真田君の夢を見る

佐竹大地

真田君の夢を見る

「タイムカプセルを作ろう!」


 真田君が立ち上がって言いました。

 小学校の卒業を控えた教室。生徒たちは集まっているけれどもう授業もなく、別れを惜しみつつだらだらと過ごしている空白の時間です。


「将来の夢とか、未来の自分への言葉とか、今の悩みとか、誰にも言えない秘密とかを紙に書いて、そんで土に埋めようぜ! 後から見たらきっと楽しいぞ!」


 真田君はキラキラした言葉を堂々と提案します。正直なことが良いと思っているかわいい男の子です。


「えーでもなー」「急にそんなの……」「恥ずかしいし……」


 ためらうクラスメイトたちに、真田君はそれでも主張を続けます。


「せっかくの卒業なのに、やることが答辞とかじゃもの足りないだろ?」


 答辞、楽しかった学芸会! 学芸会!!!!!みたいなやつです。暗記ゲーです。


「こないだプレゼント交換したじゃん」


 プレゼント交換。クラスメイトが持ち寄ったものをランダムに交換するというイベントです。思い出の一環として実施された遊びです。真田君にはやけに重いフィギュアがついているスマホのストラップが届きました。怪訝な顔をしていましたがちゃんとスマホにつけてくれました。


「ねえ、先生? いい?」


 真田君が甘えたような声で尋ねると、先生は少し困った様子で答えます。


「いいけど、なんの用意もないよ」


「大丈夫! ガチャポンのカプセル持ってきたから!」


「やる気満々だったんじゃねーか」


「まあな! 急に言ったほうが本音とか出ると思って! よし書こう! 正直に! 誰にもバレないから!」


 真田君はテキパキとカプセルと小さな紙を配ります。みんな困惑しながらも手を動かし始めます。


「なんも浮かばないよ」「おい、見せろよおまえ」「瞳ちゃん、めっちゃ書いてるね」「じゃあ先生も書こうかな」「大人の十年って大した変化ないと思う」「小学校留年させるぞ」


 いろんな声が聞こえてきます。ためらいつつ、いざ書くとなったら楽しそうです。


「こういうの、マジで書いた方が後から見て楽しいからな!」


 真田君のしつこい念押しにみんな呆れつつえんぴつを動かします。自分の正直な気持ちを文字にするのは気恥ずかしいですが、おそらく卒業というテンションがそうさせるのでしょう。


 みんな紙を折り、カプセルにしまいました。そして真田君が回収して布の袋に入れました。

「で、どこに埋めるの?」


 クラスメイトからの疑問に、真田君が答えます。


「裏の森にしよう!」


 森、それは校舎裏にある小さな林、というか木がちょこちょこある公園です。それでも子供にとっては森です。男子は放課後よくそこで遊んでいます。


 みんなでそこに行って、袋ごと埋めました。勝手に埋めていいのか、十年後とか誰が覚えてるのか、そんなに紙が保つのかとか疑問はみんなあるでしょう。でも無駄になっても楽しいからいいのです。子どもには、光り輝く未来があるのです。



 ★



「あ、忘れ物したから学校行ってくる」


 その日の夜、真田君は家で言いました。


「こんな時間に?」


 母親が怪訝そうな声で尋ねます。既に日は沈んでいて、8時を回っています。小学生には遅い時間です。

「う、うん。いってきまーす」


「気をつけてね。すぐ帰ってくるのよ」


 その声を聞いて家を出ました。母親の怪しむ視線が突き刺さりますがそんなの気にしません。昼間とは異なる暗い通学路を歩く真田君の姿が見えます。少し緊張しながらも足速で、高揚した様子です。


 向かう先は学校のようです。しかし目的は忘れ物ではないようで、裏の森へ行きました。昼にタイムカプセルを埋めた場所です。


 スマホを取り出しライトをつけます。周囲が明るくなり、真田君の緊張した表情が映ります。プレゼント交換でもらった重いキーホルダーがじゃらじゃら鳴り、静かな空間に響きます。真田君はふうっと息を吐いて、リュックから手袋、スコップを取り出しました。


 そして、地面を堀りはじめました。


 ザクザクと土をかきわけると、すぐに袋が見つかりました。思い出というには早すぎる、全く熟成されていない袋。なんの感動もないはずです。しかし真田君は歓喜に満ち溢れているようで、その手は少し震えているように見えます。

