから身体に耐性が付くし、そろそろエルも馴染む頃だろ?」
「……」
少年エルはジト目でシャムを伺うように見ていた。
「いや、ホントだってよ!俺もエルに何かあったら困るんだよ。」
「…だよね、卒検だっけ?他の方にはないの、卒検?」
「同期の中じゃ俺が1番だろ! 普段の卒検は教会の監視、まぁいろいろだけど結構邪魔くさいんよね。 そんで臨機応変に対応出来る俺が選ばれた感じだな! まぁ任しとけよエル!」
なんとも軽い感じのシャムだがエルに関しては本当の事で、この星に身体を慣らしておくこと、この地から離れた時に害的に対する耐性をつける為でもある。
シャムの同期の者達はあの後に各地区のそれぞれの監視対象者の元や特殊な者の案内人に配属されて行った。
シャムの同期だが、彼らは妖精で犬はクー・シー、猫はケット・シーとなる。シャムは三毛猫のケット・シーだ。妖精に雌雄の違いは無い。
♢♢♢十四日目 結界
「ちょい待ちエル!」 修行者シャムは少年エルの頭から降り続ける。
「後三歩先に行くとこの地ではなくなる。戻れなくなる前に荷物の確認だ。」 シャムはエルの風呂敷を漁りだす、そして道中に採取した物を見てエルを伺う。
「エル、今更だけどお金って知ってるかい?」
「おいおい、オレの居た星にもお金くらいあったさ!シャム! 持ってないけど。」
「やっぱし…。 じゃあお金に換金出来そうな薬草を少し摘んでいくか、この地で採取する物はランクが高いんだぜ! こっちだエル!」 修行者シャムは辺りをクンクン嗅ぐとさっさと歩き出した。少年エルは面食らうほど驚いた、この八日ほど一緒に行動して初めて先行して歩き出した。「なんだ歩けるじゃん」ってエルは心の中で叫んだ。そして遅れないようについて行く。
「こんなもんかな! そうだな薬草は少しだけ売ろうか、木の実はオヤツにしようぜ♪ よし!行こうぜ相棒!」 って、テンション高く言うシャムがいて、ついていけてないエルとの温度差は計り知れない。
「あれ!」 エルが振り返る。
「気付いただろ! もう結界の外さ。エル」 シャムがそう言うとエルは少し戻ってみる、しかし、そこはなんの変哲もない草むら、さっき感じたシュッポンと抜けるような感覚は無い。何度か試したがシュッポンは無かった。
「気が済んだら そろそろ行こうか、エル!」 そう言うとシャムは尻尾で方向を示す。
「なぁシャム、休憩しない?まだあんまり歩いてないけど疲れたよ。」
「そりゃそうさ。 あの方の地では眷属は力が増すのさ。」 シャムは得意そうに話す。
「俺も増えてたの?眷属だけなんでしょ?」 エルは不思議そうに聞く。
「あの方が一時滞在を認めてくれたから俺が付き添いで居るんだろ! でなきゃあの場で結界の外に飛ばされてるよ。物理的にね!」 ってシャムがウインクしてる。
「あんな穏やかな方がそんな事するの?」
「俺はまだ見たことないけれど、過去には何度か? 先輩が見たって言ってたよ。 エルは気付いてるだろ前世の異界で寿命を全うしたって、
まぁそれをあの方の所為にしてさ、ああしろこうしろとか、元に戻せとか、酷い奴は許してやるからこれを渡せとか、何様だよって、最近特に酷いんだよ!」 シャムは話しながらぷりぷり怒っている。
「そうなんだね……」
エルは(ラノベの影響では)と思ったがシャムに言うのはやめておいた。
「そんな奴等は…?」と聞くとシャムは
「まぁそれなりに。 希望を叶えてもらってたぜ!ちいと解釈に齟齬があったがな♪ 例えば、
杖を使えば魔法力最強の蛆虫に生まれ変われる特典が10連チャンだったり、もちろん記憶や意識を特別に引き継いだし特別だよ♪
そうそう王様にしろって奴がいてさ、なんど服を着ても全裸になっちゃう奴もいたな。エルの世界に居るんだろう、裸の王様って!変わってるよなぁ。こっちの世界じゃ貴族院が怒っちってクーデター起きてさ文字通り晒し首さ!中央広場に♪ 他にもさーーー」 めっちゃ饒舌なシャムに(裸の王様は子供の物語で本当は居ないよ、話しもちょっと違うし)って言えずに「日本は天皇制で王制の事は知らない」って言って胸がチクチクする、エルだった。
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