居場所

「ところで、玉坂大学における部活とサークルの違いは何か知っているかい?」


 猿島さんからの問いかけ。音無さんは僕の方に首を向けた。知ったこっちゃないと思っているな。


「規模の違いじゃないですか? 部活、サークル、同好会の順で規模が大きいとか」


 百団体を見学したなんとなくの雰囲気だ。


「概ねその通りだよ。部活は大学から公認されている――つまりは、予算が下りている。サークルは公認サークルと非公認サークルで二分される。同好会は非公認だ。例えば、立ち上げた団体で部活を目指すのなら、最初は同好会からスタートをする。そして、非公認、公認サークルと昇格していき、最終的には部活動となる」

「降格することはないんですか?」

「めったにないね。団体としてよほどの問題がない限り、団体の公認・非公認は据え置きだ。部活からサークルに降格は、大学の記録で一つだけだ」

「マジ研は降格されますか」


 音無さんが静かに問う。


「降格するだろうね。活動を再開するとしたら、彼らは非公認サークルから一つ落ちて同好会になる。同好会には部室はあてがわれない。一部例外はあるけれど」


 イチゴのタルトが猿島さんのところに運ばれてきた。

 猿島さんの奢りかもしれないが、追加注文をするのは憚られた。

 ムースの部分をフォークで掬うと、猿島さんは話を続けた。


「各団体にも思惑があって、意識が高く部活動昇格を目指すところと、ゆるく仲間内で楽しく活動してればいいところと千差万別さ。部室があれば便利だろうってことで、サークルへの昇格をまず目標に掲げるところが多いかな」

「その、サークルや部活への昇格の審査をするのが、マルサーの役割なんですか?」

「察しが良くて助かるよ」


 それは大学の仕事の領分ではないんだろうか? 学生が主体で昇格とか降格とか決めるのは責任が大きいというか。

 猿島さんは僕の疑問を読み取ったように、うんうんと頷いた。


「最終決定権は大学のサークル課にある。マルサーは審査する団体がどんな活動をしているのかを見学して、レポートにまとめて提出すればいい。千団体もあると、大学の手も回り切れずに、有志の学生の手も借りたいというわけさ」

 

 見学、か。


「そう。山本くんがこれまで自発的にしていた活動と同じだ。サークルを見学していたのと同じようにすればいい」

 僕は考え込んだ。サークルの見学と審査は似て非なるものだが、通じるところはあるかもしれない。

「私、入部する」


 迷っていると、音無さんがそう言った。


「他にやりたいことないし、悪いサークルに困っている人たちを助けられるかもしれない」

「ありがとう。素晴らしい志だね。マルサーの主幹業務がサークル審査だ。サークルに対する相談は常時受け付けているよ。サークルメンバーを集めたいという相談から、自分に合ったパーソナルサークル相談なんかにも乗っている」

「手広くやっているんですね」


 美味しそうにケーキを食べる猿島さんは普通の女性に見える。凛とした金髪の男、上尾が忠告した猿島さん。

 どの猿島さんが本当なんだろう。


「仮入部でもいいですか?」 


 猿島さんは目を輝かせた。


「もちろん! 大歓迎だ。もし、君が青春を捧げたいサークルがあるのなら、惜しいことだがマルサーを辞めても構わないよ」

「ありがとうございます」


 僕は深々と頭を下げた。

 ゾンビの効果か、はたまた謎めいた猿島雅臣という人物か。サークルの見学が続けられるのが嬉しかったのか。

 ようやく、ようやく僕の暫定の居場所が決まった瞬間だった。

 珈琲の黒い水面に僕の顔が映る。

 別人のように溌剌としていた。

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