取材談話をお伝えしますので安心して読んでください
猫科狸
取材録
所謂怪談や体験話を本で読んだり人から聞いたりして楽しんでいても、どこか心の奥底で は自身と関係ない、と思っている方は意外と多いものです。
この人は曰くつきの場所へ行ったのだから、この人は霊感がある人だから、この人は運が悪かったから。
そもそも本当に体験したのか、創作話ではないのか、ちょっとした出来事をただ大袈裟にしただけではないのか。
勿論、そのような話もあると思います。否定はしません。むしろ私自身聞いていてもこんな事、本当にあったのか?と疑問に思うことだってあります。正直に言いますと、これ作り話だろうと気付くことも多々あります。それは話の矛盾点であったり、細かな描写であったり、理由は多々あります。様々な部分で気付く事があるの です。
個人的にそのような話であれば広めないようにしています。誰かに話すことも無ければ書くことも発信することもありません。
出来るだけ排除するようにしているのです。絶対に、広めてはいけないのです。
なので安心してください。
不穏な気配がして後ろを振り向くと誰か知らない女性が立っているだとか。
得体のしれない男が夜な夜な覗き込んでくるだとか
心霊スポットにいった後から家の窓に手形が付くだとか
いくつかの話は、いや、大概は嘘です。創作です。作り手がいて、相手を怖がらせようと 一から作り上げた物語なのです。
そんな怪異を体験した人は実際にはいないんです。ほぼ存在していないんですよ。
本来、恐怖や畏れなんてものは人として避けておきたいものだと思うのです。本能で避けるものだと思うのです。それを自ら好むなんて、自ら燃え盛る火に飛び込むような、大荒れの海に飛び込むような、その結果、どうなるのかなんて分かりきっている事じゃないですか。怪異や不気味な存在。
自身に何かしらの、負の出来事をもたらす、良くない出来事に引き込んでくるからこそ、 人は怪異に畏れを感じ、恐怖を覚えるのです。それを認識しているからこそ、自身への影響を知っているからこそ。
なので、安心してください。安心して、心から安心してもらって、聞いてもらって、読んでもらって構いません。
怪談話とは、安心安全な場所で知るからこそ、娯楽として楽しめるものなんですよ。皆、誰しもそうでしょう。結局のところ、それが本物か偽物かなんて事は当事者しか分かりえない事なのですが。
取材1
この地方で、まことしやかに囁かれている話がありまして。【夜道を一人で歩いていると、真っ白いぼやけたような何かが、両手を身体の前で垂らしながら現れる】そんな話です。初めて聞いた時には驚きました。だって、余りにも幽霊じゃないですか。驚くほどに定型といいますか。
幽霊、いやお化けなんですよ。皆がイメージするような。「幽霊」 というよりは「お化け」といった方がしっくりくるような感じなんです。
誰だって絵本やポスターで一度は見たことがある、ハロウィンで大活躍しているような。 ああいったものです。それが、この地方では現れるらしいんですよ。夜に。
虐殺事件がおきた家や、自殺の名所、山奥に佇む廃墟、そんな所ではなく、ただの道。住宅街、遊步道、交差点。そういった何の変哲もない道に出るのだそうです。
──それと遭遇したら・・・?
・・・どうなるんでしょうね。そこまで詳しくは知りませんけど。あれじゃないですか? やっぱり憑りつかれて呪い殺されるんじゃないですか…なんて。
私?私は遭遇したことはありません。絶対に遭遇していません。運が良いのか悪いのか。どちらなんでしょうね。 そもそも、本当にいるんですかね。幽霊なんて。
そんな不確定な存在に怯えて過ごすなんてまっぴらごめんです。そんなものの為に自分の命を失いたくなる事なんてありません。あるわけないじゃないですか。私は楽しく過ごすし、幸せになりますよ。
そこいらに長く住んでいる方であればもっと詳しく知っている可能性もありますよ。もしかしたら遭遇したこともある方もいるかも・・・なんて。とりあえず私が知っているのはここまでです。すいません力になれなくて。
取材2
怪談ですよね。勿論ありますよ。ここいらでずっと囁かれている噂が。
──ええ、そうです。なんで知っているんですか? あなた出身はこのあたりですか?驚きました。まさか全国に噂が広まっているのかと思いましたよ。
ええ。私が聞いた話ですよ。今から話すのは。
知人の友人が、それに遭遇したらしいんです。大丈夫です。本当にあったと知人が言っていたんです、知人が。だから本当です。その日、冬って言っていましたかね。寒い冬の日。彼はちょっと羽目を外して呑みすぎてしまったそうで、夜道をべろべろになりながら歩いていたそうなんですよ。良い気分で歩いていると、前方の薄暗い道沿いに誰かが立っていて。雰囲気がね、明らかに怪しいといいますか。普通じゃなかったそうなんですよ。この日は防寒対策なしで夜道に立っていら れるような寒さでは無かったそうなんですが、夏なのかってくらいに薄着だったそうです。
まあ、酒の力はすごいもんで。怖いだとか、不気味だとかそんなこと気にせずに その誰かに近づいていったそうなんですよ。凄いですよね。
──ええ、それで終わりです。いや、気が付いた時には家で寝ていたそうですよ。暖かい布団に包まれて。
その後は特に何も起こってはいませんが…あ、二日酔いは酷かったです。 あとから思いかえそうとするのですが、その誰かの顔が思い出せないんです。モザイクがかかったようになっていると言いますか。ぼやっと靄がかっているようで。
足?足もあったか無かったか…もう覚えていませんね。
その知人の友人のその後は知りません。連絡先も。すいません。
