第30話 55分
『巡航速度に入りました。通常ワープまで3時間55分です』
アイリスの声が聞こえると全員がシートベルトを外す。ソフィアは立ち上がるとキッチンでコーヒーを淹れる。その匂いに釣られて准将ら3人が後部のキッチンテーブルに移動していった。
ケンは船長席に座ったままモニターに表示される飛行データーを見ていた。
「デブリと宇宙風には気をつけてくれ」
『わかりました。ワープまでは今のところ問題ありません』
ケンの言葉にアイリスが答える。
准将らはコーヒーを飲みながらソフィアも入れて雑談をしていた。
「部屋も広いし、この船は我が軍の船よりも快適だぞ」
准将が言うと
「この広い個室は助かりますね。狭いとどうしても気が滅入りますから」
「確かに。部屋で仕事もできるしいい環境です」
准将、大佐や副部長もとりあえずは不満はなさそうだなと話を聞いていたケンが椅子から立ち上がってキッチンに近づいてきた。ソフィアが新しいコーヒーをケンに渡すと、ありがとうと受け取り、
「これは戦闘用の船じゃありませんからね。しっかりと居住性にも配慮して作られている。自分には過分なほど良い船ですよ」
「確かにこれは小型の輸送船だ。戦闘よりも荷物を安全に運ぶのを第一に考えられている。一見どこにでもある小型輸送船に見える。ところが実際はNWPエンジンを搭載している。さしずめ羊の皮を被った狼と言ったところかな」
准将がそう言うとアンが
「仮にだけどシエラから太陽系まで全てNWPで移動したとしたらどれくらいの時間がかかるの?」
と聞いてきた。
「アイリス」
ケンがそう言うと
『はい。シエラ第3惑星の成層圏を抜けてすぐにNWPをした場合、目的地付近到着までの時間は55分です』
55分と聞いてびっくりする4人。一方で准将はケンに顔を向けると、
「アイリスが即答したがそんなに簡単な計算じゃないと思うが?」
顔を向けてきた准将にその通りですと言うケン。
「ええ、普通なら複雑な演算をしますのでもう少し時間がかかるでしょう。ただ私の方から出港前の航路シュミレーションを打ち合わせしていた時にアイリスに対して今の副部長がされた質問と同じ質問をして事前に計算させましたので即答したということです」
准将や大佐はそれを聞いて内心でびっくりする。こちらの質問もある程度予測していたとは。彼は目の前にいるケンの先を読む能力の一旦を見た気がしていた。ケンの隣に座っているソフィアは彼の能力を知っているので驚きもしなかった。彼がいつもあらゆるパターンを検討しているのを知っているからだ。
「実際には無いケースも想定して事前に計算させていたの?」
「実際に無いとは自分は思っていません。今回は言わばお互いの顔見せでしょ?これから何度も打ち合わせがあると思うし、どこかのタイミングでシエラ政府がNWPのことを相手に開示するかもしれない。となるといずれNWPで移動しあって会うこともあるだろうと思ったのでアイリスに事前に計算させてみたんです」
アンは事前に情報部からケンの人となりやその能力についてレクチャーを受けていたが実際に会って話をすると一介の小口の運送屋をやっている男じゃないとその能力にびっくりする。
「確かにケンの言う通りね。これからの交渉の流れいかんではお互いに行き来する事態も十分に予想されるものね」
ケンの言葉に納得するアン。
「それにしても1時間掛からないのか。移動の常識が完全に覆っているな」
やりとりを聞いていた大佐が言った。NWPは通常の空間ではなく博士の言葉を借りると亜空間を高速で飛んで移動するという考え方だ。したがって航路上に星やデブリなどの障害物は全く無い。3次元上では存在していない空間を移動するので移動時間が大きく短縮できるということはここにいる皆が知っているがそれでも実際にその時間の差を聞くと驚いてしまう。
「時間があるときにいくつか予想されるパターンを出して事前に検討させておく。そうするといざという際に判断する時間が短縮される。俺はアイリス、AIをそう使っています」
道筋をつけるのは人間だとケンが言っていたという言葉を思い出す准将と大佐。
アイリス2は通常ワープを繰り返し、間に巡航飛行も入れて今はNWPポイントに向かって飛行していた。惑星から離れた航路を選んで飛んでいるので惑星政府からの問い合わせも来ない。
『NWPまで10分です』
機内にアイリスの声が流れると各自の部屋にいた3人が中2階に戻ってきた。
「10分間NWPします。その後は通常の航路を飛び通常のワープを繰り返し10日後に2度目のNWPになります。今回はNWPはこの2度だけですね。2度目のNWPは20分間の予定。あとは通常の飛行で現地に向かいます。今の所現地到着時間に変更はなし」
全員が揃うとケンが言った。
「機体の運航はケンに任せている。予定通りに到着してくれるのならこちらはそれ以外には何も言わないよ」
准将の言葉に頷くケン。飲んでいたコーヒーカップをソフィアに渡すと船長席に座ってシートベルトを締める。
「アイリス、NWPエンジンのチェックを」
しばらくして
『エンジンに異常なし。NWPに支障となる箇所はありません』
「了解」
『NWP3分前』
全員がシートベルトを締め直した。
『10秒前… 3、2、1ニューワープ』
アイリスの声と同時にGが一瞬掛かり、同時に窓の外の風景が消えた。通常のワープと違い亜空間を飛ぶNWPでは外は漆黒の世界だ。何もない、何も見えない中を猛スピードで機体が飛んでいく。
Gがかかるのはワープインの時だけだが何が起こるかわからない、不測の事態に備えてワープ中はシートベルトをしたままで着席している5人。
ケンは前にあるモニターを見ており、ソフィアは軽く目を閉じていた。背後の3人は正面のガラス越しに真っ黒な空間を見るともなく見ている。
『機体に異常なし』
「OKだ。あと5分だな」
『はい。NWPワープアウト時に再びかすかにGがかかります』
その言葉にシートベルトの再確認をする3人。
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