#12

 翌朝。

 各自準備を整えた後、テントの外で集合する事になっていた。

 先程まで着用していた部屋着が消えるところを目の当たりにした黒斗の叫び声が男子部屋から聞こえてくる。

 ――アイツ、本当にビビりだな。

 ますますからかいがいがあるなとルナはニシシと笑いその場にいる二人を困惑させていた。

 十分ほど経過し皆が外に出たのを確認すると、テントを片付けルナを先頭に目的地へと出発する。

 花やキノコ、池などを見つける度にあおが興味津々で寄り道しようとするので、黒斗が毎度止めにいく光景があった。



あおー? はぐれても探しに行かないよー? 出会ったばっかなのにもうサヨナラなんて悲しいねぇ。ねー、ビビりくん?」


「……へ? ビビりって、俺?」


「黒斗以外に誰がいんのさー。」



 ルナはそう言ってあおに注意する。

 一刻も早くアトリエに帰りたい。のんびりしたい。今はその一心で歩いている。

 別行動を取られると皆が、特にルナが困るのだ。



「もう会えなくなっても知らないから!」


「ふぇ!? や、やだ! 置いて行かないで……!」


「だったらもうフラフラしない!」



 ルナが釘を刺してからは大人しくなりフラフラせずについて来ている。

 そんなあおを横目に「ビビりって言うなよ……。」と不機嫌そうにする黒斗を見て瑠璃は静かに笑っていた。

 それから数時間、何事もなく順調に進んで行った一行は無事正午を過ぎた頃に目的地へたどり着こうとしていた。



「おっ! 見えてきたよ!!」



 ルナが指差す方向に見えるのは木々のない広い丘にある大きなログハウスだった。

 大きな家の隣にも小さな家が一軒建っている。

 そこに辿り着くまでの道中には柵で囲われた畑が複数あり、畑の奥には小屋が三棟建てられていた。

 ルナ達がいるところから家に向かって赤・黄・青の屋根色になっている。

 三棟の小屋の奥には小川が流れていた。

 なだらかな坂道を変わらぬ速度で下っていく。

 十分も経たないうちに家の玄関付近に到着すると、ルナは小走りで大きい家の玄関扉前へ行き振り返って皆を見る。



「じゃじゃーん!! 魔女のアトリエへようこそ!!」



 両手を大きく広げて笑顔で迎えるその姿はとても嬉しそうだった。

 ルナは大まかに場所の説明をする。

 彼女が立っているこの大きな家はと呼んでいる。

 道沿いに玄関がある、屋敷と呼べるくらいの大きなログハウスだ。

 向かいにある小さな家……といっても縦長にそこそこ大きく、人の街にある民間の宿泊施設のような大きさの木造住宅はと呼んでいるそうだ。

 こちらは道沿いに一つと道から外れた本館の入口側に扉がある。

 ルナが扉のドアノブに手をかざすと淡い光が現れ「ガチャッ」と音が鳴った。



「さぁさぁ入って!! まずは休もう!!」



 ルナを先頭に皆も本館の中に入った。

 少し大きめの玄関は簡易魔導テント同様左手側に靴箱と傘入れが置かれている。

 玄関側の広間はローパーテーションやローシェルフなどで仕切られているおかげで空間が広く見えた。

 目の前の廊下を真っ直ぐ進んだ先には階段が二つある。

 どうやら地下室もあるようだ。

 右手側のリビングルームは玄関横にガーデニングスペース、その奥にはソファー三つほどと大きなテレビ、奥には大人数用のダイニングテーブルが置かれていた。

 左手側の作業スペースは吹き抜けになっており、奥にある本棚は天井までぎっしりと本が並べられている。

 好きなところに座っていいと言われ、瑠璃はソファー側のダイニングテーブル、あおはテレビ前のソファー、黒斗は玄関側のソファーに座った。



「……広い。」



 瑠璃は思わず言葉を零した。

 この奥にも部屋がいくつかあり、ここに住んでいるのはルナと師匠だけだと教えてもらう。

 二人で住むには広すぎるようにも見えるが、集めた物を収納するには丁度いい広さなのだそうだ。



「なんかそのコレクション、ババアとおばあちゃんが五百年かけて集めた物なんだって。一番多いのは本らしいよ。」



 ――ババアとおばあちゃん……?

