第5話「会話音痴と方向音痴」
威勢よく協力させてほしいと言ったはいいものの、ここは異世界。殊波には土地勘がまったくない。なので地形に関することはクラヴェ、聞き込み調査なんかは殊波の担当にしよう、と提案したのだが、返ってきたのは
「ごめんね、コトハ。私も、この国が初めてだから、よくわかんないや。でもでも、色んな人に聞けば、きっと見つかるよねっ」
という、なんとも頼りない答えだった。失くしてあそこまで取り乱すものを探しているのに、そこまで楽観的でいられるのは羨ましくもあったが、ここは自分がしっかりしなくては、と気合いを入れ直す殊波。
右には薄汚い小屋が並び、左には何にも使われていない空き地。かといって子供たちが遊んでいるわけでもなく、ただただ、空いた土地。
「っぱ子供が働かされてるってのは見てていい気分じゃねえよな……」
労働力として産まれてきた子供。働くこと以外のことをほとんど知らない。けれどそれしか知らないなら、本人は自分を不幸だと思っているのだろうか?そんな疑問が湧いてくる。幸福を知らないのなら不幸は感じない。知れば知るほど不幸になるというのが、この世界の仕組みなのではないか。それが殊波のいた世界でも、この異世界でも。
ここに来るまでに前を通った売店でも、子供が何人も働かされていた。その子はどれも手足が細く、飢えた目をしていた。
他人から奪え。でなければ奪われる。
そう、体に教え込まれて生きてきたのだろう。
「……それを知ったからって、どうにかできる力を俺は持ってません」
「何を知ったの?」
先程からぶつぶつと続く殊波の独り言が耳に入ってしまったのだろう、クラヴェは殊波の顔を覗き込むようにして尋ねる。
「色々とね」
適当にあしらわれたことが嫌だったのだろう、頬を膨らませて、
「色々ってなに?」
と食い下がらないクラヴェ。
「な、なんかすごい攻めてくるじゃん……」
「気になるもん」
「君が可愛いってことをね」
「それはもういいですーだ」
「もうちょい喜んだっていいんじゃない?」
何度も繰り返される言葉に、クラヴェは拗ねてぷいっと顔を逸らした。
手は固く握ったままだけれど。そして、その手は微かに震えている。それは、不安感の現れ。
「ネックレスの悪用って、そんなにーー」
「あー!ほら、あれおいしそう!あれあれ、食べよう?私お金持ってるから!」
殊波の言葉は、あからさまに大きく上げられた声によって遮られた。同時に、握っていた手も解かれ、その手は少し先の屋台を指差す。
「屋台……」
まばらに人とすれ違うだけの通りより、屋台の数だけ人のいるコロシアムの近くで聞き取りをした方が効率がいい。
不本意ではあるだろうけれど気付かせてくれたクラヴェに心の中で感謝を述べつつ、早足で屋台に向かっていったクラヴェを追いかける。
「ふぇ」
できるだけさりげなくを装って再び手を繋いだ。殊波は迷わないように、クラヴェは一人の協力者を文字通り手放さないために、力を込めてしっかりと握る。
「そうだよな、屋台の方で聞き込みをした方が早いよな」
「え、ええ、そうよ!もちろん私はそのつもりだったけどね!ちょっと都合の悪い話から逃げるためなんかじゃないんだから!」
「最後の一言でバレバレだよ」
人のフォローを見事に台無しにしてから、クラヴェは何故か得意げに大股ですぐそばの屋台まで行き、メニューを見てから、
「タコヤキ一つ、ソースでお願いします!」
と元気よく言った。すぐに舟に乗せられた六つのたこ焼きが殊波の方に渡され、クラヴェは銅貨を三枚店主に支払った。
「ふふん」
「……聞き込みは?」
「……ふぇぇ」
「忘れてたの!?」
「ぽっかり……でもでも、タコヤキは買えたよ!」
「はじめてのおつかい見てる気分だよ!」
マジで数歩歩いたら忘れやがった、この娘。距離感といいこの記憶力といいだいぶ心配になってきたぞ……。
と、殊波は違和感を覚えた。
「あ?タコヤキ?」
「うん。タコヤキがどうかした?」
「タコヤキって、中にたこが入った、あのタコヤキ?」
「そうよ。ほら、あーん」
「あー……あっづい!」
美少女に「あーん」をしてもらうという熱々な展開は、物理的な熱々で吹き飛ばされた。しかしこの食べてみたら予想以上に熱いという性質、それに味つけも、ほとんど元の世界のたこ焼きと同じだった。異世界で全く同じ材料を用意するのは難しかったのか、若干食感なんかは違ったけれど、地域で違うと言われれば納得出来るほどの違い。それほどまでに、よく再現されていた。
なんとかできたてのタコヤキを飲み込んで、頭の中を整理してから、クラヴェに尋ねる。
「このタコヤキ、どこが発祥なんだ?」
「タコヤキの発祥……えーと、最近見るようになったかな……確か、『日の国』で作られた、とか聞いた気がする」
「『日の国』……そこには、神社とか、あるのか?」
「私も行ったことがないからよく知らないんだけど……。その、ジンジャ?とか独特な文化が最近できてきてるってお勉強したわ」
「そっか……!そっか……っ」
「ーーコトハ、泣いてるの?もしかして、タコヤキ熱すぎた?」
「そんなんで泣くかよぉ……」
こちらに来てから、頑張ったねと慰めてくれるクラヴェはいたけれど、同じ境遇ではなかった。しかし彼女から、『日の国』という国の情報と、文化を教えてもらうことによって確信できた。
