#13

 翌日。

 部屋の掃除が終わるまで簡易魔導テントを出してもらった黒斗が本館に入ると、既に三人は起きており地下へと降りる階段の前で何か話をしている。

 掃除道具を取りに来た彼に気付いたルナは「ちょっと来て!」と声をかける。

 どうやら地下室の説明をしていたようだ。



「この下には師匠とおばあちゃんが集めた本が置いてあるんだ。なんてカッコイイ名前が付いてるんだけどね。結構広いし本も沢山あるから読みたい時は何時でも使ってくれていいよ。そこの本棚もね。あ、読み終わったらちゃんと返してね!」



 説明が終わり解散するとあおと瑠璃は地下へ降りていく。

 ――本か。落ち着いたら行ってみようかな。

 黒斗は今やるべき事を行うべく物置部屋へ向かおうとしたがもう一度ルナに呼び止められる。



「そうそう。修行の話なんだけど、お昼頃にテントの中で待っててくれない? そこで説明するよ。」



 ルナはそう言うと準備があるからとそそくさと二階へ上がってしまった。

 修行の内容は気になるが、今は終わりの見えない掃除の億劫さの方が上回っている。

 やらなきゃ終わらない。

 黒斗はそう言い聞かせて重い足取りで別館へと向かったのだった。



 一方その頃、地下にある魔導図書室の扉を開け中に入ったあおと瑠璃はその光景に目を奪われていた。

 シャンデリアの淡い照明とモダンな本棚が落ち着いた雰囲気を出している。

 本棚はおおよそ二メートルほどの高さがあり、どの棚も本がぎっしりと詰まっていた。

 壁側の本棚は天井まで伸びており、大きな脚立がいくつか置かれている。

 ここから右側をぐるりと周ったところにも本棚があり、図書室と呼んでいるのも頷ける程の数があった。

 階段の近くには申し訳程度のテーブルと椅子が置かれている。



「……これ、探すの大変そうだね。」



 瑠璃は一番近い本棚を確認する。

 棚の一番上にはどのジャンルの本が置かれているのかが書かれてあった。

 棚の側面には本の位置を示した地図が書かれている。

 とはいえ読みたいジャンルが決まっていればいいが、現在そうではない二人にとって本探しは骨の折れる作業だ。



「じゃあ私、あっちの方見てくる!」



 そう言ってあおはそそくさと右側の奥へと行ってしまった。

 ――わたしも探しにいこう。

 瑠璃はめぼしいものも思い浮かばないまま、左奥から順に見ていく事にした。

 突き当たりの本棚と壁の隙間に大きい脚立が立て掛けられている。

 瑠璃の身長のおおよそ二倍くらいの長さだ。

 少し持ち上げてみるとそれなりの重量がある。

 右側を見ると奥までびっしり本棚があり、天井まである壁側の本棚の縁に本のジャンルが書かれていた。

 ――あれ?

 何故だかわからないが右側奥にある本棚が気になった。

 他の棚には目もくれず着いた先にあったのは料理関係の本だった。

 両隣の棚を含めた三つの本棚が料理本のカテゴリとして置かれている。

 ――そうだ、料理の勉強がしたいと思ってたんだった。

 最初はどういう本を読めばいいのだろうと悩ませながら上から順番に本のタイトルを見ていく。

 沢山あり過ぎて全ての本を確認するのは心が折れそうだ。

 ――ん?

