#32
翌日。
日課を終わらせた後、ルナは
『ねぇ、
『あっ、コレ……』
『そうそう。
先日交わした
ここの倉庫の鍵は屋根色に合わせた色のキーホルダーが付けられている為、一目見るだけで解る仕様になっている。
「さっ、入ろ! 階段を降りて真っ直ぐ進んだ突き当たりにあるよ!!」
ルナは
地下一階に着くと右手側に沢山の棚が横に列を作って並んでいる。
天井から床まで詰まった棚が多いせいで倉庫内が狭く感じられるが、奥行だけは倉庫の倍ほどあるのではないかと思わせる程に広い。
その広さは本館の地下にある魔導図書室を思い出させる程だった。
距離があるおかげでくっきりとは見えないが、突き当たりには扉のようなものが見える。
「よぉーし、着いたよ。今開けるね」
ルナはそう言うと扉に手をかざし魔力を注いだ。
扉全体に淡い輝きが巡ると、倉庫中にガチャッという扉の開く音が響いた。
「さっ、入ろ! 離れると大変からボクの手を離さないでね」
「ふぇ!? た、大変ってどういう事……?」
「そんな、黒斗みたいに怯えなくても大丈夫だよぉ。ボクがついてるし、入ればわかるから!」
ルナに手を引っ張られ、
身体がふわっと浮いたかと思えばそのまま部屋の中に引き寄せられていく。
「ほら、目を開けてみて!」
空中に色々な道具が浮かんでおり、その中には見覚えのある道具もある。
この空間に明かりはないが道具はハッキリと見えるので暗いという訳でもない。
そして足は地に付いていないので何とも不思議な感覚を味わっていた。
「ル、ルナ……ここ……どうなってるの?」
「この部屋ね、所謂
魔力操作を習得している者のみが入れるこの部屋は、魔力をコントロール出来るからこそ中での移動が可能となる。
習得していない者が一度単独で入ってしまえば、真っ直ぐ進んだまま戻ってくる事は適わぬだろう。
ルナ自身も、この部屋がどこまで続いているのかは想像出来ないのだ。
「視る限りではこの部屋、
「
「あれっ、ホントだぁ。気に止めてなかったけど、確かにそうだよねぇ。考えられるとしたら魔力くらいしか……」
「私達、呼吸していないって事なのかな……?」
「吸っているのは空気だけじゃないのかも。この部屋、空気はないけど魔力はたんまりあるんだ。可能性は十分あると思う」
そう言ってルナは流れてきた魔導具を手に取り「ここにはこんな魔導具があるんだ」と
とても楽しそうに語るルナの周りにはいつしか魔導具でいっぱいになっている。
彼女の魔力が自然と引き寄せたのだろう。
珍しそうに見ている
「魔法って凄いんだよ。扱う事が大変な時もあるけど、未だ師匠ですら解明出来てない事も沢山あって、それを調べるのも楽しいんだ。セカイではあまり知られていないけど、魔法は誰かを笑顔にする。ボクはそう思ってるの!」
ニカッと笑顔を向けると、指を差して衣類召喚箱を浮かすように促した。
見えなくなるのを見届けた後、二人はこの部屋を出ていった。
その頃。
黒斗は倉庫の更に東側にある小川の上流付近にいた。
森の出入口にある岩場に座り、一人しょんぼりとしている。
『ごめんね、今日はルナと一緒に過ごす予定が出来たから行けないんだ』
いつも一緒に修行に出かけていた
ここへ来て数十分、ただただ小川を眺めていた。
「……や、そもそもなんで俺、落ち込んでんの?」
黒斗はハッとし集中しようと両頬をパンパンと叩くと一度目を瞑った。
小川の流れる音とそよ風の音が心地よく、それを意識して始めれば集中出来そうだと、数分間耳を傾けながら瞑想を続ける。
意識が自然と呼吸に向いたその時だった。
足元から何かが這い上がって行くのが
それは身体全体に行き渡り身体の中をぐるぐる巡り続けている。
視えるのは体内だけではない。
周囲の様子が目を開けて見ていた景色と違う形で視えるのだ。
土や木々、小川、小川周辺にある石から雑草まで、何か
「え、え!? 何これ……!?」
黒斗は怖くなり思わず目を開けた。
目を開けてもその状態は変わらず、寧ろいつも見ている景色と合わさって視えている。
そして、何より一番驚いたのは
アトリエ付近に集中して視える事からルナ達だろうと推察する。
「つーかコレ、どうしたらいいんだよ!?」
黒斗は半べそをかきながら慌てて走り出す。
怖い。
ずっとこのままなんじゃないかと想像しただけで恐怖が襲いかかる。
――えっと……たぶん、ルナの魔力は……。
一際輝いて視える魔力へ向かって全力で走り続けた。
その頃、ルナと
「ルナ、見せてくれてありがとう。凄く楽しかった!」
「皆には内緒だよー?」
二人は笑い合い、作業部屋の掃除をしている
「ルナぁ!!」
小川の方から黒斗が勢いよくこちらへ向かってくる。
おそらくスピーダーを所持しているのだろう、いつにも増して速いので二人は思わず叫んでしまう。
使っている分には気にならないが見ている側は怖い。
「どしたの? 血相変えて」
「ちょ、ちょっと、修行の事で話があるんだけど……」
いつもと様子が違う事が気になり、ルナは一旦
