転生する前に貰えるチートスキルを考えて5,669,997,490年経った

技分工藤

転生する前に貰えるチートスキルを考えて5,669,997,490年経った

 死んでしまった俺は、次の瞬間に不思議な空間にいることを悟った。


 こんなんあれじゃん。


 とは思ったがとりあえず周りを見渡す。死んだ後に来る場所は意外と候補が多いのだ。

 空は青く澄み渡っており、足元には無限に広がる雲がしっかりとした床としてどこまでも広がっていく。耳を澄ませば管楽器のような美しい音が雅に聞こえてくる。


 ほぼあれじゃん。


 とはいえとはいえ。まだ確定はしていない。こういう場所は案内がいるというのが定番だろう。

 すると、天からふわりと美しい女性が降りてくる。古代ギリシャのような衣を纏ったその姿は美しいとか神々しい以前にあまりにイメージ通りだった。

 その女性は厳かに語りかける。


「若者よ……。貴方は死んでしまいました」


「それは知ってる」


「貴方は再び転生し、新しく生まれるのです。そして……」


「知ってる知ってる」


 で、あれは? あれは貰えるんですか⁉


「……若者よ。なんだか不心得な顔をしていますね」


「いいから! はやく続きをお願いします!」


 本とかラノベでここのことは知ってるんです! と居ても立ってもいられなくなりつい口にしてしまう。女神さまは信心深いのは宜しいですが、と疑うような視線を俺に向ける。


「若者よ。本当に死んだの分かってますか?」


「分かってますって! さぁさぁ、早く続きをどうぞ」


 女神さまは訝しむ様子だったが、一つ咳払いしてやりなおすように先のセリフを仰々しく繰り返す。俺はその展開を固唾を飲んで見守る。両手を固めて、感触を思い出す。指で湿ったページの柔らかさ。次のページに進むために押したマウスの左ボタン。フリックすることで進むページとスマホ独特の遅延。ライトノベルを読むときの感触を思い出して、女神さまの言葉に耳を傾けた。


「……若者よ。貴方にチートスキルを授けましょう」


「だよなぁぁああああああっしゃあああぁ!」


 間髪入れずにガッツポーズ、高らかな歓喜の叫びが青空に響く。


 転生といえばチート、チートといえば転生。


 両者は不可分であり、少なくとも俺が読んできた物語にその二つを分かつものなど無かった。俺は再び歓喜に吼える。


「いぇあああああぁぁぁぁっはははははぁ!」


「若者よ。貴方死んだんですよ。流石にその喜び方は怖いわ……」


「チートスキル貰えて喜ばない若者は存在しないんですねぇぇぇぇぇえ! あー、どうしようドキドキしてきた。うわー、嬉しい。もう一回叫んでいいですか? やったあぁぁぁぁぁああぁ!」


「好きにして結構ですけども」


「どんなチートが貰えるんですか? 無敵? 最強? 無双? 究極? 催眠ハーレムとかもいいですよね。情報チートで俺だけ知ってるとかもいぶし銀の良さがあるなぁ。耐性系チートは最近の流行りだからおさえておきたいか? いやいやスキルポイントマックスなんかは一周まわってド王道。火事場系、極振り系、ハック系、なんだって素晴らしい! わかります?」