 左横の棚の上から三段目の本が気になった。

 理由はわからない。

 心のまま気になっている本の段を見る。

 そこには初心者用の料理の基礎が詰まっている分厚めの本が置かれてあった。

 瑠璃は迷う事なくその本を手に取り図書室を出ようと出入口へと向かう。



「……あれ? 瑠璃、もう見つけたの?」



 同じタイミングで再会した事に二人は驚く。

 どうやらあおも気になる本をすぐに見つけたらしい。

 数十分以上かかりそうだと思っていた本探しがものの五分で完了したのだ。

 ――魔女の住む家だったら魔法がかかっていてもおかしくないね。

 そう言って笑い合いながらこの部屋を出る。

 あおはそのまま自分の部屋に戻り、瑠璃はキッチン側のソファーに座り本を読み耽っていた。



 あれから数時間が経過し正午を過ぎた頃、黒斗は約束通り魔導テントの中でルナを待っていた。

 ダイニングテーブルの席で呆然と遠くを眺めている。

 ――思っていた以上に掃除がキツイ。

 何もせずにそのまま入ると目も鼻もむず痒くなり掃除どころではないのだ。

 結局のところ物置部屋の隅っこに置かれている籠の中にあったバンダナ二枚をひとつは頭、もう一つは鼻と口を覆い隠す事でかなり楽になったが、何分上から下、奥から手前までの砂埃が凄い。

 中へ入るにはまず床の砂埃を除去する必要があるのだ。

 床を掃除しても他を掃除すれば必然と床もまた汚れる。

 二度手間だと解っていてもそれしか選択肢がない事に途方に暮れていた。



「おっまたー!」



 ルナは木製の箱と一冊の本を持ちテントの中へと入る。

 箱はおおよそ四十センチ×三十センチのそこそこ大きい物で、テントの中に入れるのに少々苦戦していた。

 彼女はリビングまで来ると箱と本をテーブルの上に置き、黒斗と向かい合う形で椅子に座った。



「えーっと、まずは修行の話かな。黒斗にやってもらうのはの習得だ。名前の通り魔力をコントロールする事で必要に応じた魔法を繰り出せるようになる。黒斗の場合は防壁の強度や大きさ、効果が続く時間を自在に操れるようになれば修行は終わりというわけ。」


「魔力操作、か……。で、何すればいいの?」


「黒斗にやってもらう修行内容は二つ。《己を知る事》と《大地を知る事》。以上!」



 ――へ?

 予想の斜め上をいく内容に黒斗は少し困惑する。

 結局のところ何をすればいいのか検討もつかない。

 その反応を踏まえた上でルナは話を続ける。



「やっぱボクと同じ反応してる! 今は詳しく話せないんだけど、修行を補助する物を持ってきたからよく読んで実践してね!」



 そう言って差し出したのは一冊の本と、それに挟まれた一枚の紙だった。

 本の表紙には《瞑想・入門書》と書かれている。

 黒斗は本に挟まれた紙を取り出してみると、八つ折りにされているそれを広げてみた。

 そこには大まかではあるがこの近辺の地図が描かれている。



「これらを活かして修行に励んでね。あとその地図、ここの敷地なんだけど、最終的にはこの敷地一帯に防壁魔法をかけてほしいんだ。」



「まぁ、掃除の気分転換にでも見て回っておいでよ。」とルナは笑いながら言う。

 ――確かにずっと掃除をするのも萎えてくるし、ちょっとだけ見に行くか……。

 黒斗は地図を畳み本の上に置いた。



「一人前のディフェンダーを目指して頑張ってねー! ……それともう一つ話があるんだけど。」


「へ? 何?」


「衣服の事! 皆今着てるやつしかないでしょ? 師匠が作った魔導具があるから渡しておこうと思って。一度に三セット分の衣服を創り出してくれるから、今はとりあえず普段着二セットと部屋着だけ。」



