転校先でぼっちな俺。昔結婚の約束をした清楚系お嬢様にグイグイ迫られる

佐波彗

プロローグ

 俺――塚本真斗つかもとまさとが高校を転校することに決め、転校先の寮へ引っ越すことが決まった日、妹の優花は寂しそうにしていた。


「兄さん、どうしても行かないといけないの?」


 荷造りをしている最中、俺の部屋にやってきて、優花ゆうかが言う。


「ああ、これ以上俺がこの町にいたら、お前にも迷惑が掛かるからな」

「私、迷惑だなんて思ってないよ」

「気を遣ってくれてありがとうな。でも、もう決めたことだから」

「今からでも、中止にできるでしょ?」

「そう言うなよ。もう転校の手続きは済ませちゃったし、世話になる寮の入寮手続きもした。今からキャンセルなんてしたら、俺は高校中退の無職になっちまうよ」


 優花に笑いかけてみるのだが、優花はむすっとした顔をしたままだ。

 俺は、この町を出ていかないといけない。

 付き合いが長い一人の後輩から、そいつが最も大事にしていて、一番打ち込んでいたものを奪ってしまったから。

 俺も同じく、自分が打ち込んでいた大事なものを捨てる。

 そして、俺のことを誰も知らない町へ行って、誰とも関わることなく学校生活が過ぎ去るのを待つ。

 そうすることが、あいつの喪失に報いることだと信じていた。


「……兄さん。考え直さない? 他にいくらでも方法があるでしょ? それこそ、もう一度矢嶋やじまさんと向き合うことだって――」

「悪いな、優花。長期休暇の時は、戻ってくるから」


 優花の言葉を遮るように、俺は言う。


「だって、せっかく『家族』になれたのに。兄さんと一緒にいられることを、素直に楽しく思えるようになったばかりなのに……」


 俺は、涙ぐむ優花の頭に手を置く。

 少し前までなら、絶対にできなかった触れ合いだ。

 そうだ。

 俺は、最近になってようやく安定してきた新しい家族との暮らしをも手放そうとしているのだ。

 これで、釣り合いが取れるどころか、おまけが来るかもしれない。

 そう考えて見ても、胸の奥がスッキリすることはなかった。


 わかってる。

 本当は、優花の言う通り、あいつと向き合うことが一番の解決策なんだって。

 それでも俺は……。


「俺だって、せっかく優花と仲良くなれたのに家を出ないといけないのは悲しいよ。でも、一生戻ってこないつもりじゃないから。またすぐ会えるって」

「じゃあ、約束して」

「指切りか? 話には聞いたことあるけど、実際にやるのは初めてだ」

「お母さんとよくやってたの。お母さんは私と指切りした時、約束は絶対守ってくれたから」

「……それなら、俺も守らないとな」


 俺は、優花の細く小さな小指に小指を絡ませる。


「一日一回は絶対電話して」

「ああ」

「でもLINEは無制限」

「お得なプランみたいだな」

「変な女に引っかからないで」

「待て。約束の数多くない? こういうのって一つじゃないの?」

「兄さんは私の言うこと聞いてくれないから、いっぱいしないとダメなの」

「……わかったよ。でも、変な女に引っかかることはないから安心しろ。俺は女子が寄ってくるようなタイプじゃないから」

「そういうこと言ってる人の方が危ないんだから」


 優花は頬をふくらませる。

 兄の俺が言うのもアレだが、優花は小柄だが見た目がいいので、見ていて飽きなかった。


「はいはい、とにかくそれも約束してやるよ」


 どうせ俺は、男子だろうと女子だろうと、転校先では誰とも関わることはないのだ。


「うん。約束ね」


 それでも優花は、小指を離そうとしない。


「あと、もうひとつあって」

「わかったよ。この際だ。全部聞いてやる」

「……次に帰ってくる時が来たら、その時は何も苦しんでない兄さんでいてね?」


 これまでになく真剣な優花の青い瞳が、俺をしっかりと映す。

 優花にはお見通しか。

 俺の方が、3つも年上なのに情けない。


「……わかった、約束する」


 正直、保証は何もできない。

 それでも俺は、とにかくこの場で、これ以上優花を悲しませたくなかったんだ。

 行き当たりばったりにもほどがある。


「よかった。絶対だからね」


 無垢な微笑みを見せる優花は、小指を繋げたままお決まりのフレーズを口にする。


「――指切った」


 そして優花は、約束が叶うことを確信しているような満たされた顔で、俺に絡みつかせていた小指を離す。

 無邪気に喜んでくれる優花を裏切るようなことをしたら、それこそ俺は、史上始めて本当に針千本飲む男にならないといけないだろうな。

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