第27話 迷惑な送り出し

 安次嶺あじみねが初めて俺の家庭教師役を務めてくれてからというもの、生徒会の仕事の手が空けば何度か俺の勉強を見てくれた。

 その際も思い込みの強さ全開なところには手を焼かされたけれど、相変わらず教え方は上手かったので、二週間が経った頃には、授業についていくのに焦りを感じないレベルに成長することができた。


 そして、休日。

 安次嶺が指定した、デートの日がやってくる。

 いや、やってきてしまった、と言うべきか。

 待ち合わせ場所は、何故か縁寮の前。

 迎えに行くから! まーくんは待っててね! と、言われてしまったからだ。

 ちなみに俺は安次嶺と連絡先を交換していないから、デートに向けたやりとりは全部縁寮の俺の部屋で行われた。

 安次嶺としては、それ目的で来ている感じもするくらい、やたら楽しそうに話をしていた。

 出かける準備を済ませて、玄関で待っていると、野々部がやってくる。

 安次嶺と手を組んで資料室に閉じ込めた一件以降、俺は野々部とは距離を置くようにしていたのだが、たまに接してくる時の態度は温厚そのもの。

 だが、その裏でどんな策略を練っているのかと思うと、安易に心を許すことはできない。


「塚本君。出掛けるのか?」

「……ああ」

「そうか。行くか! オレは、全身全霊を以て君を応援する!」

「……おい」

「今日はまさに決戦の日! 会長の心を君が掴み取る! そして英雄である君の力を以て会長を傀儡とし、オレたちの大願を果たすのだ!」

「なんで安次嶺と出掛けるって知ってるんだよ?」

「いや、この前、面と向かって礼をされたのだ。『おかげでまーくんとデートの約束しちゃった! あなたも案外役に立つんだね!』とな」


 揉めてたわりには意外にも交流が続いている二人……。


「塚本君。全てを君に託した! 今日限りは、君が門限を破ることを許そう。深夜もしくは明け方の帰宅になったら、オレの部屋の窓に小石でも投げつけてくれたまえ。玄関のカギを開けておくから。もちろん、此見さんに露見しないよう配慮も怠らぬゆえ」

「心配しなくても、きっちり門限通り帰ってくるわ」

「行くところまで行って、構わんのだぞ?」

「お前ってもっと堅物だと思ってたよ」

「オレは融通の効かぬ頑固者さ。だが、大願を果たすためとあらば別だ」


 野々部は、これまでにない不思議なテンションで、俺の肩を叩く。

 名状しがたい清々しくも控えめな笑みを見せた野々部は。


「いっそ会長を孕ませても構わん!」

「大いに構うわ!」

「何故だ! 君のためにカンパを募る準備は出来ているのに!」

「その覚悟が怖いんだわ……」

「おっと、オレとしたことが。これから英雄的行為に向かう君への餞別を忘れていた。これくらいあれば接がう場所に困らんだろう? 受け取ってくれたまえ。ほんの気持ちさ」

「いらねえ」


 おもむろに財布から取り出してきた万札を押し付けられそうになったので、丁重にお断りする。

 呆れきった俺は、さっさと玄関を出ることにする。


「塚本真斗、バンザイ! 塚本真斗、バンザイ!」


 野々部が応援団のノリでそう叫ぶと、いつの間にかやってきた野々部の仲間まで一緒になって諸手を挙げて、俺を見送る。

 ああ、もう二度とこの寮には戻りたくなくなってきた。

 貴峰たかみね学園に来てからというもの、色んなヤツに出会ってきたが、なんだか野々部が一番厄介な気がしてきた。初対面が真面目な堅物という印象だったから余計になりふり構わなくなった今の姿が異様に映る。

 いっそ、あいつらごとこの寮取り壊しにしてくれねえかな、なんて闇落ちしそうな俺は考えてしまうのだった。

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