──いえ、私は遭遇していません。これは知人の話です。…どうなんでしょうね。幽霊であれば本当にいた方が良いんじゃないですか?だって、そんなシチュエーションであれば幽霊の方が怖くないじゃないですか。真っ白な薄着の服装で寒空の下、夜道で一人立っているだなんて。
それが生きている人だった方が怖いですよ私は。
この話、本当なんです。信じてください。私は、遭遇していないんです絶対。
雪は降っていませんでした。それでも、身体が外に出るのを拒否するぐらいには風が冷たく寒い日でした。
仕事が終わって、家に帰る道。辺りはほんのり暗くなっておりました。取り残されたような明るさと辺りを浸食しつつある暗さに、より一層空気の冷たさを強く実感させられていました。
震える手をこすり合わせながら、少しでも早く家に帰ろうと早足で歩いていると、道の先に誰かがいるような気がしました。
明るさと暗さを混ぜ合わせたようにぼやけた空気の中で目を凝らすのですが、人影は見えません。人影はおろか、何も見えないのです。
ですが、私は全身で感じ取っていました。身体の震えは寒さからくるものなのか、本能的な感覚からくるものなのかは、確認のしようがありません。
ただ、ただ、いるのが分かるのです。
このまま道を進み続ければ、薄汚れて汚物にまみれた不衛生な排水溝に手を突っ込むような嫌悪感と不快感に全身を包まれる事は確実に理解できる状況でした。
そして私は足を止めました。止めるのが最適だと、そう判断したのです。
──ああ
足を止めてすぐに、後悔しました。
視線の先に、先程までは何も見えなかった視線の先に、影がありました。
人の形をしているような、それでいてつかみどころの無いような。ぼやけた何かが、いたんです。
──幽霊だ
そう、思ってしまったんです。よく聞くような、テレビでみるような、本で読むような、 そんな存在。
私の脳内を恐怖が満たす前に、そのぼやけた何かは、こちらに近づいてきました。 いや、近づいてきた気がしただけかも知れません。
それは、人でした。真っ白な服を着た人。この寒さの中、ありえない薄着で真っ白な服を着た人。人だと、思いたかったのです。
ですが顔が、人の顔があるべき部分が、見えませんでした。モザイクがかかったように、加工された画像のように、顔だけが見えませんでした。その顔を、どうしても見たくて。知りたくて。
どんな顔をしているのか。
どんな表情をしているのか。
美しいのか。
醜いのか。
それを知ることで、顔を見ることで、人だと。私の眼前に立っているこれは人なんだと。
顔さえ見えれば、顔さえ見えれば、顔さえ見えれば
これは人だと思える。
見たい。
かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、 かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお
──ああ。
気が付いた時には、家のベッドで横になっていました。暖かい毛布に包まれて。先程の出来事は、まるで夢だったかのように、ぼやけて思い出せなかったのです。ベランダへ移動し、じんとする指先を吐息で温めながら、先ほどの出来事を思い返していました。
私が出会ったもの。災害のようなもの。交通事故のようなもの。毎日の天気のような、そんなもの。 悪ければ 、運が悪かっただけ。
私があれに遭遇したことは偶然。言い方を変えれば、ただ運が悪かっただけ。会うことで、感じることで、そうなっただけなんだなと。
そう思ったのです。
根拠はありません。そう感じただけなのです。
今、今も、隣にいます。ずっといます。 もう、運が悪かっただけとしか思いたくないのです。
これは人だと。ただの人だと。そう思いたいのです。私は、絶対に遭遇していないんだと。
これらの話。安心してください。安心してもらって構いません。ただの話です。私が聞いて、集めただけの話です。所々、修正や加筆もあるかも知れませんが。真偽は定かではありません。これは最初に申し上げた通りです。本当か嘘かなんて、その本人にしかわからないのです。
これらの話は、もう本人から聞くことはできません。似た話を別の人が知っている可能性はありますが。私が取材した本人から直接に聞くことは、誰にも出来ないのです。
皆、もういないんです。
偶然ではないと思う方もいるかもしれません。ですがこの世界で、どこかで必ず不幸は起きています。人が誰一人亡くならない一日なんて、絶対にありえません。話をしてくれた方々も、人間です。命には終わりがあります。ただ、自身でこの世を去ることを決めたその瞬間、そのタイミングが近いだけであったのかもしれません。
なので、安心してください。何か不幸がおきるだとか、呪いがあって広がるだとか、そんなものではありません。安心して、この話を楽しんでもらえたのであれば、私は嬉しいのです。
それが私の喜びであり楽しみなのですから。
猫科狸
※問い合わせがあった場合でも取材対象者の氏名等は教えることはできません。
※地名は絶対に明かせません。検索等も控えていただくようにお願い致します。
※同内容の話であれば、広めても構いません。その場合は注意事項を含め、最後まで必ず一言一句変えないでください。
※閲覧中、話に出てくる幽霊を真っ白な薄い服で、髪の長い女性でイメージした方がいれば大至急ご連絡を下さい。こちらからできる限りの対応をお伝えします。
取材談話をお伝えしますので安心して読んでください 猫科狸 @nekokatanuki
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