第36話 カミカゼアタック
外壁の上に砲弾を運ぶ者、壁の崩れた部分を補強する者、負傷した者の救護をする者。
突如現れた〈海魔〉の襲撃を受けた西門付近では、【局】職員や開拓者、果ては街を守ろうと西地区中から集まって来た民間人までもが一丸となって奔走していた。
断続的に響く砲音や、怒鳴るような指示の声などが飛び交い、門前広場はまさに戦場の様相を呈している。
「改めて見ても……なんて大きさなのかしら」
【局】からの緊急通信を受けてノアに戻るや、流れるように西門付近の迎撃部隊に合流したケラミーは、崩落した外壁の向こう、深い谷の間を塞ぐような格好で蠢く異形に唾を飲み込む。
「どうなってやがる。なんであんなデカブツが急に、しかも哨戒部隊の目を盗んでこんなノア近くに出てこれるんだ? いやまぁ、哨戒をサボってたオレたちが言うのもなんだがよ」
「『渓谷の壁の中からいきなり飛び出してきた』らしいわよ、西門の職員が言うには。どうやら地中を通って追いかけてきたみたい。あの大きさでも〈鎧獣〉だからマップには映らないし、そりゃあ哨戒部隊も気付かない訳よね」
「マジで? モグラかよあいつぁ!」
「ケラミー、ダルダノ」
名前を呼ぶ声に、ケラミーたちは振り返る。背後にいたのはデュークだった。
「状況は?」
「見ての通りよ。現れた〈海魔〉は一定の距離を開けて、ノアを襲撃してきているわ」
「前回のことでいらん知恵を付けやがったんだろうな。遠間から岩を投げつけたりしてくるばっかりで、〈爆噴霧〉の射程範囲に全然入って来ようとしねぇ」
ダルダノが唸り、ケラミーも眉間に皺を寄せた。
損傷した機関部の修理はまだ終わっていないという。離脱も、〈爆噴霧〉を当てるための接近も、今のノアには難しい。
つまり現状、ケラミーたちには〈海魔〉本体や飛んで来る岩を壁上砲で迎え撃つしか手がない状況である。
しかし、あの鎧の如き強固な外皮の防御力を前にしては、それもどれほど効果が出ていることか。
「気を付けろ! またアレが来るぞー!」
叫び声に振り返ったケラミーたちの先で、怪物はそのおぞましい黒い触手をしきりにくねらせる。
次には数十本もあった触手を粘土のようにして束ね、一際太い一本にすれば、
『ブブブブォォォォォッッ!』
それをまるで一本の槍のようにしてぐぅんと伸ばし、迎撃陣を敷く西門広場目掛けて突き刺してきた。
「壁上砲一番から六番、一斉射! 撃てぇ!」
咄嗟に身をかがめたケラミーたちの頭上で、雷鳴のような轟音とともに複数発の砲台が火を噴く。
集中砲火を受けた触手は辛うじて軌道を逸らされ、それでも鋼鉄の外壁の表面を深々と抉ると、緩慢とした動きで本体へと戻り再び数十本の触手にばらけていった。
「……この一撃が厄介なの。壊れた西門も、さっきのでやられたそうよ」
「近付けねぇし、かといって撃ち合いでも攻め切れねぇしなぁ。まったくどうすりゃいいんだか」
唇を噛んで〈海魔〉を睨みつけていたケラミーは、けれど改めて目をやったデュークの、その何やら物々しい装いに気付いて眉をひそめた。
「デューク? あなた、さっきミグロッサ先生の診療所に寄るって言って、一旦別行動したんじゃないの? そんな厳重な装備、一体どこから持って来たのよ?」
デュークの傍らには、一台の大型二輪車。その荷台には、何かが入っているらしい大きな木箱が固定されている。
そしてデューク自身の方もいつもの開拓者装備一式に加えて、何やら一抱えもある大型銃のようなものを二挺、背負うようにして体に括りつけていた。
「お前……その背中のはウチにあったやつじゃねぇか?」
「うん。ごめんダルダノ。これ借りていくよ」
「お? おう、そりゃあ別に良いんだがよ。でもそれ、例の新兵器のグレランだろ? そんな試作品持ち出して、一体何をおっ始めようってんだ?」
「助けに行く」
「は? どこに? 誰を?」
「ピュラがあそこにいるんだ」
デュークが指差す先には、依然として暴虐の限りを尽くしている、異形の怪物。
少年の言葉の意味を瞬時には理解できなかったケラミーは、一拍遅れて驚愕の表情でデュークに詰め寄った。
「ど、どういうことなの⁉ なんでピュラちゃんがあんな所にいるのよ!」
「今は説明している暇が無い」
言って、デュークは首元のゴーグルを装着してやにわに二輪車にまたがると。
「デューク! 待ちなさ――」
ケラミーの静止の声をけたたましいエンジン音でかき消し、そのまま壊れた西門から岩と砲弾飛び交う荒野へと飛び出した。
「なっ! あの馬鹿、一人でヤツの懐に突っ込むつもりか!?」
「何考えてるの! 戻って来なさい、デューク!」
慌てて壁際まで走り寄って叫ぶケラミーたちの声は、しかし、〈海魔〉目掛けて二輪車を駆り、既にはるか遠くを疾駆するデュークの耳には届かなかった。
※ ※ ※
『ブブブォ、ブブウウォ!』
〈海魔〉がその巨体を揺り動かして咆哮する。
不意に現れた、自らに向かって真っ直ぐに猛進する深緑の影に気が付いたのか。
異形の怪物はそこでノアへの攻撃の手を緩めると、代わりに岩石の雨あられを疾走するデューク目掛けてばら撒いた。
右へ左へと車体を振り、紙一重の所で攻撃を躱していくデューク。それを嘲笑うかのように、さながら流星群のような岩石が休むことなく降り注いで来る。
そのおびただしい物量に、とうとう降り注ぐ岩石の一つが二輪車もろとも、デュークの体を貫いて木っ端微塵に━━
「……ふんっ!」
できない。
デュークは瞬時に背中のグレネードランチャーを片手で構え、岩石めがけて撃つ。
飛び出した、何やら特殊な円盤型をした榴弾が、磁石のようにして目前まで迫っていた岩に吸い付気。
ドコンッ!