 女神さまが唖然としている。わからないらしい。


「俺はどんなチートスキルが貰えるんです?」


 落ち着いてきたので一先ず尋ねてみる。すると女神さまは自分の頬を叩いて気合を入れている。


「そう。ここが重要なのです。よく聴きなさい」


 俺はしっかりと集中する。一見最強に見えるスキルに抜け穴があることもよくあるからだ。そういうスキルも決して嫌いではないけど。



「……ふむ」


 シンプルだ。しかし……、難しい。


「俺が望む、っていうのは、何でも?」


「何でも」


 自信たっぷりに胸をはって女神さまが答える。それとは逆に、俺は縮まって頭を抱える。


「制限が無いのは逆にキツい! 自由記述のテストみたいで辛い」


「最近の若者はみんな貴方みたいな思考をするのですか?」


「いや、考えろ。新しいスタートなんだ。ここから新しい俺の異世界物語が始まるんだ。最高効率の最適解の最短経路のチートを手に入れるんだ」


 目的は決まった。最高のチートを得ること。さて、そのためには。

 いったん冷静になり、女神さまに尋ねる。


「これ、解答時間とかあるの?」


「えぇ……若者どんだけ悩む気ですか」


「いやー、本気で一生悩むかもしれない」


「一生は悩めませんよ。貴方死んでるんですから」


「あー、成程。死ぬまでが一生だから、死んだあとは一生悩めないのか」


 HAHAHA、こいつは一本取られたな。


「じゃあ、例えば、一億年とか待ってくれたりする?」


「若者よ。人間の人生って八十年ぽっちなんですよ?」


「俺は最高、最適、最短がいいんです。じゃなきゃ意味がない。最高効率の最適解の最短経路で攻略できない人生なんかクソゲーだ。その為なら、」


 空を見上げる。太陽がなくとも青く晴れ渡った不可思議な天球は日数を数えることは出来ないだろう。丁度いい。


「何十億年でも考えさせてください」


 雲の床の上に座り込んで、最善を考え始める。


 女神さまが呆れたようにため息を吐いた。











~三分後


「何にも思いつかねぇ」


「自由にしていいとなると何も出ないタイプですね」


 マジでなにも思いつかない。恐らく場所が悪いのだろう。厳かな雲の上は虚無と紙一重の「くう」という様相で、アイデアに欠かせない雑念の類を一切消し去るような場所だった。


「場所が悪いな。うん、間違いない」


「若者よ。すぐに望みが出ないなら私はうちに帰りますが」


「え、女神さまって家あるの?」


「ホームレスの神様がいると思ってたんですか?」


 そういうとやってきた時と同じように女神さまはふわりと浮遊する。


「ま、待って。アイデア出し! ブレインストーミングを手伝って! お願い!」


「知りませんが。空が飛べると便利でしょうね」


「ダメダメ。ダンジョンなんかの地下じゃ腐るし移動手段としての汎用性に劣るしちゃんと速度を備えてないと簡単に狙撃されるし……あァーッ! せめて最後まで聞いて!」


 女神さまは話してる間に空の彼方に消えた。無限に続く雲と空に四方を囲まれて、東西南北を示すものすらない天上に取り残される。


 誰もいなくなる。


 しばらくぼーっと待っていたところで何も起こらない。今更になって本当に死んだのかと実感が湧いてくる。不思議に思って、息を吸って、吐いた。息を止めて、数を数えてみる。声に出して、いち、に、さん、と続けて行く。ひゃくろく、ひゃくなな、ひゃくはち、まで数えて、可笑しくなって中断する。息を止めても苦しくないというくすぐったさが胸の内側を優しく触れる。脈を測ると、鼓動を感じない。なのに心音だけは胸に響いて止まらない。

 爆笑してしまった。

 死ぬって変なの。


 ひとしきり笑い疲れた後で、雲の上に横たわって空を見上げる。空が飛べるチートもまぁまぁ悪くなさそうだと想像して、やっぱりダメだ。


「まぁ、死んでるんだから、時間はあるし」


 立ち上がって、なんとなく歩き始める。不安は簡単に思いつく。もし、最高のアイデアが思いつかなかったら? 不安は簡単に消える。さもなくば、思いつくまで考える時間はある。

 有難い、不可思議なほどの時間は大抵の不安を消し去ってくれる。



~五年後


「あれ?」


「うわっ、若者よ。来てしまったのですか……」


 ぶらぶら歩いていると、遠目から高くはない平屋のような建物が見えた。21世紀のビルディングなんかと高さを比べるような建築ではないけど、金銀宝石がふんだんに使われた華やかな寺院のような住居がそこにあった。貝殻の屋根の下から、女神さまが心底嫌そうに庭に出てくる。


「女神さまがうわって言っちゃだめでしょ」


「こんな声も出ますよ。挙動が完全に浮遊霊なのですよ若者」


「あー、そっか。死んでるから長距離移動でも疲れないんだ」


「うっかり現世に彷徨い出るのだけは止めてくださいね。寺社仏閣のお世話になった挙句に私の責任問題になるので」


「祓われるってコト⁉」


 まだあまり実感がないが今からでもワンチャン悪霊になれるらしい。考えてみる。


「それよりスキルは決まったのですか」


 そうだ。今一番優先すべきはチートスキルだ。悪霊関連は直ぐに忘れる。


「いや、全然」


「これだけの時間考えて出ませんか……」


「時計持ってないし。体内時計も狂っちゃった」


「地球時間で十四時間です」


「そんなに? 早いなぁ」


 女神さまが庭に出て、池を眺める。銀の石で囲まれた庭池には蓮華の花が咲いていた。

 女神さまは暗澹とした表情でため息を吐きながら、俺に話しかける。


「急かす意味もないのですが、ぱっと出ませんかね。今までの人生でこうしたい、みたいな欲望は思いつきませんか。空が飛びたいとか、金銀財宝が欲しいとか」


 うーむ、空が飛びたい、は考えたことがあるけれど。


「それじゃあダメなんだよね。最高で、最適で、最短じゃなきゃ」


「最近の若者は……」


 呆れたような女神さまの顔は人間とは比べ物にならない程整っていて、それは仏像や宗教画のような超人的な美しさを纏っていた。生前、俺は彼女が居なかった。眩しい。つい言い返してしまう。