彼女を見届け、場所を変えようと黄色屋根の倉庫裏へ移動すると、無造作に置かれている木箱の上に向かい合って座った。
「……で、どしたの?」
「なんか、目を瞑っていても色々視えるというか、ずっと視えたまんまっつーか……。皆が何処にいるのかわかるようになって、めちゃくちゃ怖いんだけど……」
今にも泣きそうな顔で助けを求めている。
「おぉ! もう魔力感知能力を習得したのかぁ!! 流石、黒斗は飲み込みが早いねぇ!」
ルナはルンルン気分で身体を左右に動かしクネクネ踊りながら習得を喜んでいた。
喜ぶ余裕などない黒斗は思わずムッとするが、今はそうも言っていられない。
「魔力感知、って何?」
「黒斗が視たものそのものだよ。魔力を通じて色んなものが全て視える。皆の魔力はもちろん、魔獣や大地、生物、瘴気も全部ね」
「え、お、俺、どうしたらいいの?」
「オンオフのコツは掴んでる? 電化製品のスイッチをイメージすると早いと思うけど…」
ルナは木箱の上で胡座をかきながら、自身の集音器のジャック部分をスイッチのように指で押したり離したりを繰り返している。
黒斗は混乱しながらも必死でイメージし、大体の感覚で能力を収めることが出来た。
「次からは使いたい時にスイッチを入れるイメージで発動させるといいよ。……にしても修行内容は少ないとはいえ、ボクより習得が早いなんて……」
「ん? 何か言った?」
「ううん、なんでもない! 修行の第一目標はなんなくクリアって事!」
「そ、そっか……」
「修行は終わってないし変わらず続けてもらうんだけど、その前に一つ約束してもらいたい事があって」
ルナは咳払いをし一度深呼吸をすると黒斗を指差し話を続ける。
「さっき話した通り、魔力感知能力を習得すると、魔力を宿すものや生物等のおおよその場所を全て把握出来るようになる。つまり、皆のいる場所を特定する事で相手のプライバシーに踏み入る事が容易くなるんだ」
「…つまり、場所の把握以外の用途で能力を使うなって事?」
「ご名答! キミってホント飲み込みが早いから助かるよ!!」
「つーかそれ、先に言って欲しかったかも…」
「ごめんね、能力の関係上言えなくてさ。ほら、
「あー…アイツならやましい事に使いそうだな……」
「ぶっちゃけ、使い方を誤ると身を滅ぼす場合もあるから、そういう面でも深入りしない事を約束してもらいたい」
「…わかった。つーか怖いから深入りしたくねぇ……」
さっすがビビりの黒斗だなぁ、とルナはからかうが反応が薄い。
一気に疲労が襲ってきたのだろう、少々ぐったりしているように見えた。
そして、思い詰めた表情は変わらない。
ルナはため息を吐き、前のめりになって話を続けた。
「キミは今やるべき事をやり遂げてる。ついさっき魔力感知能力を習得したでしょ? 着実に前へ進んでるから大丈夫だよ。キミに役割が生まれる時は魔力操作を極めた時だ」
「へっ……?」
「修行ってさ、苦労をする事、血のにじむような努力だけが修行じゃないと思う。ボクや黒斗が行っている修行は、周りからすれば誰にでも出来る簡単な事なのかもしれないけど、一番はその人の技量に合わせた小さな努力の積み重ねが大事なんだ。それに習得した後の応用力と判断力は誰にでも出来る事じゃない。少なくとも自分と比較して見下している奴に、魔力感知や魔力操作の習得なんて出来っこないよ! 誰にでも出来る事なら弟子なんて取らずに皆に教えてるしね!」
気にする事はない、キミなら確実にボクと同じくらい強くなれる。
ルナはそう言ってニカッと笑う。
攻撃だけが強さじゃない。防御を極め逃げる事だって強さに変わりはないと励まされ、黒斗は涙が零れそうになるのを必死で抑えていた。
「そうだ! 良い機会だからこれからは情報交換しよっ!」
「……へ?」
「もしもの時とか、共有しておけば皆にも伝えられるから」
「確かにそうだな……。わかった」
「決まりっ! じゃあ、これで話は終わるけどいい?」
「……うん。……ありがとう」
ルナは笑顔を見せた後、ぴょんっと立ち上がり両手を大きく上げて伸びをする。
――予想以上に成長が早くて驚いたけど、この調子で極めてもらえれば……。
皆と向き合っていくにつれ不安だった心が自信に繋がっていくのを感じていた。
この調子で残りの魔力も探し浄化していこう。
そう考えながら別館へ向かおうとしていたところでふと足を止める。
「……そうだ」
ルナが言葉を発したので黒斗の目は反射的に彼女へと向く。
先程とは打って代わり真剣な表情だったので、黒斗は思わず息を飲んだ。
「もう気付いてると思うけど……何かあったら直ぐに知らせて欲しい」
ルナは多くを語らずアイコンタクトを取ろうとする。
それが何を意味するのか、黒斗は直ぐに理解した。
――わかった。
そう頷くとルナは何も言わずにこの場を去っていった。
二人のやり取りは終わり、黒斗はこの場から見える穏やかな景色をしばらく眺めていたのだった。
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