 袋の土を払い、紐を緩めてカプセルを中から取り出します。そして気持ちよさそうにパカッと開きました。恍惚とした笑みを浮かべます。


 真田君は、他人の秘密を見るのが大好きなのです。


 低学年のころは無邪気な男の子でした。しかし一人部屋を入手し、スマホを買い与えられネットにアクセスすると目覚めました。人には表と裏の顔がある。みな本音を隠しているが隠しきれない。世界は清潔になろうとしてるけど、汚さこそ愛おしい。そんな欲望を持つようになりました。

 今はヒーローアニメより芸能人の不倫のニュースを見る方を好みます。炎上した配信者の住所特定が趣味なので地理は人一倍得意です。

 真田君は、現代の申し子なのです。


 だから他人の秘密を覗くため、タイムカプセルを埋めようなどと提案したのでした。クラスメイトの秘密そのもののカプセルを持ち、周りが見えないくらいウキウキの様子です。

 そして折り畳まれた紙を開き、読み始めました。


『ぼくはクラスでは真面目なキャラで、親にも公務員になれって言われるけど、ほんとは嫌です。ユーチューバーになって楽してお金持ちになりたいです」


「こういうのだよこういうの」


 感想を口に出してます。至福の時を味わっている表情です。真田君は秘密を知りました。我慢できない手つきで次のカプセルを開けて紙を読みます。


『ぼくは親には自由に生きろって言われるけど、公務員になって安定した生活を送りたいです』


「悲しいすれ違いがあるな」


 真田君は色々な人間がいることを知りました。次のカプセルを開けて紙を読みます。


『わたしは動物が好きで、とくに羊さんがもこもこしてて好きなので、将来は羊飼いになりたいです』


「聖書でしか聞かない職業だ」


 次のカプセルを開けます。


『ぼくは小学生生活でたくさんの失敗と後悔がありました。年下の子にはおなじあやまちをくりかえしてほしくありません。だから学校の先生になって、後進の育成に努めたいと思います』


「気が早いな」


 カプセルを開けます。


『私は世界をまたにかけた大企業で活躍したいので、東インド会社に入りたいです』


「もうないぞその会社」


 真田君のつっこみが夜に響きます。


「うーんなんだかなあ。みんなちゃんとやってくれよ。もっと恥ずかしいやつとか本気の秘密がほしいんだよなあ」


 真田君は失望した表情でぶつぶつ言っています。とても偉そうです。ちょっとテンションが下がった様子で、次のカプセルを開きました。


『私の夢は、素敵なお嫁さんになることです! 私は、真田君が好きです!』


「っ!?」


 思わず声が漏れました。呼吸が止まりかけました。自分の名前が出たからです。


 真田君は嬉しさと罪悪感がどちらも芽生えつつ、しかしそうはいっても嬉しさが圧勝したようなニヤついた表情を浮かべています。今後の人生でもこの瞬間を思い出すだろうという至福の時間でしょう。ワクワクを味わいながら読み進めています。


『真田君の見た目も性格もかわいくて好きです。

 自分がやりたいことを堂々と言う正直さが好きです。

 人の秘密を知りたがる好奇心旺盛なところが好きです。

 普段明るいのに姑息な作戦を立てるギャップが好きです。

 人間らしいところが好きです。

 人の風上に置きたくないところが好きです。

 倫理的に終わってるところが好きです。

 気づけばいつのまにか、真田君を目で追っていました。

 学校でも真田君を見て真田君の声を聞いて常に真田君のことを考えています。

 だから真田君のことなら全てわかります。

 真田君はタイムカプセルを集めて、後からこっそり掘り起こして、みんなの秘密を覗いて楽しんで、そしてこの文章を読んでいますよね。

 そんなあなたを、私は見ています。

 いまも、ずっと、後ろから』


「……え?」


 真田君の声が凍っています。手を震わせて、周囲をきょろきょろ見回しています。ビビっています。きっといたずらだ、厨二病で驚かせてみただけなんだそんなことを思っているのでしょう。その姿を見るのは、とても愛おしい。至福の時間です。


