第一章
Episode 2 【厄廻りディフェンダー】
#6
「……あれ?」
それは三人が寝泊まりした翌朝。
簡易魔導テントを片付け、魔女のアトリエに向かっている最中だった。
突然立ち止まったルナは辺りをキョロキョロと見回している。
急にどうしたのだろうと気になった瑠璃は彼女に声をかけた。
「えっと……、すっごーく申し訳ないんだけど……。」
振り返ったルナは勿体ぶった言い回しでモジモジしている。
二人は首を傾げながら話の続きを待った。
「……師匠の魔力、感知したんだよねぇ。ここから遠くの方だから、今追いかけると今日中にアトリエに着かなくなっちゃうんだけど……。」
彼女の言い方からして、アトリエと探しものの魔力は正反対の位置にあるという事だろう。
「探しに行こ! 私も瑠璃も異論ないよ。」
「なんかごめん……。二人とも楽しみにしてくれてるのに…。」
「わたし達の事は気にしないで! それにあのテント、住めるくらい快適だったから平気だよ。」
「野宿じゃないから大丈夫!」
「あ……、
二人から了承を得たルナは変身魔法で犬の姿になり辺りの匂いをクンクン嗅いだ。
犬の姿で居る方が魔力を感知しやすいらしい、と
やっぱりババアの魔力だ、と南西の方向を向き、ついてこいと言わんばかりに歩き出した。
慌てて二人も後を追いかける。
先程とは違い辺りは木々が生い茂る森の中。
何処を歩いているのかわからない。
ルナとはぐれてしまえば迷子どころでは済まないだろう。
幸い三人は魔石なので餓死してしまう事はないが、この森には魔獣が住んでいると聞く。
襲われたら一溜りもない。
『絶対にボクから離れないでね。』と二人は念を押された。
道中似たような景色ばかりではなく、キノコが沢山生えていたり、川が流れていたり、花が咲き乱れている場所があったりと思いのほか飽きが来なかった。
瑠璃にとって探索するのは初めての事。
ワクワクしながら辺りを見渡し景色を堪能している。
かく言う
好奇心が勝っているようだ。
一時間歩く度に小休憩、それを四回ほど繰り返した頃には十二時を少し越えた時間になっていた。
間に休憩を挟んでいるとはいえ
一方ルナはというと出発した時と対して変わらない。
ロボットだからか体力があるのかは定かではないが長距離の移動は平気なようだ。
「……着いた! この辺りの何処かにいるから探そう。」
ルナは立ち止まり振り返って二人の目を見る。
小休憩から歩き出して十五分ほどではあるが、疲れていないかを確認すると再度歩き出した。
「……ねぇルナ、魔力が分かる範囲ってピンポイントじゃないの?」
疑問に思った瑠璃は勢いで質問してしまう。
──しまった。これじゃあ探すのが億劫だと受け取られるかも…。
そう後悔していた瑠璃だったがルナは気にする素振りも見せず質問に答えてくれた。
「そうなんだよねぇ。瑠璃の場合は
ルナは再度クンクンと匂いを嗅ぎキョロキョロしている。
どうやら匂いを嗅ぐ事で魔力の濃い場所をある程度特定しようとしているらしい。
原理はよく分からないが二人はただついて行く事しかできない。
「何か見つけたらすぐ教えて!」と言われたので二人も辺りを遠目でキョロキョロと見渡した。
「早く見つかるといいね。」
瑠璃の言葉に「そうだね」と
突然の出来事に戸惑いを隠せない瑠璃は反射的にルナに助けを求める。
「おおー! 」と関心しながらルナはまじまじと瑠璃を見つめていた。
「覚醒したんだね、おめでとー!!」
「か、覚醒……?」
「そ。キミも魔法、使えるんだよ。」
ルナは話を続ける。
魔力を宿した宝石……つまり魔石は石の特性を活かした魔法が使える。
ルナの師匠も
「瑠璃の場合はラピスラズリっていう宝石だから、さしずめ
「そうなんだ…。目に見えてわかるものだけが魔法じゃないんだね。あんまりピンと来ないけど……あっ。」
話の途中で遠くの方に人影があるのを見つけた。
探し始めて五分ほど、瑠璃の魔力が発動してから二分も経っていない。
「やっぱりすぐに見つかったね。」とルナは言う。
人影は動く気配がないので急がず行こうと変わらぬペースで歩み寄った。
少し歩くと木々が伐採されたであろう場所に出る。
その一帯は切り株のみが転々とある状態でどこか奇妙な光景だった。
そのおかげか青空を堪能出来るスポットと化している。
一帯を囲むように森が広がっているので、どうしてここで伐採したのか理解出来ないほどであった。
魔獣が関係している可能性もある。
だが荒れた形跡は見当たらないので戦闘が起こっていた訳ではなさそうだ。
ここまで来ると先程まで見えていた人影がくっきりと見えてくる。
黒髪の青年が俯いた状態で切り株に座っていた。
近付くにつれ顔がハッキリと見えてきたが、どこか思い詰めた表情をしている。
「あ、あの……!」
声が届く場所まで辿り着いたところで声をかけたのは
少し緊張した様子で彼に笑顔を向けている。
沈黙が数秒続いた所で青年の表情はみるみる青ざめていった。
「わぁぁぁぁぁ!! ご、ごめんなさぁぁぁぁい!!!!!」
彼は半泣きで叫びながら逃げ出してしまった。
予想外の反応に
あっという間に去って行く二人を、ルナと瑠璃は呆然としたまま見届けていた。
「「……え?」」
二人は顔を見合わせ首を傾げた。
一体何が起こったのか、頭の中で整理する。
青年はルナ達を見て怯えた様子で逃げ出し、
「……なんだよ失礼な奴だな。」
ルナは思わず愚痴を零すがある事に気付きハッとした。
「ちょっと、
追いかけよう、と慌てた様子で瑠璃に告げるとそのまま走り出した。
瑠璃も後に続いて追いかける。
ついて行くのに必死な瑠璃に合わせて、走っては止まる、走っては止まるを繰り返す。
魔力感知を頼りにただひたすら追いかけた。
一方その頃、青年はただひたすら走り続けていた。
──ふざけんなよ、せっかくここまで逃げてきたのに…。これ以上面倒事は勘弁してくれ!
