夢の終わり
@moffu
第一章:夢の終わり
プロローグ
図書室で唯一、日差しが当たる窓際の席。僕がいつも座っていた席。
もし寂しいと思ったら、この席に座ったらいい。嫌なことは全部忘れるくらい……暖かい場所だから……。
それじゃあ……ごめん。それと、さようなら……。
第一章:夢の終り
「……な……優奈……」
誰かが私を呼んでいる。私は今何を……。ああ、そうか。懐かしい夢を見ていた。最近はよくあの夢を見るようになった。
「優奈、優奈ってば」
そうだ。誰かが私を呼んでいた。誰だっけ?
私は机に伏していた上体を起こして、長袖の袖を戻しながら、ゆっくりと目を開けた。
「優奈」
「雄樹、どうしたの?」
向かいの席から私を起こした彼の名前は篠原雄樹。一年くらい前から親交がある人だ。友達とは……いえるのかな?
彼が図書委員だった、高校一年の頃に私達は知り合った。
彼の話だと、ずっと机に突っ伏している私が心配だったそうで声をかけたとのことだ。私はただ寝ていただけだというのに。そのことを伝えたら、笑って謝った。何もおかしいことはないし、私は寝ていたのを起こされたので機嫌もよくない。第一印象最悪だった。
なのに彼はその後もしつこく私に話しかけてきた。っというか、図書室には他に人がいなくて私しか話し相手になれるものがいないのだ。私はそのたびにうんざりしていた。
そもそも私は内気な性格で人と話すことが苦手。だから一人で本を読んでいることが多い。そんな私に無遠慮に話しかけてくるこいつは、一体何がしたいんだと言いたくなる。まぁ言わないけど。
そんな感じで今回もまた、私を起こしたわけだ。
「いや、ずいぶんうなされたらさ。心配で」
「うなされ……? 記憶にないわ」
「そっか。それならごめん」
雄樹は困ったような顔で謝った。まぁ、一応お礼はしておくべきだろう。
「……心配される覚えもないけど。とりあえず御礼だけは言っておくわ。ありがとう」
「気にしないで!」
雄樹は私が謝ると、笑顔で返事をした。それが私には少しイラっとしたので、また寝ようと机に伏した。
「ちょっと!?」
この席……夢で何度も見るこの席は本当に居心地が良い。何か忘れてる気がするけど、じんわりと暖かくて寝心地の良いこの席の前では無意味。
「優奈、この前言ったこと、考えてくれた?」
「……?」
「今日は返事を聞きに着たんだけど」
「……なんの?」
「いやだから、この前の……」
雄樹はしどろもどろな様子で私に返事を迫った。
というか、何か約束みたいなことしてたっけ?
しばらく悩んでようやく思い出した。いつだったか、付き合わないかと聞かれたことがあった気がする。でも、あれは私が机に伏している時に言われたから本気だとは思ってない。いつもの軽い冗談だとかそんなものだと、適当にスルーしていた。
「本気?」
「本気だよ?」
私は机に伏したまま雄樹に独り言のように聞いてみた。雄樹もまた、独り言のように返事を返した。
私は今まで雄樹に冷たくあしらうような態度しかとっていない。だから好かれているとは微塵も思っていなかったわけで。
「……誰かにいじめられてるの?」
「なんで!?」
「私に声かけて、告白するまでが罰ゲーム?」
「そんなゲームしてないよ」
「……」
雄樹の顔をチラリと見ると、微笑みで返された。私はすぐに視線を外して、顔を隠した。
何度も言うが、私は内気だし人と話すことが苦手だ。だからこんなこと言われてもどうすればいいのかまるでわからない。
申し出は拒否することになるとは思っている。私は自尊心も低いから何がいいのかわからない。それに仮に付き合ったとして、何をすればいいのかもわからない。それに雄樹のことが好きかといわれると嫌いの部類だし。
ただもしここで拒否した場合……今後話しかけられることはなくなるかもしれない。……いや! 別に話しかけられるのを待ってるとかそういうわけでもないけど!
