第48話 一歩前へ

 不良グループを廃工場に閉じ込め、警察の到着を待っていると。


「まーくん!」


 手足が自由になった安次嶺がやってきて、俺に向かって飛びついてくる。

 まさか避けるわけにもいかないので、俺はしっかり安次嶺を受け止めることになった。


「まーくん、絶対助けに来てくれると思ってた!」

「無視するわけにもいかなかったからな」

「それと、ごめんね。この前、プールで守ってくれた時のまーくんは、全然まーくんらしくなかったから。昔のカッコよく守ってくれたまーくんに戻ってほしくて、私が頼んで企画したお芝居だったの」

「お、おう……」

「まーくんは私が想像してたよりずっとカッコよく助けてくれた。やっぱり結婚するとしたら、まーくん以外いないって思ったよ」


 こちらを見上げてにっこり微笑む安次嶺が、抱きしめ直してくる。

 自作自演の茶番でみんなを巻き込もうとしたからバチが当たったんだよ、反省しろ!

 そう叱る気持ちでいたのだが、このせいでトーンダウン。

 だって、元々の原因は、俺ってことだろ?

 そりゃプールでナンパ野郎と対峙した時は、さっきみたいに拳で解決するのはどちらにしろナシだと思うけど。

 でも、俺が矢嶋のことを引きずっていなければ、もっと堂々と自信をもって守ってやれたはずで、安次嶺だってこんなバカな茶番を企画しなかったんだ。

 ……いや、してたか? 安次嶺のことだ。理解不能な理由で、どうあろうとこんな感じの茶番を企画していた可能性は十分にありそうだ。


「……これからは、もっと迷惑掛けない方法にしてくれ」

「そうだね。悪役の人だけじゃなくて、寮の人にまで来てもらっちゃったんだもん」


 どうも安次嶺は、想定していた役者以外にもエキストラを駆り出してしまったことを気にしているようで、茶番に巻き込んだこと自体の反省はさほどなさそうだ。

 気づくと俺の周りには、豊澤に野々部に寮生たちに、武市も集まってきていた。


「みんな、ありがとう!」


 恭しく礼をして周る安次嶺。


「みんなの気持ちは、本当に嬉しいよ。まさか私とまーくんのために、ここまで大掛かりなことをしてくれるなんて! みんなも本当は私たちのこと祝福してくれてたんだね!」


 そう言いながら、何度も頭を下げる安次嶺がいる一方、武市はバツが悪そうにしている。


「千歳、実はこれはお芝居じゃなくて……」

「ゆーくんも、ありがとうね。ゆーくんはいつも私のために頑張ってくれるから、すごく信頼してるし大好きだよ」

「そ、そうかな? まあ、千歳のためだからね、僕の力をもってすれば、これくらい簡単さ!」


 赤くなった武市が得意そうにする。

 うん。こいつもバカだな。

 安次嶺もバカなら、武市もバカ。

 以前は、真面目なあまり振り回される武市に同情したのだが、似た者同士とわかればもう同情なんかしないぞ。

 機嫌をよくした武市は、安次嶺の帰りの足を確保するという理由で、西條さんが運転するリムジンを呼び込むために廃工場の敷地をあとにした。

 野々部と豊澤が、難しい顔をして天を仰ぎ見ている。


「あれほどの危機にありながら一切恐怖する素振りを見せずこの様相。手強い……貴峰学園の生徒会長は、我らの想定とは別の方向で与し難い難物だったようだ。この生徒会長を陥落させ、我らの大願を成就する道程のなんと遠いことよ……」