心の中で本音を吐き捨てる。
もう限界だ。今はただ休みたい。その一心でここまで来たのに。
後ろは振り向きたくない。
大体いつも振り切れていたから今回も大丈夫だろう。
そう考えながらも、先程声をかけてきた彼女の事を思い出していた。
――なんだろう。あの子、何か……。
「ひっ……!」
青年は考え事に夢中で周りが見えていなかったのもあり、目の前に崖がある事に気付いていなかった。
ここから見下ろす限り、下に生えている木々の三倍程の高さがあるように見える。
そのまま落ちていたら最悪命を落としていたかもしれない。
青年の背筋をゾッとさせた。
気付いてすぐに立ち止まったせいで身体の疲れが一気に降りかかる。
――とりあえず、少し休みたい……。
そう思いながら両膝に手をついて呼吸を整えていた。
「あ、あの……!」
「へっ!?」
誰も居ないと思い込んでいたところに声をかけられ青年は過剰に反応する。
既に泣きそうな表情だ。
──嘘だろ…!? 結構走ったのにここまで着いてきたのかよ!?
動揺しながらも
走り疲れてすぐには動けないのだ。
「あの…突然ごめんなさい…。驚かせるつもりはなかったの……。」
そう言って
一歩近付いたおかげで青年の顔は青ざめていく。
「……た、頼む…。来ないでくれ…。これ以上は勘弁して!」
青年が一歩後ろに下がったその時だった。
着地した右足が地面を崩し、身体が後ろに倒れていく。
ここが崖である事を忘れていたのだ。
──あ、終わった。
こんな高さから落ちてしまえば一溜りもない。
人生とはこんな呆気なく終わってしまうものなんだと受け入れてしまう。
抗う事も叫ぶ事も出来なくなった青年は重力に身を委ねるしかなかった。
「ダメぇ!!!!」
崖から落ちていく彼を無我夢中で追いかけた
既に空中にいた青年に引っ張られる形で彼女も落ちて行く。
《彼を助けたい》
地面に近付くにつれ意識が朦朧としていく。
青年の目に映るのは一緒に落ちて行く彼女と、彼女の身体から放たれた光だった。
――何してんだろ、俺…。
巻き込んでしまった事への罪悪感を抱いたまま、地面に叩きつけられる前に気を失ってしまった。
二人が落ちてから体感三分が経った頃にルナと瑠璃が到着する。
ルナには先程
何かが落ちたような音も聞こえた。
辺りを見渡した二人は崖を発見し、しゃがんだ状態で恐る恐る下を覗き込む。
あまりもの高さに瑠璃は小声で悲鳴をあげた。
崖から二メートルほど離れた所で二人が倒れている。
仰向けになった青年の上に
「え……、こ、これ…大丈夫なの……?」
瑠璃は怖くなり身体が少し震えている。
このまま二人が目覚めなかったらどうしよう、と思わずルナの尻尾を掴み顔を向けた。
突然掴まれた事に悲鳴をあげるルナだったが、落ち着いた様子で口を開く。
「……血は出ていないし、あの様子だとおそらく大丈夫だ。
「そ、そうなの…?
「
「そうなんだ…。」
――さて。
ルナはどうしたものかと悩んでいた。
自分一人ならすぐにでも
彼女を置いて二人の元へ駆け寄るわけにもいかない。
やっぱりこうするしかないか、とため息をつきつつ瑠璃に話しかける。
「少し遠回りになるけど降りよう。やっぱり魔力の主は
そう言って「こっちだよ」と瑠璃を先導する。
──どうか無事でありますように。
心から願いつつも二人はこの場を去ったのだった。
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