マッスルフィナーレを飾る花束3

月井 忠

第1話 ヒャッハー!

 20XX年。

 世界は筋肉の炎につつまれた!


 東京湾は枯れ、関東平野は裂け、あらゆる生命体が絶滅したかにみえた。

 だが、筋肉は死滅していなかった!




 と、最初に会ったお爺さんはナレーション風に言っていた。

 僕はその言葉を理解できないままに、こうして砂の大地をさまよっている。


 右手には、なぜかそのお爺さんから渡された種もみがある。

 僕は別に農家の出ということではない。


 それに、こんな荒涼とした大地に種をまいても芽は出ないと思う。

 なんでもお爺さんの話だと、鳥取砂丘が溢れ、大地が砂まみれになったところに大陸から大量の黄砂が飛んできて、こんな状況になってしまったらしい。


 どうにも嘘くさい。


 でも、砂漠のような光景が視界の全てを覆っているのだから、信じるしかない。

 砂の他には、傾いたビルや、割れた道路がところどころ砂に埋まっている。


 やっぱり世界は一度、筋肉に支配されたのかもしれない。


 ブロロロッ。


 背後からエンジン音が聞こえてきた。


「ヒャッハー!」


 振り向くと、いかにもな人たちが遠目に見えた。


 モヒカン頭で上半身裸の男たちがスクーターに乗って、こちらに向かって来る。

 左肩には肩パットがあって、なぜかトゲトゲがついていた。


 彼らは砂にタイヤを取られ、ゆらゆらと左右に傾きながら、それでもスクーターから下りずに運転をしている。

 後ろの方には、完全に砂に埋まってしまったらしいタイヤを掘り起こしている人もいる。


 大変そうだ。


 でも、彼らは時折「ヒャッハー!」と掛け声を上げて、なんとか走ってくる。


 気づくと彼らに周りを取り囲まれてしまった。

 みんなマッチョだ。


「ヒャッハー!」

 一人が額の汗を拭ってから言った。


「ヒャッハー!」

 僕は返す。


 それがこの世界の挨拶かもしれない。


「ナメてんのかっ、テメェ!」


 どうやら僕が思う「ヒャッハー!」と同じ意味だったらしい。

 意図せず挑発してしまったようで、ヒャッハーたちは息巻く。


「プロテインが欲しいならスクワットしろ!」

「ダンベルがないなら、自重でいいじゃない!」

「シリコダMAX!」


 口々に理解できない言葉を発している。


「止めねえか!」

 集団の後ろから声がする。


 スクーターの列が開き、一人の男がやってきた。

 筋骨隆々で、なぜかへんてこなヘルメットを被っている。


「俺の名を言ってみろ!」

 ヘルメット男は着ていた革ジャンの胸をはだけて、そう言った。


「え? そう言われましても」

 僕は口ごもった。


 有名な人なのかもしれない。

 でも、適当に名前を言って間違えてしまうのも申し訳ない。


 僕はヒントを探そうとヘルメット男を観察した。

 男が被っているヘルメットは口の部分が櫛状になっていて、ジャギジャギだ。


 服を見ても名前が書いてあるわけじゃないので、皆目見当もつかない。


「すいません。やっぱり、わかりません」

 僕は正直に答えることにした。


「貴様! 俺の名を知らないだと!」

 ヘルメット男は激昂した。


 仕方ない。

 正直に話すしかないか。


「すいません。僕、異世界帰りの男なんです」

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