「……なんか、マジで今日ほど会長がヤベえ奴って思った日はねえよ。別の惑星の生き物でも相手にしてる気分だ。話が通じそうにねえ」


 反体制組のメンタルすら折ってしまう安次嶺。

 危険な茶番に巻き込んだ怒りすら、どこかへ置いてきてしまったような雰囲気だった。


「まあ頑張れよ。お前らが相手にするのは、そんなメンタルおばけの生徒会長ってことだから」

「なんだよ、他人事じゃねえか」

「そりゃ、他人事だからな」

「塚本君。不躾かもしれぬが、憑き物が落ちた顔をしてはいないか?」

「あー、そうそう! 塚本ぉ、あたしはこの目で見たからな! お前のパンチでノックアウトするところを! もう言い逃れできねえぞ~。お前、強いだろ?」

「まあ、それなりにな」

「ふむ。まだ、含みがある言い方だな?」

「腕っぷしじゃなくて、メンタルが弱い分マイナスだ。転校してきたのだって、嫌なことから逃げたせいだから」

「逃げって決めつけることねえだろ。生きてりゃ色々あるんだ。何でもかんでも正面からがっぷり組み合ってばっかいたら壊れちまうよ。ていうか早く言ってくれりゃあよかったんだ。あたしに任せてくれれば、色んな方法で慰めてやったのに」

「豊澤。横恋慕は我らの大願成就の後退を招くとあれほど言っただろう? 挙げ句閨事ねやごとで気を引こうとは。君に誇りはないのか?」

「ば、バカ! そういう意味じゃねえよ! 真剣に悩みを聞いてやるとか、遊びに連れて行ってやるとか、そういうマブダチみてえなことしてやろうとしただけだって!」


 野々部に突っ込まれ、豊澤が赤くなる。


「そういうことなら、来週くらいからなら別にいいけど。勉強にもやっと一段落付きそうだし、だいぶ手が空きそうだから」

「えっ?」

「む?」

「な、なんだよ……?」


 豊澤と野々部が目を丸くしている。


「いや、塚本にしては妙に付き合いいいなと思ってよ」

「おい塚本君、まさか会長より豊澤の方が好みだとでも? オレは勧めぬぞ。この鉄砲玉女もまた、会長とは違うベクトルで与しにくい女だ。黙っていれば器量良しと言えるかもしれぬが、この女は沈黙を知らぬし、正味、いるだけで騒々しい」

「てめえが黙ってろ」


 豊澤のボディーブローに轟沈する野々部。


「いやぁ、ふふ、なんて言うの? お前も案外チョロいっていうか、やっぱ胃袋掴んだのが効いちゃったかな~」


 ふへへ、とニヤニヤしながら変な声を漏らす豊澤。


「よし! お前のために、連休はフルで開けとくぜ! いっそのこと泊まりで行っちゃうか!?」

「遊びに行く気はあるけど、泊まりの遠出までする気はないんだが?」

「は~? てめえ、日帰りのご休憩で手軽にサクッと済ませようってのかよ。……ちっ、まあいいよ。お前相手なら嫌じゃねえしな。でもそれっきりで満足してもう付き合わないとはかやめてくれよな」


 豊澤もなんだか誤解をしているような気がしてならない。

 なおも豊澤は、「がさつだとかオトコオンナだとか散々からかわれたけど、ついにあたしも『女』なるのか、””ってたぜェ、この”瞬間とき”をよォ!」などと呟いて自分だけの世界から戻ってきてくれない。

 なんなの、俺の周りの女子は人の話聞かないヤツばっかなの?


「まーくん!」


 一番人の話を聞かないヤツがやってくる。

 何故か夢見心地な豊澤の様子が気になるようで、ちらちら伺っては、変な人……って顔をしている。お前が言うなって話だ。


「……まーくんはこっち」


 ちらちら視線を向けながら豊澤を警戒し、引き離すように俺の手を引っ張っていく。


「なんかまーくん、その人と出掛ける約束してなかった?」


 頬を膨らませて問い詰めてくる安次嶺。

 安次嶺の耳は地獄耳。しっかり情報をキャッチしていたみたい。


「まあ、俺だってたまには出かけたくなる時くらいあるし」

「なんで。まーくんって誘ってもいつも渋々だったのに」

「誘いの内容によるからな。それに、ちょうど安次嶺に頼みたいことがあったんだ」

「私に!? 何!?」


 前のめりになる安次嶺。


「助けてやったんだから、礼が必要だろ」

「まーくん……いつでもいいよ?」

「やめろ。顔を上げて目を閉じるな。そういうことを要求してるんじゃない」

「えっ、じゃ、じゃあ……」


 てれてれと照れながらもブレザーを脱ぐ動作に何の迷いもない安次嶺。

 豊澤も安次嶺も、そして和泉もそうだったけど、なんでこいつらって体で支払ったり楽しみを提供したりしようとするの……? これが今どきの女子高生の感覚ってヤツなのか、俺にはわからん……。