次の瞬間、派手な爆発音と共に木っ端微塵になったのは岩塊の方だった。
顔に降りかかる砂クズを頭を振って払い落とし、デュークは尚も突き進む。そこに押し寄せる第二波、第三波。
躱し切れずに飛んで来る岩に、デュークは二発目、三発目を撃ち込んでいく。
ダルダノ謹製の特殊榴弾がドカンッ、ドカンッ、と迫りくる岩石の悉くを土くれに帰していった。
(あと十発……ギリギリ、か)
脇に構えたグレネードランチャーの、ちょうど十発目を撃ち終えたところで。
デュークはそれを地面へ放り捨て、残った一挺の銃口を再び上空に向けた。
迫りくる岩石群を突っ切りながら、デュークは六角レンズ越しに前方を鋭く見据える。
大型帆船ほどに見えていた〈海魔〉が、いつの間にか巨大戦艦の如き大きさでもってそこにいた。
『ボオオオォォォォアアァァァァァッ!』
デュークはいよいよ、〈海魔〉の触手の射程圏内にまで踏み込んだらしい。
一際大きく戦慄いた怪物は、相変わらずの岩石爆撃に加え、不気味にうねる触腕をでたらめに叩きつけてくる。
「ぐっ……!?」
岩とは違い、はっきりとした意志を持って襲い掛かってくる触手はさながら執念深い大蛇のようで、デュークがいくら躱そうともしつこく追いかけて来る。
迎撃するほか道はなく、二挺目のグレネードランチャーを撃ち尽くしてしまうまでには、そう時間は掛からなかった。
(くっ、弾切れか……!)
〈海魔〉の本体まであと数キロを残して、とうとうデュークには対空手段がなくなった。
空の二挺目を放るデュークに、無慈悲にもごつごつとした触手が振り下ろされる。
すぐ背後まで忍び寄る死神の鎌の気配に、デュークは砂まみれの顔に一筋の汗を伝わらせた。
それでも。
「はぁっ!」
デュークは、止まらない。
瞬きにも満たない短い躊躇のあと、デュークは土煙を切り裂いてブレードを振り抜く。
赤々とした光で尾を引く高熱の刀身が、砲弾をも弾く堅牢な触腕の先端を一瞬で斬り飛ばした。
ぶつ切りにされた先端がそれでもまだうねうねとのたくるのを横目に、デュークは一気に〈海魔〉との距離を詰める。
上下左右前後、あらゆる角度からこちらをすり潰さんと伸びて来る触手を次々になで斬りにしていき。
「━━ピュラ!」
ついにデュークは、眼前に立ちはだかる要塞のような〈海魔〉の、そのちょうど欠けた目玉の辺りで、風になびくスカーレットの色を目に捉えた。
敵の予想外にしぶといことに焦りを覚えたのか、気が付けばほんの目と鼻の先にまで接近していたデュークを薙ぎ払おうと、〈海魔〉の触手がほぼ全勢力で乱れ打たれる。
四方八方、加えて複数個所からほとんど同時に肉薄してくる鎧の柱。
脳が焼き切れるほどの凄まじい集中力と精神力でそれらを切り伏せ、あるいはいなすことで、デュークは辛うじて直撃を避けていく。
だが、体を掠める触手や飛び散る堅殻の欠片によって、デュークの全身は少しずつ傷を増やしていく。
触手と打ち合う度に、デュークの体のあちこちから鮮血が噴き出した。
そして、その摩耗はけしてデュークの肉体だけではなく。
(……よく、もってくれた)
バキンッ、という甲高い音に続き、デュークの視界の隅で何かが宙を舞う。
中心の辺りから真っ二つに折れた、ブレードの刀身だった。
「……助かった」
自らの生命の終わりを示すように、ゆっくりと橙色の輝きを薄れさせていくその刀身に、デュークは呟いた。
「ありがとう、〈ファイアストーム〉」
いよいよもって丸腰になったデュークを飲み込もうと、〈海魔〉が足元に隠していた凶悪な円口を大きく開ける。
視界を覆い尽くす、不気味に黄ばんだ無数のノコギリ歯に突っ込んでいくデュークに、怪物は見上げるほどの巨躯をぶるぶると蠕動させてのしかかった。
「お前の餌は、俺じゃない」
刹那、地獄の釜へと猛進するバイクを踏み台に、デュークは跳ね飛んだ。
操縦者を失い、荷台に固定された木箱のみを残した二輪車は、走るスピードそのままに真っ直ぐ突き進む。
「……プレゼントだ。よく味わえ」
果たして、木箱を乗せた二輪車は化け物の腹の中へと消え去った。
一方、宙に躍り出たデュークは〈海魔〉の鼻っ面の辺りに飛び乗ると、渾身の力でそこへしがみつく。
顔を上げれば、すぐ上空、もうあと僅かで手が届く場所で、見慣れたスカーレットの髪が揺れていた。
「いま行くよ━━ピュラ」
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