「優奈、外に出てみない?」
「……」
「優奈?」
「……。……え? 何?」
「外に出てみないかって。いつもこの席にいるからさ」
「わ、私は好きでこの場所にいるんだけど」
「知ってる。寝てるときの顔は、今みたいな、そんな顔してないから」
「ど、どういう顔……」
今まで寝顔を見られて恥ずかしいと思ったことはないが、今は無償に恥ずかしい。というか、他人の寝顔を見るなと言いたい。
「眼鏡の型がついてる顔」
「そういうのは言わなくていい」
本当なら眼鏡は外したい。でも私がそれをやると、眼鏡がなくなることがある。ど近眼の私にそれをやられると非常に困る。なので、私はいつも眼鏡はつけたまま寝ている。
……嫌な思い出だ。そのせいでやはり、雄樹の言葉も信じられないものがある。
「ん? なんか失言だった?」
「……いいえ」
「……ん? と、とりあえず、違う場所に行ってみない?」
「興味ない」
「そんなこと言わずに! 同じ場所ばかり見ているより楽しいって。俺に対する見方も変わるかもしれないでしょ?」
「……どういうこと?」
「わからないなら行ってみない?」
私に雄樹の良いところを見せたい……ということなのだろうか? 別に良いところなんて、外に出ても変わらないと思うけど。
まぁ今だけは、彼の口車に乗ってみるというのも、面白いかもしれない。
「……わかった。行くだけね」
「ほ、本当に!? ほんとにほんと!? 後でやめるとか無しだよ! 昇降口出たらとか、校門あたりでとか!」
「……。やっぱり――」
「よし! 早速行こう!」
雄樹は私の手を取って立ち上がる。私もそれに釣られて立ち上がった。雄樹はエスコートするように、図書室の扉の前で私を笑顔で待っている。
そのときふと、今受け付けの席にいる図書委員と目が合った。普段は私のように寝ている印象の強い、小さな彼と。というか、こちらをじっと見ているようだ。にらむように。その視線は私が図書室から出るまで続いた。
怪訝に思いながらも私は図書室を出た。
「この前学校の近場に、新しくアイス専門店ができたんだって。いろんな種類があるみたいだよ。そこに言ってみよ!」
「え!? ……え、ええ」
私は雄樹の言葉で現実に戻された。そして雄樹の後をしばらく付いて行った。いや、付いて行くしかできなくなった。
大通りに出ると、私は頭が真っ白になった。通りを歩く私は、異性と一緒に歩いているように見えるわけで。関係性がどうかはわからないけど、今のこの状態は周りから見れば、で、で、で…………。
いや違う! ただの買い物! そう、これは下校途中に気になった店で、友達の買い物に付き合ってあげているだけだから!
「そういえば優奈さ、いつもあの席に座ってるよね?」
「……。……へ?」
大通りをそれ、小道に入ると雄樹が話しかけてきた。
「図書室のあの席。窓側ってだけなら向かいの席でもいいと思うんだけど、何かあるの?クーラーも、あの席より僕がいつも座る向かいの席のほうが当たるしさ」
「……」
「……ん? ど、どうかした? 具合でも悪くなった?」
「……聞きたい?」
「え!? ぅ、うん?」
そうだ……私は彼と一緒にいられないんだ。
「私……幽霊が見えるの。幽霊の彼に教えてもらったの。あの席」
「え……」
「冗談じゃないから。本当だから……」
私は小さい頃から幽霊が見えていた。クラスの皆も初めは、口で馬鹿にするだけだったが、だんだん行動はエスカレート。最終的に私はいじめの対象になった。以来私は人と関わりを持つことをやめた。
雄樹にあんなことを言われて、調子が狂ってた。そう。私は雄樹と一緒にいられない。
「……私やっぱり戻る――」
「やっと……」
「え?」
「やっと君のことを話してくれたね」
雄樹は嬉しそうに、微笑みながら私に言った。
「今まで話すにしても、僕ばっかり話していたから、君にそういうものが見えるなんて知らなかったよ。っというわけで、続きはアイスでも食べながら聞き出すよ! 店はもう少しだから。確かこの小道をはさんだ向こう側の……」
そういって、彼は私の手を引いてまた歩き出した。
「……ぁ。雄樹――」
『優奈――』
私が雄樹に声をかけようとしたとき、何かが突然フラッシュバックした。いや、この記憶は……。
「……優奈?」
手を引く私がいきなり足を止めたところで雄樹は心配してこちらに駆け寄った。
『次は君の番だ。さようなら……優奈』
「優奈!」
「え!? ゆ、雄樹?」
「だ、大丈夫?」
「……ごめんなさい。急に……昔のことを思い出して」
「そ、そう? 近くに公園があるから今はそこに行こう」
「ご、ごめんなさい」
雄樹は私の手を引いて公園へ向かった。私は先ほどの記憶が脳裏に焼き、足取りもおぼつかないほどになっていた。
雄樹は私を公園のベンチに座らせ様子を伺う。
「……どう? 落ち着いた?」
「……ええ。ありがとう……」
「アイス専門店、近くだから買ってくるよ。冷たい物でも食べれば、気分も落ち着くかもしれないし。ここで待ってて」
「わ、わかった。なんか……ごめんなさい」
「気にしないで!」
雄樹は急いで公園を出ると、道路を挟み、路地へと消えていった。
私はその後ろ姿を目で追いながら見送った。そして視線を戻したとき、また記憶がフラッシュバックした。
「この公園……!?」
記憶をたどるように私はふらふらと立ち上がる。そして目の前に、当時の光景がよみがえった。
「――この公園……久しぶりだ」
「そうなの?」
「うん。最後に彼女と来て以来かな……」
「……。そう……」
「ありがとう優奈。君のおかげで僕は解放されるよ」
「え? い、逝っちゃうの?」
「こんな思いを君にさせるのは忍びないけれど……本当にありがとう」
「いいえ。私も楽しかった。ありがとう」
「せめて辛い……苦しい思いをしなくてもすむように。図書室の僕がいた、いつもの窓際の席。あの場所は暖かい光が差し込んで、気持ちよく眠れるから……そこにいるといい」
「……」
「それじゃあ……ごめん。それと……」
『さようなら』
――ぷあああーーーーんっ!