他にも、転移してきた者がいる。それがほぼ確定した。
「ーー独りぼっちで、よく頑張ったね」
頭に、彼女の掌が乗せられる。殊波のものより小さいけれど、柔らかく、そして何より、温かい手。その手を通して、体中に熱が伝わる。
頬を伝う涙に負けないくらい、熱く。
「それでも、私を助けようとしてくれて、ありがとう。コトハ」
ゆっくりと、撫でられる。
何も言わなくていいと、言うように。
全て肯定する、と言うように。
独りではないと知った殊波は、再び、少女に慰められていた。
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「さて!泣いていた少女を慰め励まし、ご飯も食べたところで、今度こそ聞き込み始めましょー!」
「なんだかすごく改れてる気がする……」
「まあまあ細かいことは置いておいて」
「私に二回も慰められたくせに、見栄張っちゃって」
「うぐぅ……」
二度も慰められて、しかも二回目は涙まで流したとあれば恥ずかしいどころの話ではない。ましてやこんな美少女に、それも会って数十分の。
「このことは秘密にしといてあげるから、元気出して」
「ありがとうございますぅ……」
クラヴェの優しさに、お礼を告げる。
今度こそ切り替えて、聞き込み再開。
まずは、先程タコヤキを買った屋台の店主。
「なーなーお兄ちゃん」
「どうした?号泣のお兄ちゃん」
「見られてたし最悪だな!」
他の店主より若く見える男は、意地の悪い笑みを浮かべて、殊波をおちょくってきた。
「お、お兄さん!あんまりコトハをいじめないであげてね」
「すまんすまん、あんまり泣いてるもんだから、ちょっちいじってみたくなっただけだよ」
「だいぶダメージデカかったけどな……」
「んで?どした、お二人さん。タコヤキのおかわりがほしいのか?」
「いや、今度は時間がある時にゆっくり食べさせてもらうよ。一つ聞きたいことがあって来たんだ」
「タコヤキ買ってもらったオマケに、知ってることなら話してやるぜ」
「助かる……ここら辺で、男三人組を見てないか?見るからに盗みしてそうだとか、可愛い女の子を路地裏に連れ込んでそうだ、みたいな」
「見ただけでわかるかねぇ、そんなの……あ、でも三人組といえば、そのコロッセオ管理してる奴等が有名だぜ」
「その人たちの名前とか、見た目までわかる?わかるとすごくすごく助かるんだけど……」
食い気味に聞き出そうとするクラヴェ。
「名前と見た目だけでいいならいくらでも教えられるぜ。一番体がでけえ男が、管理者兼バトル参加者のアル。ちなみに胸囲は120らしい」
「最後の情報は要らねえな……」
「手足が長い金髪の男はベクター。こいつはバトルに参加はしないが、裏のお仕事で荒稼ぎしてるらしい。ちなみに二回離婚してる」
「最後の情報は悲しいな……」
「んで三人目。一番背がちっちゃいやつは、シモン。こいつもバトルに参加するんだ。ちっせえから前の二人に比べると弱く見えるけど、こいつの剣の腕前は伊達じゃねえ。居合、ってのが厄介らしいぜ」
「最後の情報かっけぇな……」
全員に対して少しずつ要らぬ情報も、有益な上方も手に入れることができた。
三人組の男。そして当たり前の殺し。
そこで殊波の胸に、何かが引っかかる。情報と情報が結びついて一つになりそうになるのだが、そこまでは至らず漠然と疑問が体中を駆け回る。
「コトハ、大丈夫?ぼーっとしちゃって」
「ああ、うん。大丈夫……かな?」
うつむく殊波を心配してクラヴェが声をかけるが、見栄を張れるほど容量が多くない殊波には、もう少し時間が必要だった。
「なんで疑問形なのよ……」
「お?また泣くのか?」
「泣かねーよ!」
店主のおちょくりに反抗して、情報の提供に感謝してから、二人は店の前から立ち去った。
「三人の姿はわかったから、次はどうやって探して、どうやって返してもらうかを考えなきゃな」
「三人ともコロシアムの管理をしてるんなら、そこのコロシアムにいればいつかは会えるんじゃないかな?その後は、返してくださいってお願いして、必要ならお金を払って返してもらうの」
「話し合いに応じてくれそうな雰囲気じゃなかったけどなぁ……、お金はいくら持ってるの?」
「銀貨十枚」
「えっと…どれくらいの額がわかりやすく」
「さっきのタコヤキが33個買えるよっ」
「わあ魅力的」
思わずそう反応してしまったが、実際はそれ程でもないのでは?交渉相手はコロシアムの管理者で、裏稼業でも荒稼ぎしている。
そんな奴ら相手に、ネックレスを返す代わりのタコヤキ33個はいささか交渉材料として弱い。
「ないよりはマシだからなぁ……」
「なけなしのお小遣いです」
「まま、とりあえずコロシアムまで行ってみよう。気に触れるようなことしなきゃ、酷い目には合わないだろうし」
拾ったものを返すだけで、小銭を稼げるというのだから、相手としても悪くない話だろう。
そのための話し合いなど、昼下がりのコーヒーブレイクくらいなんでもないことのはずだ。
殊波とクラヴェは、コロシアムを見上げながら、向かって歩く。
手を繋いで、互いの弱さを舐め合うように。
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