第20話 アナログ

「街はどうだった?」


 アイリス2のメインルームの奥にあるキッチンのテーブルで夕食を食べながらケンが顔を上げてテーブルの向かい側に座っているソフィアの顔を見る。


「シエラの田舎町って感じ。リンツの後に来たせいかのんびりしてる様に見えたわよ」


 皿の上の食事をスプーンで口に運びながらソフィアが言う。今日の夕食はソフィアが外で買ってきたサマラ星料理だ。


「その理解であってるよ。この星は天文台の設置場所として星の半分近くを差し出している見返りに毎年膨大な土地利用料、報酬だな。それを銀河連邦からもらっている。そのせいか住民はあくせくしていなくてのんびりと農業なんかをやる人が多いらしい。そのおかげで飯は美味いだろ?」


「本当ね。野菜もお肉もとても美味しい」


 そう言って目の前にある皿に手を伸ばす2人。ここサマラ星はブルックス星系でも有名なグルメ惑星だ。


「船の点検は終わったの?」


 食事を終えてコーヒーを淹れたソフィアがカップの1つをケンの座っているテーブルの上に置いて聞いた。ケンは礼を言い、


「船の外側はな。明日は内部を点検してそれから外で食料と水の買い出し。ここの食材はしっかりと買い込むつもりなんだよ。美味しいからね。それで明後日には出港予定だ」


「次の仕事が決まったのね?」


 ソフィアに聞かれたケンは次の仕事を説明していく。約6日で第8惑星についてそこで荷物を積んでそこから目的地のロデス星まで25日ほど。途中に危ない場所はない。


「サマラ星に来てそのままそう遠くない場所にあるバイーア惑星群の仕事があったのね。ケンの読み通りじゃない」


「いつも上手くいくとは限らないけどな。今回は上手くいったよ」


 船を効率よく運用できそうなのでケンの表情も明るい。


「バイーア惑星群は有名よね。私の星も取引してるし」


「このブルックス星系でバイーアの世話になってない星はないだろう。俺も仕事で何度も行っている。ただ俺はあの星ではいつも船から降りないことにしている」


 どういうこと?という目でケンを見るソフィア。ケンはコーヒーを一口飲むと口を開いた。


「あの惑星群は重工業で成り立ってる星達だ。8つの惑星のそこらかしこに色んな工場がある。もちろんあの星の工場は法に則った環境対応はしてるんだがそれでもやっぱり空気が悪いんじゃないかと思ってるんだ。特にこのサマラの後に行くと顕著にわかる。あそこは空気が違うというか何か独特の匂いがしているんだよ」


「空気の浄化が追いついていないってことなの?」


 首を傾けるソフィア。


「それが不思議でさ。計測すると毎回CLEANって出るらしんだよ。数値は全て正常の範囲内だ。でも俺は違うと感じている。なのであの星に行っても基本船から出ない様にしてる。まぁあくまで俺個人の感覚だけどな」


 この時代ほとんど全ての人はAIを信じ、機械の数値を信じている。AIが間違える確率はほぼ0だと言うことを知っているからだ。


 ケンと知り合うまでのソフィアもそうだった。AIやPCが計算して出した数字を疑ったことはない。自分達の行動基準や判断基準はAI、PCが計算した結果に基づいて判断していたと行っても過言ではない。


 ところがケンと知り合ってそれだけじゃないってことに気がついた。ケンはアナログとも言える行動を好む。AIがOKを出しても自分で確認しそして一見無駄にしか思えない様な会話を楽しんでいる。最初はなんでそんなことをするのだろうと思っていたがこの船に乗ってケンと一緒に動き始めてそうした一見無駄に見える行為や会話も極めて重要であることを理解しはじめていた。


 AIやPCはデータを入れれば瞬時に計算してくれる。ただこの世界には数字化できないデータが山ほどあり、それの中にはとても重要な情報が埋もれているんだと気づいたソフィア。


 ケンはそれを感覚的に理解しているのだろうか。それとも地球人というのは元々よりそういう考え方をする人が多いんだろうか。


「どうした?黙って」


 ソフィアが考えているとケンの声が聞こえた。ソフィアはケンに顔を向けると、


「ううん、ケンがそう感じるのなら私もその匂いというか空気を味わってみてみたいと思ってたの」


「あくまで俺の感覚的なものかも知れないけどな。でも俺はそれを大事にしている。ソフィアがどう感じたのか後で教えてくれよ」


 それだ。データでは決してわからない感覚。ケンはそれを非常に大事にしている。そしてその感覚を感じる感性が優れているのだ。ソフィアはそう思った。そんなソフィアの胸の内を見透かした様にケンが言う。


「AIやコンピューターは優秀だよ。でも万能じゃない。道筋を作ってあげたらAIはその能力を発揮する。ただその道筋を作るのは人間の仕事だと俺は思ってるのさ」


 そう言ってから天井に顔を向けて


「決してアイリスを蔑ろにしてる訳じゃないからな」


『わかっています。ケンが大きな方針を出していただければそれをフォローするのも私の役目だと理解しています』


「その通り。そして俺が間違っていると思ったらその時は遠慮なく言ってくれよな」


『わかりました。ただこの船に乗ってからケンは今まで間違った指示を出していませんよ』


「これからあるかも知れないぜ」


『その時は遠慮なく言わせていただきます』


「頼むよ」


 アイリスとのやりとりを聞いていたソフィア。


 今までに会ったことがない人間ね。シュバイツ准将やスコット大佐が只者じゃないって言ってたけどこうして身近にいると彼らの言葉が頷けるわ。ただの運送屋にしておくには勿体無いほどの逸材。相当切れるとは感じていたけど相当どころじゃないかも知れない。


 アイリスはそう思うと手に持っていたコーヒーの入っているカップを口元に運んだ。

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