 三人は疑問に思ったが敢えて触れなかった。

 ルナはさりげなく教えてくれるが、皆が一番驚いたのは収集していた期間だった。



「ボク達は……って言ってもボクは特殊だけど、言わばなんだよね。体内に宿から、人間と違って魔力が尽きない限り半永久的に生きていられるんだって。」



 生命と魔力の両方を所持する獣はと呼んでいる。

 現時点では魔力を宿している人間は存在しておらず、魔法や魔獣の存在を知っている人間は限られていると教えもらったのだとか。

 にわかに信じ難い話だが、積極的に人と交流を続けていれば嫌でも思い知らされると師匠が話していたそうだ。



「ま、ボクは起動して三年くらいだからよくわかんないけどね! そうそう、話は変わるんだけど……。」




 ルナは徐ろに右手で何かの鍵をクルクル回しながら話を続けた。

 その鍵は二つ付いており、ぶつかる度にガチャガチャと音を立てている。



「皆の部屋の事なんだけど、あおと瑠璃は二階の部屋、黒斗は別館の二階の部屋を使ってもらっていい? 好きな部屋を選んでくれていいんだけど、どっちもしばらく開けてないし掃除しないと使えないからそこはよろしく!」



 そう言って手に持っている鍵を黒斗にポイッと投げた。

 黒斗は投げられたそれを慌てて両手で受け取るが表情はポカンとしている。



「マスターキーだから無くすなよ! ハッ! もしかして、女子と同じ二階に住みたいの? えっち!」


「は!? いや、それはいいんだけどさ。さっき魔法で鍵開けてたよな? 向こうは違ぇの?」


「うん。こっちは面倒だからって魔力で開けれられるように師匠が細工してて。向こうはほとんど使ってないからって何もしてないんだって。あ、二階に上がるなら出てすぐの扉が近いよ。」



