第57話 サムライ、拉致られる
突如として周りを囲まれたムネカゲ達。
取り囲んでいるのは、以前アッセン国の第二王女を襲った黒装束の者達だ。その数、二十人。
ムネカゲとキーラは、いつでも斬り掛かれるように既に臨戦態勢だ。双方に緊張が走る。
しかしその緊張の中、黒装束の間を割って入って来る者が居た。
背丈はムネカゲと同じくらいだろうか。それなりに小綺麗な服を着、目鼻立ちの整った三十代くらいの男だ。
その男はムネカゲの5m程前で立ち止まると、にこりと笑い口を開いた。
「こちらに争う意図はありません。ですから、その物騒な物から手を離しては頂けませんか?」
男はそう言うと、自らの掌を広げ、何も持っていない事をアピールする。
周りを見渡せば、確かに黒装束の男達も武器を手にはしていない。
ムネカゲは一通り周りを確認すると「はぁ」っと溜息を吐き、柄から手を離し立ち上がり、臨戦態勢を解除する。
それを見たキーラは、片手で持っていた大剣を背中のホルダーへと仕舞った。
「で?拙者達に何の用でござるか?以前の復讐でござるか?」
ムネカゲは袖に手を入れ、男を睨み付ける。
本心を言えば、このまま立ち去って欲しかった。
黒装束の者達は、一人一人がかなりの腕前だ。流石にカエデを守りながらこの数を相手するのは、些か骨が折れそうなのだ。
「復讐?そんな事は考えてもいませんよ。とは言えこの者達の中には、それを望む者も多いでしょうが。」
男はそう言いながら、黒装束達を見回す。
「では、拙者達に何の用でござるか?」
ムネカゲは、男へと視線を向けたままそう問う。
「まあ、そうですね。では、本題を話しましょう。ああ、その前に。私はボルドック国、外務大臣を仰せつかっております、クラース・オリアンと申します。爵位は、伯爵です。」
そう言うと、クラースと名乗った男は綺麗なお辞儀をする。
「さて本題ですが、我が国。ボルドック国の王、ブルーノ・ボルドック陛下が貴殿をお呼びです。速やかに我々と共に、国都バーボットへとお越し願いたい。」
その言葉に、ムネカゲの表情がピクリと動く。
「何故拙者達がこの国の王に会わなければならぬのでござるか?拙者、呼ばれるような事をした覚えはないでござるよ?」
本当は呼ばれるような事をしているのだが、そこは先程否定されている。となると、それ以外に心当たりはない。
「何故?と聞かれましても、私には理由は分かりかねます。私はただ、妙な服を着た、東方諸島群出身らしき男を連れて来るように。そう仰せ付かっているだけですので。」
ムネカゲはその言葉の一部に少しだけムッとするが、それを表情には出さず、どうするべきか考える。
だが、この状況で逃げると言うのは、かなり難しい。だからと言って、戦うと言うのも少々難がある。
となれば、答えは一つしか無かった。
「分かったでござる。同道するでござるよ。」
観念したムネカゲは、そう言うとキーラとカエデの方を向く。
「キーラもカエデも、それで良いでござるな?」
「ご主人様がそう仰られるのであれば、否はありません。」
「ん!」
キーラとカエデの意思を確認したムネカゲは、クラースの方を向き口を開く。
「それで?どうやってそのバーボットでござったか?そちらへと行くでござるか?」
一応ムネカゲは、簡易ではあるが、近隣国の地図を持っている。
その地図にキーラが多少の補足を補記しているので、凡その事であれば大体分かる。
現在地はトンバールの東に居り、ここからホールド、ブレソンを通過し、国都バーボットへと到着する。
ここからホールドまでが徒歩で約二日。ホールドからブレソンまでが約一日半。ブレソンからバーボットまでが約三日の距離だ。
「この少し向こう側に馬車を待たせてあります。その馬車でバーボットまで向かいます。ああ、途中、街へは寄りませんので悪しからずご了承を。無論、野営具など、必要な物はこちらで用意してありますのでご安心を。」