 ルナはテーブルの真ん中に置いていた大きな箱を黒斗の前に動かした。

 箱は側面の真ん中から蓋を上げて開ける、言わば宝箱そのものの形をしている。

 簡易的な鍵がかけられてはいるが誰でも施錠出来る物だった。

 その鍵部分の上部の角は斜めがかっており、紋章のようなものが真ん中に描かれている。

 ルナが手をかざし魔力を注ぐと瞬く間に箱が淡く光出した。



「……よし。じゃあそこの紋章に手をかざして、箱の光が消えたら離してくれていいよ。開けたら服、入ってるから。」


「あ、ありがとう。助かるよ。」


「終わったら本館のテーブルの上に置いといて。二人にも渡さないとだし。……あ、その地図、大まかに描かれてるけど正確なアイテムだから便利だよー!」



 そう言ってルナはそそくさとテントから出て行ってしまった。

 ――なんかここ、色々すげぇな……。

 驚きながらも箱に手をかざして待つと十秒ほどで光がおさまった。

 鍵を外して箱を開けると綺麗に畳まれた衣服が入っている。

 取り出してみると確かに三セット分の衣服があった。

 広げて合わせてみると丁度いいサイズとなっている。

 ここの部屋にある部屋着が入っているチェストと似た仕様のようだ。

 衣服は現在着ている服装をベースにしたコーデとなっており、三セットとも黒斗好みの物だった。

 ――早速散歩がてら見て回ろうかな。

 黒斗はもう一度地図を手に取り広げてみる。

 左上には方角を示すマークが書かれている。

 アトリエは地図でいう左側上部にあった。

 そこから北東側に畑と倉庫があると記されている。

 どうやら昨日は北側からここまで歩いてきたようだ。

 東に向かって畑、倉庫、畑と続いた先に小川が描かれている。

 ――確かに昨日、遠くにあったな。そこに行ってみよう。

 本館に出向きルナの指示通り箱を置いた後、地図を確認しながら畑の道を探す。

 小川方面に続いている本館に隣接した道を真っ直ぐ進めば辿り着けそうだ。

 黒斗はテントの中にあった懐中時計を上着のポケットに入れ、地図を片手に東へと向かった。

 左手に見える畑は何を栽培しているのかひと目で解る仕様になっている。

 場所によっては何も植えられていない箇所もあった。

 なだらかな下り坂を暫く歩くと青い屋根の建物にたどり着く。

 思っていた以上に大きい倉庫だ。

 ――一体何が入っているのだろう。

 そう思いながら何気なしに地図を再確認する。



「……へ!? 何これ!?」



 黒斗が見たもの、それは先程まではなかった赤い矢印だ。

 倉庫の下……つまり現在黒斗が立っている場所にそれがある。

 ビビっていた黒斗だったがふとルナが言っていた事を思い出す。

 ――大まかに描いてあるけと正確だと言っていた理由はこれか。

 確かにこれは便利だと納得する。

 これさえあれば迷子にならずに済むのだ。


 更に東へと進み畑の端っこに到達した。

 ここから小川まではまだ距離がある。

 黒斗はポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。

 ――ここまで歩いて十五分くらいか。

 振り返って本館を確認する。

 隔てる物は何も無いおかげで遠くにあっても十分目立っている。

 念の為に地図も確認する。

 先程倉庫の下に記されていた赤い矢印は畑の端っこまで移動していた。

 地図には畑のすぐ右側に小川があると表記されている。



「……ちょっと待て。」



 黒斗は頭の中を今一度整理する。

 この地図に表記されている一帯が魔女のアトリエの敷地だと聞いた。

 本館からここまで歩くのにおおよそ十五分、アトリエが小さく見えるくらいには結構な距離を歩いている。

 地図で計測するとここに到着するまでの距離は三センチも満たない。

 地図の左上には敷地の区切りを示す目印の特徴が書かれている。

 ――ツタをはわせる大木。

 黒斗はその大木を見た事がある。

 アトリエに向かうまでの道中で最後に休憩をした場所は、その大木を通り過ぎて三十分程歩いた先だった。



『やー、ようやっとここまで辿り着いたよー! 後一時間くらい歩けばアトリエに着くよ!』



 あの時、ルナはそう言っていた。

 つまり目印の大木からアトリエまで徒歩一時間半。

 何処からどのルートで歩いてきたのかは定かでは無いが、仮にそれが最短ルートだとする。

 アトリエとこの畑はこの地図の中心より左上部の折り目の間にすっぽり収まるのだ。

 ――敷地一帯に防壁魔法を張れって言ってたよな?

 アトリエから畑の端までの移動時間も踏まえて場所を把握するにしても、だ。



「流石に広すぎじゃね!?」



 この長距離の数十倍であろう敷地一帯に防壁魔法を張るという事。

 つまりは最終的には黒斗が想像していた以上の大きさの魔法を自在に出せるようにしなければならない。

 そう、防壁の強度は固いに越したことはない。

 ――こんなん、本当に出来るようになんの!?

 黒斗は頭を抱え嘆いていた。

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