第5話 探し物

 ノア下層第九区の片隅にひっそりと居を構える、一軒のバラック。


 半ばガラクタの山に埋もれた格好のそのバラックに近付き、デュークはおもむろに鉄製の扉を押し開ける。


 扉の向こうには、外と同じくあちこちに大小様々なパイプが這っている手狭な空間が広がっていた。


 奥には何やらごちゃごちゃとした機械類が設置された作業台があり、その手前には、部屋の入り口部分と作業台とを隔てるように、一台のカウンターが置かれている。


 カンカンカン。


 今は誰もいないその作業台を前に、デュークは足元に転がっていたレンチを手に取り、呼び鈴代わりに近くの鉄パイプを軽く叩いた。


「はいはいはい、今行くからそうかしなさんなって!」


 部屋の奥から響いていた何某かの機械音が鳴り止み、作業台のさらに奥から横柄な声が返ってくる。


 やがて部屋の奥から姿を現したのは、すすや機械油まみれの作業着に身を包んだ壮年の男だった。


「畜生、やっぱ調子悪ぃ。さすがにギアの寿命かな……って、おお! デュークじゃねぇか!」


 まくった袖からのぞくがっしりした二の腕や厚い胸板がいかつい印象を与える大男、ダルダノは、その無頼漢然とした強面に似合わぬ少年の笑みを浮かべた。


「待ってたぜ。しっかしよぉ、婆さんの酒場に寄っただけにしちゃあ遅かったじゃねぇの。ひょっとして、婆さんトコでいい女でも見つけて口説いてたのか、え?」

「…………」

「おい冗談だって! 少しは笑えよ、せっかくの二枚目が持ち腐れだぜ?」


 眉一つ動かさないデュークに、ダルダノは自分のたてがみのような茶髪をかき上げて悪びれる様子もなくガハハと笑った。


「点検、よろしく」

「あいよ。さてと、ほんじゃちょっくら失礼して……」


 デュークが腰のブレードをカウンターに置くと、ダルダノはそれを作業台の上に乗せた。


 額のゴーグルを装着し、刀身や蒸気の排出弁、柄に組み込まれた細かな機械など、ダルダノはブレードを隅々まで観察しては、見事な器用さで必要な個所の調整を施していく。


 がさつな態度に反して繊細かつ的確な機械いじりの腕に、デュークは内心あらためて、ダルダノのジャンク屋としての能力の高さに感心した。


「おっ、液体フェネルが減ってるな。ってことは、今日の探索でさっそく使ったようだな、この〈ファイアストーム〉を!」


 ブレードの柄から黄色い液体が入ったカートリッジを抜き、ダルダノはニヤリとする。


「で、どうだった? 新しいブレードの使い心地はよ。何か問題はあったか? オレとしちゃあ、ラジエータ周りをもう少し改良してみたいと思ってるんだが」


 なにやら期待に満ちた眼差しで、ダルダノは問い掛けてくる。


 まるで何か問題があった方がいいとでも言いたげなその表情に、デュークはゆっくりと首を振った。


 ここ数日で何度か活躍の機会があったが、特に改良の余地があるようには感じなかった。むしろ、ダルダノが今までに製作してくれた近接武器の中では一番使いやすく感じたほどだ。



「む、そうか。なら今日のところは液体フェネルの補充と、簡単なメンテで済ましとくぜ」


 残念そうに唇を尖らせ、それからダルダノは気を取り直してパンッと手を合わせた。


「さて、そんじゃそろそろ戦利品の確認といこうや。出してみな」


 促され、デュークは膨らんだウエストポーチの中身をカウンターに広げた。


 カラコロと小気味よい音を立てて転がり出てくるのは、今日の探索でかき集めた鉱石の数々だ。


 全部のポーチが空になる頃には、カウンターの上で鉱石の小山が築かれる。


「ヒュー、こいつはたまげた。今日はまた随分と大漁じゃあねぇか」


 小山から取り出したカラフルな鉱石たちをゴーグル越しに一つ一つ鑑定しながら、ダルダノはうきうきした様子で声を弾ませた。


「……質も悪くない。へっへっへ、これでまた色々と面白い仕事ができるってなもんだ。いやぁ、これだから未開拓地は最高だぜ! 本国じゃなかなかお目に掛かれない素材が、こうして鶏の卵みたいに、毎日簡単に手に入るんだからよ!」