そこまで説明をしたクラースは、「ではこちらへ」と言い、ムネカゲ達の先導をし始める。
黒装束の者達は、ムネカゲ達が動き始めたのを確認した後に姿を消した。
クラースの言う通り、街道を少し行った所に黒塗りの箱馬車と幌馬車。それと護衛であろう騎士が数人待機していた。
「ではこちらにお乗り下さい。」
そう言って乗せられたのは、黒塗りの箱馬車であった。
ムネカゲ達が乗った事を確認した御者が、馬車を走らせる。
ゴトゴトと揺れる馬車内では、気まずい空気が漂っていた。
それはそうだ、つい先程会ったばかりの者と何を話せと言うのか。しかも相手は、あの黒装束の関係しているボルドックの外務大臣であり、この国の貴族なのだ。
話す内容などあるはずも無い。
そう思っていたムネカゲであったが、そんな空気を無視しクラークが口を開いた。
「ところで、お名前をお伺いしておりませんでしたが、お聞きしても?」
そう切り出したクラーク。
確かに、キーラとカエデの名は呼んだが、自身の名は告げた覚えは無い。
そもそも今まで聞かれなかったのもあるが、態々言う必要もなかったのだ。しかし聞かれたのなら答えなければならない。
ムネカゲは「はぁ〜」っと深い溜息を吐くと、クラークの方を向き口を開く。
「拙者は、ムネカゲと申す。Cランクの冒険者でござるよ。して、こちらがキーラ。同じくCランクの冒険者で、メイドでござる。で、こちらが弟子のカエデ。Gランクの冒険者でござる。これで良いでござるか?」
ムネカゲはかなり無愛想に答える。
「ムネカゲ殿に、キーラ殿。そしてカエデ殿ですね。それで、ムネカゲ殿は我が国に如何なる用向きで?」
「……カドベリーへと向かう道すがらなだけでござるが?」
「なるほど、なるほど。そのカドベリーへは何をされに行かれるのですか?」
この問い掛けに、ムネカゲは「お主には関係の無い事でござろう」と内心思うも、律儀に答える。
「拙者達は、冒険者として仕事をしながら、旅をしているだけでござる。何か問題でも?」
「いえいえ、別に問題はございませんよ?そう言えば、ムネカゲ殿は、東方諸島郡の出身だとか。何故、こちらに?」
「見聞を広げる為でござる。」
「ほぉ〜、見聞を広げる為にね〜。その珍しい形の剣。そちらも東方諸島郡の物で?」
「こちらでは、どの様な活動を?」
「そちらのお嬢様は、娘さんですか?」
答える事に対し、新たに問い返してくるクラークに、ムネカゲの機嫌が次第に悪くなっていく。
そして、何度かのやり取りが続いた後、終いには口を噤んだ。
単に興味本位なのであれば、いい気はしないが、まあ許せる。しかしボルダック王からの何らかしらの指示や、例の襲撃の件で何か聞き出そうとしているのであれば、ここで下手に答えるのはマズい。
何を意図して根掘り葉掘り聞いてくるのか。それが分からないのだ。
しかしクラークは、そんなこと意に介さないとばかりに口を開く。
「まあまあ、そんなに構えないで下さいよ。こちらとしては他意はなく、単に世間話程度の会話。ほら、これから国都までまだまだ日にちが掛かりますからね?少しでも、この場を和ませようとしているだけですよ。」
「……左様でござるか。」
飄々として語るその言葉に、ムネカゲは余計に身構えてしまう。
その後も続く、一方的なクラークからの質問や世間話を軽く聞き流しながらも、「中の空気は関係無い」とばかりに馬車は粛々と街道を走る。
野営時は周りの騎士達が建てた天幕の中で過ごし、それほど豪勢ではないものの出される食事を摂り、寝て。を繰り返し、一行は国都バーボットへと到着する。
国都バーボットは、人口約15万人の海に面した街だ。
港に面しているだけあり、海から齎される多種多様な資源で賑わっている。