 ――へぇ。

 黒斗は鍵を眺めながら立ち上がり「ちょっと見てくる」と早々に家を出て行った。

 彼が出ていく姿を見届けた後、一息ついて「ボク達も行こうか。」と皆で立ち上がる。

 階段を登ろうとした時、砂埃を被った黒斗が少し不機嫌な様子で玄関まで戻ってきた。



「なんだよアレ!? 汚すぎて入れねぇんだけど!?」



 黒斗は涙目で盛大にくしゃみをしていた。

 状況が気になったあおと瑠璃も二階に上がるのを止め別館へ赴き中を確かめに行く。

 ルナが外に出た頃にはあおがくしゃみをしながら別館の入口に立っていた。

 どうやら勢いよく中に入ってしまい砂埃まみれになっている。

 黒斗と同じ状態になっていた。



「……ルナ、とてもじゃないけど今日中に掃除が終わる状態じゃないよ。流石に終わるまでは二階かテントで過ごしてもらった方がいいと思う。」



 中に入らなかった瑠璃も困惑していた。

 電気を付けようにも何処にスイッチがあるのかもわからない。

 その上埃のような何かがたくさん宙を舞っているのだ。

 下手をすると電気をつけると危険かもしれない。

 どうやったらここまで汚くなるんだと黒斗が嘆いている。



「あー……、一年前に掃除頼まれて魔法でチャチャッと済ませようとしたら悪化しちゃってそのままにしてたんだった……。てへっ☆」


「はぁ!? 元凶お前かよ!? 責任持って何とかしろよ!」


「えぇ!? 住まわせてあげるんだからそれくらいしてよー!」


「うっ、それを言われると……。」



 黒斗は何も言い返せなくなった。

 住まわせてもらう以上多少理不尽でもやらざるを得ないか、と諦めようとしていたところに瑠璃が助け舟を出そうと口を開く。



「流石に全部を掃除するのは荷が重すぎるし、二階までの動線だけで十分じゃないかな? だってルナの不手際だもんね?」



 そうルナに意見する瑠璃の左手にはいつの間にかハリセンが握られている。

「ヒィ!!」とルナの悲鳴が聞こえた。

「先にそこの掃除を終わらせてくれたら後はから大丈夫だよ」と言う彼女は笑顔だ。

 ――瑠璃って怒らせると怖いタイプかもしれない……。

 黒斗とあおは気をつけようと心に誓うのだった。


 一旦本館へ戻り、「この後掃除道具の場所を教えるから少し待ってて」と黒斗に告げ、次は女子組が二階へ上がる。

 ルナを先頭に階段を上ると広めの廊下が奥まで続いており、突き当たりには扉越しにベランダが見えた。

 両端に扉が三つずつとその奥に扉のない物置部屋が二つあり、物置部屋には日用雑貨とアメニティグッズが置かれている。



「好きな部屋使っていいよ。内装は家具の色以外はどこも同じだけどね。あ、ボクの部屋はここだよ!」



 そう言ってルナは階段を上ってすぐ右手側の部屋を指さした。

 二人は顔を見合わせてから全ての部屋を確認する。

 部屋の中は少し大きめの棚付きベッド、ローテーブルと座布団数枚、作業用のテーブルと椅子、チェストと棚が配置されていた。

 彼女の言う通り家具の色だけが違うので、選ぶ基準は色と部屋の場所ぐらいだろう。



「……私、左奥の部屋がいい!」



 そう言ってあおは左奥の部屋の前に立ち指を指して二人にアピールしている。

 ルナに承諾を得ると嬉しそうにしていた。



「それじゃあわたしはこの部屋にしようかな。」



 瑠璃は右奥……あおの向かいの部屋を選んだ。

 ルナに承諾を得た後、瑠璃はもう一度部屋を確認する。

 使われていない部屋独特の臭いと汚れがあった。

 ――確かに掃除しないと使えないかも。

 階段を登った廊下の突き当たりと玄関側にはベランダが設置されており、そこで洗濯物や布団等を干すといいとルナに教えてもらう。



「先に布団と枕と座布団を干して置いた方がいいよ。今のうちにやっちゃおう!」



 ルナはそう言って自分の部屋へと入っていった。

 彼女も二週間も満たない期間家を空けている。

 お日様の匂いに包まれて寝たくなったようだ。

 瑠璃とあおも続いてそれぞれ布団等を干していく。

 ベランダには物干し竿と洗濯物ハンガー、ステンレス製の椅子が置かれていた。

 瑠璃は先に布団を持って行きベランダの柵にかける。

 枕は椅子の上に置き、座布団は落ちないように数箇所ハンガーにかけて干した。

 ――一先ずこれで大丈夫かな。

 確認してから部屋を出ると、どうやら一番に干し終わったらしい。

 ルナとあおは部屋とベランダを往復していた。

 時間を持て余した瑠璃は自分の部屋のさらに奥にある扉のない部屋を覗いてみる。

 歯ブラシや綿棒から化粧水まで女性が必要とするアメニティグッズが沢山置かれてあった。

 ――これ、使っていいのかな?

 後で聞いてみよう。そう思った所にルナとあおも続けて部屋から出てくる。



「よーし! じゃ、掃除道具の場所まで案内するから下に降りよう!」



 ルナはニカッと笑いながら階段を降りていったので二人も後に続いて降りていく。

 階段を降りると先程と同じソファーに黒斗が座っていた。



「おまたせー! これから掃除だってー……あれ、黒斗?」



 浮き足で駆け下り声をかけたあおだったが彼の異変に気付く。

 口を半開きにしたまま呆然と遠くを見ているのだ。



「……もしかして、魂抜けてる?」



 あおは心配になり黒斗に近寄る。

 ……気付いていない。

 疲れが出たのだろうか。



「きっと気が抜けたんだろうね。」



 瑠璃はそう推測し苦笑する。

 あおが声をかけても反応がない。

 彼女はめげずにもしもーしと声をかけながら目の前で手を振って見せる。

 力の抜けた声を発しながら黒斗は手の主に顔を向けた。



「おまたせ。掃除道具取りに行こうだって。」



 あおは優しく微笑みかける。

 黒斗のボーっとしていた頭が動き出す。

 ――あ、うん、わかった。

 そう言って黒斗が立ち上がるのを確認したルナはキッチンの奥に進んで行く。

 皆も後に続くと、廊下の突き当たりの左手側に物置部屋があった。

 反対側にはトイレが二つある。



「道具はここにあるからいつでも使ってね。」



「それじゃあ掃除スタート!」とルナが張り切って言うとそれぞれ掃除の為に行動するのであった。

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