「……ぇ」
――どんっ!!
車の大きなクラクションが、耳鳴りのように響きながら途絶える。
そして私の意識は今に戻った。
「……ぇ?」
私は足が震え、その場にひざから崩れ落ちた。
「ぁ……あぁ……っ?」
うそ……。
「ぅぁ……あ……あっ!!?」
うそうそうそうそうそ!!??
「私は……こんな記憶――」
『幽霊の彼に教えてもらったの』
「……ぁ。……。……そっか。……。私……もう…………」
どれくらいの時間がたっただろう。あたりは既に薄暗くなっている。
私はブランコに乗って雄樹のことを待っていた。
「お待たせ! ごめん! 思ってよりも込んでで遅くなった!」
「……」
急いで来たのだろう。雄樹は肩で息をしながら、大粒の汗をかいている。そして手には、二つのアイスのカップ握られ、既に溶けかかっている。
「……ん? あぁ、ごめん。ほらアイス!」
私がアイスを見つめているのがわかったのか、雄樹は私にアイスを差し出した。
「……。ありがとう……。優しいのね。でも……受け取れないから」
「え?」
「私……死んでるから」
「……っ!」
「あなたも……幽霊が見えるのね」
「……ごめん。黙ってて」
「いいえ。私はあなたに出会えただけで運が良かった。じゃなきゃ、ずっとあのまま……眠っていたから」
雄樹は罰が悪そうに肩を落とす。そして私の隣のブランコに座った。
「……私、死んでたなんて全然気づかなかった。今は夏なのね……」
「……」
「小説とかだったら私……生き返られたかな?」
私はブランコから立ち上がった。そして公園を散歩しようと、雄樹に手を差し出し、一緒に歩くよう促した。
雄樹は私の手をとってくれた。
「私ね? 生きてた時、幽霊の彼がいた。幽霊と付き合ってるって……小説みたいで楽しかった。……こんなの夢物語だけだって思ってたから」
「そう……。私はそれからずっ……と、彼と夢を見ていた。彼と二人だけの世界で本当に……恋愛小説みたいで」
「でも『これ』は現実であって、小説ではなかった。幽霊の彼といたって、ハッピーエンドになるわけがなかった。彼がいなくなってすぐ……私は車に引かれた」
「彼はいなくなる前、彼は私に教えてくれた。死んだ後、嫌なことがあったら、あの窓際の席に行けば良いって。暖かくて安らぐ場所だからって」
「彼は私が死ぬことを知っていた。いいえ、彼が私を殺した」
私は、私が死んだ……最後の記憶の残るその場所で、彼が言った言葉の意味がようやくわかった。
『さよなら』の意味を。
彼は私を愛したわけではなかった。私も……ただその状況を楽しんでいただけなのだろう。
なら今の私の気持ちは?
私は正面から雄樹を見た。
私は……どうだったろうか。
短い時間しか一緒にはいなかったはず。それでも雄樹が一人で勝手に話していた内容は、ほとんど覚えている。
私は…………
「……。こんな……こんなことになるなら、あの人についていくんじゃなかった。そうして生きてさえいれば私は…………。私は雄樹と巡り合っていたかもしれないのに……」
「……」
「雄樹がもっと早く……私のとこへ来てくれたら――」
言い終わる前に、雄樹は私を抱きしめた。
あぁ、雄樹は私のことをどう思っているんだろう。そのことを聞くのは怖い。でもたぶん、あの時の私と同じだと思う。……それが良い。それで良い。
「……雄樹が私に、どういうつもりで近づいたのかは知らないけど」
「言ったよ。言った。今日その返事聞くつもりだって初めに言ったでしょ?」
「……そう、だった。でも私の返事はもう決まってる」
「……」
「ごめんなさい」
「んぐっ!? そ、そっか」
私は最初から、そう話すつもりだった。だから問題ない。
雄樹は私の返事を聞いて少し残念そうだった。そう、少し。
「あはは。ごめんなさい。私はもう満たされたから、逝かないと」
「ぁ……」
「あなたも、嫌なことがあったら私がいた窓際の席に行けばいいわ。あったかくて、心地いいから」
「確かに。君はいつも寝てたね」
「ふふ。そうね、それでよかった」
「……?」
「……それじゃあ私はそろそろ……」
「……うん」
私は雄樹から少し放れて別れを告げる。
「雄樹、私なんかのためにいろいろありがとう。私は雄樹のおかげで解放される。だから……ごめんなさい。……さようなら」
「……さようなら」
「……。さよならは私にじゃなくて……」
『あなたによ』
―ピカっ!
「え――」
―ぷあああーーーーー!!
『私は雄樹のおかげで解放される』
『彼は私が死ぬことを知っていた』
『幽霊の彼といたって、ハッピーエンドになるわけがなかった』
『これは現実』
『小説じゃない』
「く、車!? ぁしが動かな――」
「次は雄樹……」
「ゆうな――」
「あなたの番」
―どんっ!!
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