わたしが生まれる前のはなし

赤夜燈

人生:難易度『エクストリームハード』固定


「以上があなたが生まれてから20年生きる人生です」


受胎告知課の、眼鏡をかけてスーツ姿の天使がそう言った。

わたしはというと、苦虫をかみつぶしたような、というか苦虫をかみつぶしてもこんな顔はしないだろうというほどのしかめ面をしていた。のだろう。気の弱そうな天使が「ひいっ」と声を上げた。



ここは天国、生まれ変わる前の魂が集う天国魂管理部受胎告知課である。

最初は神様一人で回していたけれども、もう回りきらなくなって役所みたいになってる。てか、受胎告知課とかもう完全に役所だ。だからまあ、この天使も仕事でやっているわけで、わたしに悪意があるわけではない。


なんで天国なのに輪廻転生があるのかといえば、「いろんな国の制度を統一したらごっちゃりした」らしい。大変だったろうな当時の天使のみなさん。


「びびんないでくださいよ、わたし生まれる前の赤子なんですから。んで、今の条件を列挙しますよ?」


「はい」


「精神的・肉体的・性的虐待、ネグレクト、金銭搾取てんこ盛り、学校ではいじめ、お化けには取り憑かれ、しかも霊能力はないから不運ばっかが続き、友達はできないと。わたしがなんかしましたか? 前世でそんなに悪いことした覚え、ないんですけど」


「それが、だからこそ、なんだそうです。ヨブ記はご存知ですか?」


「ああ、神の前に正しくても、なんの悪徳も犯さずとも酷い目に遭う――旧約聖書でしたね。覚えていますよ」


「はぁ……それで、その証明のために苦難の道を歩まざるを得ない方を、年間数千万人出さねばならなくて」


「多くありませんか」


「人口爆発でして……」


「これを断ればどうなります?」


「魂ごと消滅します。お気の毒ですが、私はこちらをお勧めします。あまりにも酷い、酷い扱いです。先進国なのは救いですが、それでも」


「生まれます」


「そうですよね、生まれ……ええっ!?」


わたしはにやりと笑った。甘い、甘すぎる。天使さまだからか、この世の地獄を知らないのだ。


「この国は日本、識字率は10割ですよね。そして20歳までに歩む運命が定まっているなら、逆にこう言える。20。その後は、わたし次第ということでしょう? つまり、勉強も仕事も楽しみも、いくらでも探せる」



「それは……はい、そうですが、しかし」


「心配してくれてありがとうございます、天使さま。しかし、わたしは逆境ほど燃えるタイプでして。無事に大人になれたときには、そうですねぇ。同じような環境の子供を助ける仕事でもしましょうか。主は正しいと、証明するために」


「……わかりました。どうか、どうか幸運を――幸多き未来が、あなたにありますよう」


「はい。もしここに帰ってきたら、お土産話をたくさんしましょう」


わたしは、そうして天国から落ちて、落ちて落ちて落ちて――。


酷い男と酷い女の子供として胎に宿る。



さあ、どんな人生にしてやろう。


スタートだ!!



はじまり


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしが生まれる前のはなし 赤夜燈 @HomuraKokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