 真田君は自分の後ろ、暗闇に絡まる茂みにライトを当て、凝視します。


 私と目が合いました。


「真田君!」


 私はガサッと音を立てて、茂みの中から出ました。もう我慢できません。


「うわあああっ!!!」


 真田君が高い声をあげます。まだ変声期前のとってもかわいい音色です、


「な、なんだお前!?」


 真田君が尻餅をついて後ずさります。とってもかわいい動作です。なんて言ってる場合ではないです。


「落ち着いてください! 瞳です! クラスメイトの! 真田君が読んでる手紙を書いた者です!」


「だからこそ怖いだろ! なんだあの紙!? なんでここにいるんだ!?」


 パニック状態の真田君に、私はがんばって説明します。


「紙に書いたとおりです。私、ずっと真田君を観察して、自分のことなんて考えず真田君のことを思ってました。その……真田君を好きなので」


 好き、改めて口で伝えるのは勇気がいります。それでも私は勢いで言いました。


「真田君の行動はわかってました。ああ、この人はタイムカプセルを提案したけど、それは後からみんなの秘密を見て楽しむためなんだなって」


 真田君は混乱しながらもバツが悪そうにしています。全部見られてたという事実が見に染みてきたようです。狼狽した様子で口を開きます。


「で、でも、なんで今日のこの時間に掘るってわかったんだ?」


「あ、その、プレゼント交換あったじゃないですか。真田君が当たったスマホのストラップ」


「え、これ?」


 真田君が不思議そうにスマホについているストラップを持ちます。ジャラジャラとして妙に重いフィギュアがついています。


「はい、そこに盗聴器を仕込みました。プレゼント交換で真田君に回るようにちゃんとクジを操作したりして」


「マジか。俺でもやらんぞそこまで」


「えへへ」


「褒めてないからな」


「それで真田君が学校に行く声が聞こえたので、私もお母さんに怪しまれながら家を出ました。真田君を見つけたので後をつけてました。あとは後ろの茂みに隠れて真田君の掘削とかつっこみを見て聞いてました」


「そ、そうか……うん……」


「そして真田君が私の手紙を読んだので、勢いで出てきたんです」


「お、おう……ああ……」


 真田君からうめき声しか返ってこなくなってしまいました。私のことをやばいやつだと思ってるのがヒシヒシと伝わってきます。このままではいけません。なにか言わなくてはいけません。真田君に響くような、私の正直な感情を。


「あの……真田君が卒業してもう会えなくなるの寂しいし、でも面と向かって告白するのも勇気いるし、だから、カプセルで気持ちを伝えられたらと思って……勇気を振り絞ったというか、その……」


「なに健気なやつみたいな感じ出してるんだ。盗聴器しかけるストーカーのくせに」


「真田君こそ、なに被害者みたいな雰囲気出してるんですか。みんなの秘密覗いてた人間のクズなのに」


「……ちっ」


 まずいです。論破してしまいました。こんなことをしたかったわけではないのに。どうしましょう。


「そういえば、真田君はタイムカプセルになに書いたんですか?」


 話題をふってみました。肝心の真田君の夢は見ることができなかったので、ずっと気になっていたのです。


「見せるの恥ずかしいな」


「恥ずかしがる権利ないですからね」


 地面に落ちていた袋を漁り真田君のカプセルを手に取ります。正直な世界を望む真田君、本心はなんなんでしょう。彼はなにを願ってるんでしょうか。期待が膨らみます。


 カプセルを開きます。紙の上に、真田君の文字が飛び込んできました。


『誰でもいいから女の子と付き合ってみたい』


 めちゃくちゃ正直だ! 一番つまらん! 散々みんなの夢に文句言ってたのに! 隠し事とか関係ないし! なんだこいつ!


「小学生男子は実際こんなもんだろ。人って案外、隠したい深い本音なんてそんなに持ってないのかもな」


「それっぽいこと言って開き直ってる! 正直だからっていいってもんじゃない! DQN! 虫ケラ! デスノートの左上に書きたい名前ランキング1位!」


 私が罵倒を続けていると、真田君がぼそっと言いました。


「俺たち、気が合うかもな」


「え?」


 真田君は落ち着きを取り戻したのか堂々とした様子です。


「俺は人の秘密を知りたくて、瞳は俺のことをなんでも知りたいってことだもんな。つまり、共通の趣味を持ってるってことだ」


「そういう表現でいいならそうかもしれません」


「そして俺は誰でもいいから付き合いたくて、瞳は俺のことが好きと」


「そうですね、えへへ」


「なら、付き合おうぜ」


「マジですか!?」


 さすが真田君! 普通の小学生にはできない発想です!


「ああ。もっとお互いのことを知っていこう! 俺たちに隠し事はなしだ!」


 なんか付き合うことになりました。やった! 夢が叶いました!! ハッピー!!!

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