第七話 宿命からは逃げられない

 太陽を穢し、残る全ての神性を傀儡とした。

 六大英雄は、全て人柱へと貶めた。

 今こそ異世界ちきゅうを蹂躙してやる。

 もはや、われを阻むものなど、現れぬ!


 いざ、と鼻息荒く意気込む女神の行く手を遮るように、荒野に現れる1つの人影。人影から放たれる鋭い戦意を、女神は無視することが出来ず、歩みを止める。


 煮えたぎる戦意の揺らめきを炎のように身にまとう、金髪緑眼の古代妖精。


 妖精と視線を合わせた女神は、些細ではあっても、自分が気圧されたことを自覚し、妖精を難敵と認識する。


 女神と妖精の実力差は、隔絶している。

 妖精が攻撃してから、遅れて女神が反応しているかのように見えていても。

 妖精の剣先は、女神の身体を捉えることが出来ない。

 女神は妖精に先手を譲っても、後塵を拝することがないのだ。


「今更、何をしに来た! もう手遅れだ!」


 女神の“髪”による奮撃を妖精は大きく身体を開きエビ反りになりながらかい潜る。

 そして、返答代わりに女神の首すじ目掛けて、剣先を振り落とす。


「――貴様も死ね! 先に逝った六大英雄同様、オリジンダンジョンコアのいしずえとなれ!」


 女神も抜剣し、妖精の斬撃を弾き返す。


 もはや、視認できない速度で、刃の応酬を始める女神と妖精。


 斬撃の余波は山を断ち、刺突は大地を穿ち、川は湖に、湖は海へとつながる。


 天空の雲は散らされ、月の輝きだけが二人の対決を照らしている。


 女神と幾重にも刃を交え、周囲の地形を根こそぎ書き換えるような激闘を続ける妖精の技量は、六大英雄のそれを超越している。


 全てを救った姫騎士の肩書は、伊達ではないのだろう。


 だからこそ、だからこそ、女神には、眼前の妖精を赦せなかった。


 全てを救えたのであれば、●●となってしまった、われを何故、救えなかったのか!


 女神は妖精目掛けて放った髪の一房を


 E(エネルギー)=m(質量)×c(光速度)の2乗


 妖精が特殊相対性理論など知るはずもなく。

 質量とエネルギーの等価性なども予想もできず。

 核爆発の破壊力など、理解できるはずもなく。

 妖精は何も出来ずに、その身を砕かれた。



 ††††††††††††††††††††††††††††††††††††



 前世の200年の間に戦った宿敵達の中でも、特に手強かった6人の強敵とも

 彼ら彼女らの魂は、女神の魔の手に落ちて。

 オリジンダンジョンコアの素材にされて地球全土にばら撒かれた。異世界ハイペロンが地球を侵略する為の橋頭堡きょうとうほとして。

 女神との決戦に敗れたボクも、本来ならのオリジンダンジョンコアになるはずだった。

 でも何故か貴志姫希きしひめのに転生してしまったんだよね。

 だから、まだ女神による地球侵略の絵図は完成していない。


 ボクの責務、宿命は女神の野望を打ち砕く事。そして、強敵ともたちの魂を解放する事だ。

 この話は、心の友である七瀬ななせにしか打ち明けていない。


「ゴブリンケイブダンジョンは、全くのだったよ。でも無駄足じゃなかった。ダンジョンマスターとなった事で、選択肢が増えたからね」


「ダンジョン省の横槍が入るんじゃないの? 日本だけじゃない。海外のダンジョン既得権益層も黙ってないんじゃないの?」


 七瀬ななせは、更に新しい缶ビールのステイオンタブに指をかけながら、ボクにジト目を寄越す。

 ボクは大きく肩をすくめながら微苦笑する。


「面倒な根回しは、全てダンジョンコアに任せる。ありきたりのウォーチューバーだったら再起不能になるほどの魔力を代価として先払いしたしね」


「……ひめのんの注目を集めるほど強くなれる才能タレント交尾価値メイトバリューと、注目を集めて戦うファーストジョブの姫騎士の組み合わせ。これって反則じゃないの?」


「さて、どうかな? もっとチートなウォーチューバーやダンジョンマスターがいるかもよ?」


 缶ビール2本程度では、七瀬ななせの顔色は普段とあまり変わらない。でも流石にお風呂上がりだと頬が軽く赤く染まって、同性から見ても色っぽいね。


「どんな強敵ともが眼の前に立ちはだかっても、最後は常に勝利してきた。それが姫騎士クッコロの生き様だったんでしょう? あたしもついて行くから、変わらない生き様とやらを背中で語って見せてよね?」


七瀬ななせのウォーチューバーデビューは少し待ってもらえるかな? ダンジョンの運営が軌道に乗ると、役に立ちそうなレアアイテムが手に入りそうなんだよ」


 ボクは、配信を終えた後の話――アンティゴネーと生成したダンジョンについて詳細を説明した。


「……なるほどね。ダンジョンマスターにしか入手できないレアアイテム。それがあればスタートダッシュの役に立ちそうね」


 かつてのゲーマーとしての血が騒ぐのか、興味を引けたみたいでホッとする。


「本当は、七瀬ななせにはあまり危険なことはさせたくないんだけど」


「それは、お互い様なんだから納得してよね。では今後に備えてそろそろ寝ましょうか。髪も乾いたことだし」


 ボクがダンジョン内で死んでしまったら、今度こそ魂をオリジンダンジョンコアに変えられてしまうリスクがあるわけで。

 そうなったら、全ては女神の目論見通り。

 無茶をしたら、七瀬ななせが過剰に怒るのも仕方がないよね。

 でも、強敵ともだったオリジンダンジョンコアを破壊して、その魂を開放するには、まだまだ今のボクでは力不足。

 飲み込んだ泥水と血潮の量だけ、本当の強さが養われる。

 だから、これからも無茶はしないとね。


 笑顔で寝室へと七瀬を送り届けてから、ボクはそんな自分勝手なことを考えていた。

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