 ごつごつした手のひらで鉱石を弄び、さながら玩具を買い与えられた子どもみたいにはしゃぐダルダノ。


 翻ってデュークはというと、そんなダルダノとは対照的に、ぼーっとカウンターの上を見つめるだけだった。


「おいどうしたよ、デューク? 難しい顔しちまって」

「……四年」

「おん?」

「もう、四年経つ」

「急に何の話を……ああ、そうか。そういや今年ももうそろそろだったよな、ノア竣工の記念祭」


 ダルダノは腕を組み、感慨深げにうんうんと頷く。


「そうか、この移動都市も出航からもう四周年か。そりゃうちのメカどももガタが来るし、あん時のチビが今じゃこんなに立派にもなるわけだ。まったく時の流れってのは早いよなぁ、デューク?」


 冗談めかして笑うダルダノの言葉に頷きながら、しかしデュークはその事実をあまり歓迎してはいなかった。


「本当に、早い」


 浮かない顔付きを見かねたのか、ダルダノもそれまでの気楽な態度を一旦脇に置いた。


「そうか。まだ見つからないんだな、お前の『探し物』は。何て言ったかな、その、あれだよ、えっと」

「――〈旧文明遺産オールド〉」


 デュークの答えに、ダルダノは太い指をパチンと鳴らした。


「そう! それだ、それ。とにかくまぁ、そう簡単に見つかるようなもんじゃねぇってのは、お前が一番わかってるんだろ? お前、今いくつになった?」

「……17、だけど」

「はっ、そんじゃまだ充分に時間はあるじゃねぇか。若い身空みそらでそう思いつめるなよ。もうちっと気長に構えてりゃ、案外そのうちあっさりと見つかったりするもんだって」


 ダルダノはやれやれと肩を竦め、それからもうこの話には興味が失せたとばかりに、途中だったブレードのメンテナンスに手をつけはじめた。


 何か言おうとして開きかけた口を、けれどデュークは再び噤む。黙って首を左右に振り、話を仕事のことに戻した。


「明日は、夜まで外にいようと思う」

「夜までか。結構な長丁場だな」

「装備を頼むよ」

「はいはい、任せときな。いつもの遠出用セットに色々足しといてやるからよ。液体フェネルの予備カートリッジも三つくらい用意しとくかな……っと、ほらよ! 一丁上がりだ」


 二つ返事で了承しつつ、ダルダノはメンテナンスを終えたブレードを鞘に納めて、ニカッと白い歯を見せた。


 手渡されたそれを受け取ろうとデュークは手を掛けるが、どういう訳かブレードはピクリとも動こうとしない。


 何度か押したり引いたりしている内に、それはダルダノがブレードを差し出す手に力を入れて手放そうとしないからだということに気付き、デュークはゆっくりと視線を上げる。


 眼前のジャンク屋は、浮かべていた笑顔をいたずら小僧のそれに変えていた。


「いやまぁ、その代わりと言っちゃあアレだが、今回もお前に頼みたい『テスト』があるんだ。ほら、例の新兵器だよ。もちろん引き受けてくれるよな?」


 そういうことか、と短く息を吐いてから、デュークは鷹揚に頷いた。


 デュークとこのダルダノというジャンク屋とは、かれこれノアが本国を出発したときからの付き合いになる。


 ノアの開拓者としてはまだ駆け出しだった頃。少ない資金で荒野探索の装備を工面する必要に迫られたデュークが、玉石混淆ぎょくせきこんこうの安いジャンク品を漁ってノア中を歩き回った末に出会ったのが、この熊みたいな男だった。


 以来、デュークは探索装備のほとんどを彼に頼んで格安で用意してもらっているのだが、引き換えにデュークの方も、ダルダノに様々な協力を依頼されていた。


 ダルダノが日々研究、開発をする装備品の実践テストも、その内の一つだ。


「今回は何を?」

「おう! 今度のはすげぇぞ? 改造榴弾のグレネードランチャーだ。マラカイボ鉛の帯電性質をヒューマタイトで増強して、小規模な磁力操作を……おっと、マジかよ」


 くだんの新兵器とやらについて嬉々とした語り始めたダルダノは、けれどそこで唐突にがっかりした顔で天を仰いだ。


「参ったねこりゃ。間の悪いことにが来ちまったようだぜ」


 首を傾げるデュークの背後を指差し、ダルダノが溜息を吐く。


「──『間の悪い』とはご挨拶ね」


 デュークが後ろを振り返るのとほぼ同時、さながら獣の穴ぐらの様相を呈しているダルダノの工房には似合わない、凛とした声が響く。


「いつ店に来るかなんて、客の自由なはずでしょう?」


 果たして、デュークの振り返った先にいたのは、一人の若い女性だった。

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