「最近の若者はそうだよ」


 女神さまの憂いを帯びた表情がやっぱり神様らしい美しさで、少し困らせたくなってしまった。こんな性格だから、彼女が居なかったのだ。悪癖は死んでも治らないな。


「普通にみんな頑張ってるよ。でも、学生が成功したかったら、こんなんじゃダメだったんだよ」


 女神さまの目が俺に向く。俺は目を逸らして、池の花を眺める振りをする。


「最高の努力をするのは普通にみんなやってた。でも、最適なサポートがあるのは健全な家庭をもってる奴だけだった。それで、最短の過程を進んでいくのは、追いつけない。俺は普通にやってちゃダメだった。コツコツとか堅実とか実直とか真面目とか、そういうのじゃダメなんだ。それを勘違いして、このざま」


 蓮華のピンクの花が滲んだみたいに濡れて光っている。きれいだなぁ。


チート不正すればよかった」


 雫が落ちる。花を愛でるなんて生きてる間はしたことがなくて、花弁の先から水滴がゆっくりと落ちて行くのをずっと眺めていた。その間女神さまは何も言わなかった。そっと傍に座って、衣の裾が触れるかどうかのところでただ同じ蓮華の花を見てくれていた。体内時計が狂ったせいだと思う。うん。間違いない。女神さまの衣が擦れて、その衣が巌を擦り切るような、そんなことを五回もするような途方もない時間そうしていたような気がした。

 女神さまはずっと真剣に悩んでいて、何度も何度も言いかけた言葉を、言うべきか言わないでいるべきがずっとずっと考えていた言葉を、この長い時間の最後にやっと言う決心がついたようだ。吸い込んだ息で水面が揺れた。


「貴方は正しい選択をしました」


 水面に波紋が走って、池の水に涙がじわりと混ざっていく。死んだ後にこんな穏やかな時間を貰えるなんて、有難い。阿僧祇、那由他、不可思議の数字は知識としては知っていたけど、実感したことはなかった。


「若者」


 女神さまが優しく呼びかける。生まれて初めて、この手の表現はここに来てから気を使うけど、本当に生まれて初めて、神様らしい優しい声を聴いた。


「最近の若者は、」


 悩むように言葉が止まる。俺は頷くと、女神さまは言葉を続ける。


「変わらないのですね」


「え?」


 女神さまは微笑んで見せた。


「昔からずっとそうです。ずっと。ずっと昔からそうなのです。生きること、は魂には耐えかねる苦行なのです」


 女神さまの後ろから光が差す。太陽の存在しないこの地平に後光が遍く場所を照らし出す。


「それでも尚、ここに来れたというのは救いなのです。貴方は不正をしなかったのだから、それで全く正しかったのです」


 光から目を背ける。直視出来ない。反論する。


「俺は正しくない、めちゃめちゃ悪いよ。前の18年間の人生クソゲーと思ったよ。だから、ちゃんと死ねて、ちゃんと死後の世界に来れたと思った時、すげーテンション上がったんだ。冷静に考えたらクソじゃん、こんな奴」


「貴方が望むなら、それもまた輪廻転生が許します」


「俺、転生出来るの?」


「貴方が望むなら」


「次の人生は最適解の、最高効率の、最短経路で、生きていけるの?」


「貴方が望むなら」


「でもそれって、次の人生はチート不正するってことじゃん」


「それも因果は許します」


「その次の人生はどうなるんだ? 前の不正を咎められて、次の人生がクソになるんじゃないの?」


「それが因果です。ずっと廻るのです。幸せになったり不幸になったりしてこの輪廻転生はずっと続くのです」


「でも、だとしても、嫌だな。知ってるんだよ。チートスキルがあってもさ。『スタート』って言われて、生まれたらさ、絶対死ぬじゃん。死ぬのは、痛かったなぁ、苦しかったな、寂しかった」


 傍にいる光は何も言わない。


「もう死にたくないなぁ」


 裏返った声で情けなく呟いた。


「病になりたくないな。老いたくない」

 

 何もかも空っぽに思えた。


「生きたくない」


 光は次のように言われた。



 その光が眼に飛び込んだ時、

 私は見た。把握した。納得した。得心した。理解した。


「何も望まない!」


 私は悟った。














~5,669,997,490年後

 金銀の楼閣は無窮の時間に未だ朽ちることはない。硨磲の屋根と瑠璃玻璃の美しい飾りが、昼夜のない永劫の空の下で輝いている。八功徳水の泉は水面が揺れることも珍しくなり、銀の景石に囲まれて蓮華の香りが絶えることはない。遠い昔に耳にした天楽が未だに奏でられている。

 私は蓮のうてなに座って、ただ静かに悟りを開いている。

 ここは極楽浄土。

 はじめの生も終わりの死も存在しない因果の無い常世。





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