街並みはと言うと、殆どの建物が煉瓦造りであり、それらが理路整然と建ち並んでいる。見る人が見れば、それはゴシック建築によく似た感じと思うかもしれない。
そんなバーボットへと入ったムネカゲ達は、その綺麗さに圧倒される。
「綺麗でしょう?ここバーボットは、サルキアを併合する前、国の中心として物が集まる場所だったんですよ。今は、北西のウェストリーと二極を分けておりますが、それでもこの賑わいですからね。アッセンから来られたのであれば、驚かれるのも仕方はありませんね。」
そう胸を張ってクラークは自慢気に言う。
確かにアッセンと比較するならば、ここバーボットの国都の方が栄えている事は間違いない。
何故なら、アッセンは内陸部にあり、海からの産物などは陸路を辿って来るからだ。更に言えば、国土の広さも関係しているだろう。
聞いても居ないのに、クラークの自慢話を聞かされ、少々ウンザリとしてきた頃、馬車は王城へと到着する。
王城の跳ね橋を通り、外壁の中へと入った所で馬車が止まった。
外から馬車の扉を開けられ、先に降りたクラークに続きムネカゲ達も馬車を降りた。
「さて、数日間お疲れさまでした。私はここでお別れとなりますが、別の者がムネカゲ殿をご案内致しますのでご安心を。ああ、陛下への謁見は、後日行われる事となりますので、それまでの間ゆっくりとお寛ぎ下さい。では。」
クラークは足早にそう言うと、一礼をしその場を後にし王城へと入って行く。
その姿が見えなくなった所で馬車もその場を走り去り、その場に残されたのはムネカゲ達三人と、馬車の扉を開けてくれたのであろうスラリとした体型に燕尾服を着、髪のは銀髪の七三。鼻下には立派なカイゼル髭を蓄えた初老の男性だけであった。
その老齢の男性がムネカゲ達へと話し掛ける。
「皆さま、長旅お疲れ様でございました。わたくし、皆さまのご案内を仰せつかっております、バロルドと申します。これから皆さまがお泊りになられます、白亜館へとご案内させて頂きます。」
バロルドと名乗った男はそう言うと、腰を90度に曲げて一礼する。
姿勢を正したバロルドの案内で、王城には入らずその横を歩いて行く。
白亜館とはよく言った物で、その外観は全てが白い。染み一つ無い程手入れがされており、賓客用の建物である事は直ぐに分かる。
その総階数は三階。部屋数は何部屋あるのか外からでは分からなかった。
バロルドに中へと案内されてみると、これまた豪華な調度品が多数飾られており、ムネカゲ的には物凄く居心地の悪い建物だった。
その後、階段を昇り三階へとやって来たムネカゲ達は、一つの扉の前で立ち止まる。
「では、ムネカゲ様はこちらのお部屋に。お付きのお方は、こちらのお部屋をお使い下さい。何かご用がお有りの場合、テーブル上のベルをお鳴らし下さいませ。では。」
そう言って扉を開け通された部屋は、ムネカゲの部屋が30畳はあろうかと言う程広い主賓室。キーラとカエデは入り口横の、凡そ10畳程の従者用の部屋であった。
ムネカゲ達を部屋へと通したバロルドは、その場を辞する。
部屋に取り残されたムネカゲは、一通り部屋を眺めるのだが、アンティーク張りに高そうな家具や、何故か天蓋付きのベッドが置かれており、やはりと言うか居心地が悪い。
「拙者、こう言う部屋は苦手でござるよ……。」
そう呟くムネカゲに、キーラは苦笑いだ。
そんなキーラとカエデの部屋はと言うと、置かれているのは普通のベッドに小さめのチェストが一つ。鎧を掛けておく為のスタンドらしき物のみだ。
そんな二人の部屋を見たムネカゲが、「変わって欲しいでござる」と呟いたが、誰も変わってはくれなかった。
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