「違う、そうじゃない。俺が授業についていけるまでタダで勉強教えてくれよ」

「そんなことでいいの?」

「十分だ」

「ふふふ……」

「なんだよ?」

「まーくんの方から頼まれるなんて、初めてだと思って」

「まあ、俺だって心境の変化くらいあるから」


 傍迷惑なことをしやがった安次嶺だけれど、結果的に吹っ切れたのは、安次嶺が茶番を企画してくれたおかげとも言える。


「わかった! まーくんのために、これからは泊まり込みで勉強教えちゃう!」

「は? 聞き捨てならねえなぁ」


 現実に戻ってきたらしい豊澤が割り込んでくる。


「塚本はあたしと泊まりの旅行に行くんだ。てめえは金持ちハウスでじっとしてな。パパの飼い犬にはそっちがお似合いだぜ」

「旅行? まーくんが女の子とする初めての旅行は、私との新婚旅行ってもう決まってるんだよ?」

「はっ、妄想もたいがいにしろよな。塚本の初めては全部、あたしのモンだ」


 安次嶺に右腕を抱かれ、豊澤には左腕を引っ張られる。


「野々部、二人を止めてくれねえか? このままじゃ真っ二つにされそうだ……」

「助けてもいいのだが……塚本君。改めて問おう。我々に協力しないか? 同志のためなら、オレは喜んで救助するとしよう」

「嫌だと言ったら?」

「安心したまえ。寮長の責務として、死に水は取ってやる」

「薄情者め……」


 まったく、俺の周りの連中は。

 明日教室へ行けば、これに加えて和泉も性懲りもなく誘いに来るわけだ。

 平穏で静かな日々なんて、貴峰学園にいる限り訪れることがないに違いない。

 俺は、誰とも関わることのない環境へ逃げるために、この街へやってきたっていうのに。

 気づくと、前の学校の時よりずっと厄介で賑やかな面々と関わることになっていた。

 運が良かったみたいだ。

 逃げた先が貴峰学園じゃなかったら、俺はずっと矢嶋への罪の意識に囚われ続けていたに違いない。

 矢嶋と向かい合う勇気だって、出なかった。


「……お前ら、ありがとうな」


 安次嶺も、豊澤も、俺から手を離して、不思議そうにこちらを見てくる。


「まーくん、大丈夫?」「大丈夫か?」「塚本君、どうしたんだ……?」

「お前らには言われたくねえよ」


 なんでこの期に及んで俺が一番ヤベえヤツみたいに思われなきゃならんのだろう?


「まあ、いいや。無茶なモンは無理だけど、俺にできることなら頼みは聞いてやるから、これからもよろしくな」


 そう言うと、安次嶺と豊澤は、顔を見合わせて不思議そうな顔をするのだが、やがて俺に視線を向けると。


「まーくんとは、これからも長い付き合いになるんだもんね」

「水くせえな、あたしとお前の仲なんだから、そんな改まって言わなくたっていいって」


 二人揃って、満足そうな笑みを返してくれた。


「ところで塚本君。我々の同志になるのは、無茶でも無理でもない君にもできることであろう?」

「一番お断りしてえよ」

「な、なぜ……?」


 崩れ落ちる野々部。ある意味こいつは女性陣より要注意人物かもしれん。


 まあ、そんな連中に囲まれながらも。

 俺はようやく、本当の意味で新生活を初められるような気がするのだった。

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