第76話 異なる建造場所
『ハッチ閉鎖確認。オールグリーン』
「メインエンジン始動」
『メインエンジン始動します』
ケンとアイリスのやりとりの間にソフィアがバードビル港湾局から離陸許可を得るとアイリス2はゆっくりと機体を浮上させ、100メートルで方向転換をするとそのまま宇宙に飛び出していった。
『バードビル成層圏を抜けました。レーダーに感知ありません』
バードビルでの納品を終えたケン達は長居をせずに荷下ろしが済むとすぐに離岸した。アイリス2のレーダーがフルレンジ、1,000万Kmを警戒している中成層圏を抜けるとそのまま巡航速度で星の影響圏を抜けたところで減速する。
「じゃあやろうか」
ケンの合図でアイリス2はバードビルの影響圏から100万Km離れた場所からバードビルの周囲を周る様に分速3万Kmのやや遅めの速度で移動を開始した。海賊がいるとしたらバードビル星への侵入路の反対側のエリアだろうと当たりをつけ、星の周囲を航海しながら背後に向かっていく。ソフィアはレーダー画面に目を向けたままだ。アイリスが全てをやってくれるとはいえ航海士としてレーダーを見るのは当然だと考えているソフィア。これもケンと長く船に乗っている内に身についた習性になっていた。
3時間程飛行した頃、船内にアイリスの声が響いた。
『レーダーに感知。座標593.800.577に4隻確認。距離1,000万Km。800メートルクラス2船、400メートルクラス2船。形状から艦隊と思われます』
「減速して停止」
『減速して停止します』
アイリス2が宇宙空間に停止するとケンがソフィアに顔を向けた。
「シエラのレーダーは1,000万Km、ただ輸出されている最大距離は500万Km。これで合ってるよな」
「その通り。固定基地は別にしてシエラの情報では我が星以外で500万Km以上の探索範囲を持っている宇宙船はいないわ」
「アイリス、700万Kmまで近づいて停止し、いつでも発進できる様に待機」
『分かりました。700万Kmまで近づきアイドリング状態で停止します』
1時間後、船尾を不審船に向けた状態でアイリス2が停止すると船側から2つの偵察用デブリ衛星が飛び出した。2つは距離を空けてゆっくりと海賊船が潜んでいる方向に進んでいく。
船内では2つの衛星に備え付けら得ているカメラの映像がモニターに映し出されていた。デブリが正常に起動しているのを確認したケン。
「アイリス、デブリのピックアップ地点に移動してくれ」
『わかりました。アイリス2を移動します』
放出したデブリを今度は回収するためにアイリス2はバードビル星を今来た方向とは反対方向に、つまりスタート地点に戻る様に星の周りを移動しさっきと星を挟んで反対側から海賊船まで700万Km地点に近づくとそこで船を停止させた。ケンがステルスモードをオンにした。これで万が一見つかっても船影がぼやけて見えるはずだ。
『ステルスモード稼働中です。衛星デブリ2機は予定通りのルートを移動中。海賊船撮影可能距離まであと3時間10分です』
新しく装備された偵察用デブリは問題なく動いている様だ。ステルスモードについてもこれは有効なカモフラージュになるだろう。
「ありがとう」
アイリスに礼を言ったケン、カメラの撮影距離になるまでまだ時間があるので先に飯でも食おうかとキッチンで食事をし食後のコーヒーを飲む2人。
「ケンも海賊を見たり遭遇したことはないのよね」
「幸いにしてね。前の船はオンボロだったから相手にされなかったとも言えるし余り危険な場所には行かなかったこともあると思うよ」
コーヒーを飲み終えた2人は船長席と航海士の席、つまり自分たちの席に座ると目の前にあるモニターに視線を向ける。モニターの隣にあるレーダーには海賊に近づいていくデブリ衛星の軌道が映し出されていた。
『デブリ撮影可能距離まであと5分です。計器類異常なし』
「OKだ。いい画像を撮ってくれよ」
それから5分後、モニターに海賊船の姿が映り始めた。800メートルクラスの上方に400メートルクラスが控えている。船体カラーは黒。当然船体IDなどの情報は一切書かれていない。
「どれもスピードが出そうな船だな」
『推定速度。400メートルクラスで分速42,000Km、800メートルクラスもほぼ同じと見られます』
「かなり強力なエンジンを積んでるってことね」
自分の席でモニターに写っている4隻を見ながらソフィアが言った。
「その分居住性は相当悪そうだ」
船側から撮影を始めている偵察デブリ、今はちょうど正面から4隻を捉えている。ケンが見ても相当武装しているのがわかる。あちこちにレーザー砲が設置されている。
「攻撃は全方位フルカバーか」
そう呟いた直後にアイリスが言った。
『90%以上の確率で400メートルクラスと800メートルクラスの建造場所が異なる可能性があります』
「なんだって?」
「どういうこと?」
ケンとソフィアが同時に声を出した。もっと詳しくわかるかというケンの質問が飛ぶと、
『400メートルクラスは90%以上の確率でバイーア第一惑星で生産されている艦船と共通点があります。800メートルクラスでバイーア第一惑星で生産される艦船との共通点は10%以下です』
「ブルックス星系以外で作られているという可能性は?」
ケンの質問を聞いたソフィアもその意味を瞬時に理解する。
『90%以上の確率でブルックス星系以外での製造と考えられます』
アイリスとやりとりをしている間もデブリの偵察衛星は4隻の海賊船の撮影を続けていた。
『1分後に撮影可能エリアから離れます』
「アイリス2はこの場で待機。海賊船と600万、いや700万Km離れたら偵察衛星を回収しよう。万が一800メートルクラスの探査範囲が広いとまずい」
『700万Km離れてから衛星2機を回収します』
「アイリス、もし4隻がこちらに動き出したら教えてくれるか。その場合はデブリ衛星を自爆させて離脱する」
指示が終わると座っている椅子の背に深くもたれたケンとそれを見ているソフィア。2人とも同じ事を考えていた。いやバイーア第一惑星で作られたものではなさそうだという言葉を聞くと誰でも1つしか想像しないだろう。
「乗組員がファジャルの可能性もありそうね」
「それは否定できないな。十分にあり得る」
飛行艇は製造する工場いや星系でクセがある。特にブルックス星系では今まで艦隊や船体のほとんどがその外装の製造をバイーア惑星群にある工場に依頼していたこともあり細部は別にして外観についてはどれも似たものが多い。
今回シエラが太陽系連邦軍と同盟を結んで彼らの艦隊製造技術を手に入れたがそれはバイーア惑星群で製造されるデザインとは似て非なるものになっている。この様に製造する場所や製造工場ごとに特徴があるわけでその特徴から大きく外れている船体デザインはブルックス星系内で製造されたと判断してよいだろう。ブルックス星系では今でも表面的には船体外殻はバイーア星が一手に引き受けているのだから。
『偵察デブリ、海賊船隊からの距離600万Km。さらに離れていきます』
「分速1万Kmにてランデブー地点まで移動。偵察衛星回収後は安全な場所からシエラ第3惑星にNWP」
この情報はすぐにシエラに報告した方が良いだろうと判断するケン。ソフィアはケンなら何も言わなくてもそうするだろうと思っていたので今の指示を聞くとすぐにシエラの情報部にNWPを使った緊急通信を送る。
『分速1万Kmにて移動します。偵察衛星2機回収は15分後。その後巡航速度で5分進んだ地点からNWPできます』
「OKだ。それでやってくれ」
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